1-11

 授業が終わると、魔道列車を乗り継いでシャリスがいる、エンディール家の本宅に向かった。高額ではあるが、魔道列車を使用することで馬車の旅では数週間かかる道程も、わずか数時間の小旅行に早変わりだ。


 しかし、すでに陽が落ちており、準王族である公爵家を訪ねるのはあまりにも失礼な時間だ。先ぶれの手紙だけ出して、明日尋ねるのが本当だろうが、今は時間が惜しい。


 失礼であるのは承知で、門番に取次ぎを依頼する。普通であればここで追い返されそうなものだが、なぜか門番は丁寧な対応で、待合室まで案内してくれた。


「勢いでここまで来ちゃったけど、くそじじいが役に立たなかったらどうしよう」


 愚痴っていると、光の球が勢い良く飛び出してきた。


『役に立たんとは何事か!お主はもう少し、主神であるワシを崇めよ』


 こんななりじゃなければ崇めようもあると思うんだけど、今の俺からしたら小うるさい光の球以外の何物でもないしなあ。


『こう見えてワシ、随分と力を取り戻しておるんじゃぞ。呪いの一つや二つ、ちょちょいのちょいじゃわい』


 どうやら我が主神様は、シリウスくんを助けてくれる気があるらしい。むしろノリノリだ。シリウスくんを助けてもらった後、どのような無理難題を要求されるのかは、今は考えないようにしておこう。


「失礼いたします」


 ノックと共に、初老の老紳士が入室してきた。左目にモノクルを装備し、白髪の混じった茶色の髪をオールバックにした、まさに執事といった様相だ。


「旦那様がお会いになるそうです」

「うぇっと、今日はシャリス嬢へ面会したく参上したのですが」

「旦那様がお会いになります」

「いやぁ、せめてシャリスが一緒の方が」

「旦那様だけで、お会いになるそうです」


 そうだよね。正式な婚約が結ばれたわけでもないのに、夜分に尋ねてきた婚約者(仮)と大事な娘を合わせるわけなんてないよねえ。


 執事の男性に案内されながら、待合室を後にする。廊下に出ると、うちとは比べ物にならない程飾り立てられた廊下を歩く。ここを歩くだけでも、美術館に来ているような気分だ。


「こちらで少々お待ちください」


 そう言い残して、執事さんは一番造りの豪勢な扉がついた部屋に入室する。


『うちの可愛いシャリスを誑かしたくそガキになんぞに、なんで俺が合わなければならないんだ!』

『旦那様、落ち着いてください。先ほどご自分でお会いになると』

『こんな時間にシャリスに合わせるわけにはいかないだろう!二人きりになんぞしたら、何をしでかすか』

『ですが、彼はお嬢様の名誉をお守りくださいました』

『ぐぬぬ・・・・・・』


 これ、本当に会わなきゃダメなのかな?正直シリウスくんに会って、治療をすませたらとっとと帰りたいんだけど。っていうか、お父さんもぐぬぬって言うんだね。


 テンションを大幅に減少されながら待つ事数分。どうやら説得が終わったらしく、やや疲れた表情をした執事さんが扉から姿を現した。


「リクス様、こちらへどうぞ。我が主人、グライス・ヴィオ・エンディール公爵がお待ちです」


 執事さんに案内されて入室すると、ごつい岩のような男性が立っていた。


 銀色の髪を後ろで束ね、口元にはカイゼル髭が立派に蓄えられており、威厳というよりも威圧的な印象を受ける。さすがはこの国に三人しかいない公爵だ。


「グライス・ヴィオ・エンディールだ。娘が、せ、世話になっているようだな」

「お初にお目にかかります。リクス・ヴィオ・フォーリーズと申します。シャリス様とは普段から、親しくさせていただいております」


 必死に作り笑いを浮かべる公爵の顔が怖すぎて、まともに見れなかった。俺は膝をついて最上位の礼をとって頭を下げることで、公爵から視線を外すことが出来た。


「それで?このような夜分に急用だと聞いたが、どのような用件か。我が家は少々忙しくてな。娘の恩人であるから時間は作ったが、本当に急用でなければ叩き斬るぞ」

「旦那様、斬ってはなりませんよ。それに、リクス様はシャリス様に婚約を申し込み、シャリス様がお受けされておりますので」

「だ~から、俺は、そんな婚約認めないって言ってんだろ!大体、国王が頭下げて頼んできたから断腸の思いで婚約を受けてやったのに、あのクソ王子、よりにもよって公衆の面前でシャリスとの婚約を破棄して、悪女と罵ったそうじゃないか!か~、もうあのクソ王子ぶっ殺そう!ついでに国王の首も取ってやる!」


 一瞬でスイッチが入った公爵は、腰の剣を抜き放ちブンブンと大きな音をたてながら振り回している。家具や執事さんに当たっていないのが不思議でならない。


「こ、公爵様。クソ王子の首をとるのは、もう少しお待ちください。まずは、シリウス様をお救いしなくては」

「シリウスを、救うだと?貴様、それが出来ると言うのか?」

「おそらくは、でございますが」


 物事に絶対は無い。いくら神とは言っても古い神で、力は全盛期と比べても天と地の差がある。それに、くそじじいがただで助けてくれる保証は無い。


「我が息子、シリウスの病をどこで聞きつけたかは知らんが、大陸一の神官、魔法使い、錬金術師、その全てがダメだったのだ。貴様のような小僧が救えるなど、信じられん」

「ですが、何もしなければ可能性すらございません」


 今度はしっかりと公爵の目を見つめながら言った。


「ならば、失敗したらなんとする」


 視線だけで押し潰されてしまいそうな威圧を感じる。だけど、ここで引けば間違いなくシリウスくんは助けられないだろう。


 まだ会ったことはすらないが、シャリスの大事な弟だ。そして、次期エンディール公爵家の当主だ。シリウスくんにもしものことがあって、間違ってシャリスと結婚でもしようものなら、俺がエンディール公爵家当主?ご冗談でしょう。そんなことになるなら、死んだほうがましだ。


「この命にかけて、お救いしてみせましょう。もし失敗すれば、この首叩き斬っていただいて構いません」

「・・・・・・シリウスのところに案内しよう」




 シリウスくんの寝室には、シャリスの姿もあった。憔悴しきった表情でシリウスくんの手を握りしめる彼女の姿を見て、胸が締め付けられるようだった。


 そして、シリウスくんを見て、それはさらに強くなった。


 髪の毛は全て抜け落ち、頬はこけ落ち、目元はくぼんでいる。辛うじて呼吸をしているだけといった状態だった。


 一昨日から発作のように、突然苦しみだしては意識を失い、また苦しみだしての繰り返しらしい。体内の魔力も減少を続け、どのようなポーションを使用しても回復しないらしい。


 状況から見て、体内の魔力が空になれば命を失うだろうというのが、主治医の診断だそうだ。


その魔力も、あとわずか。


時間は本当に残されていなかった。


『んじゃ、早速治してしまおうかの』

「んな!」


 沈んだ空気をぶち壊すかのように、くそじじいは光の球となって俺の中から飛び出した。


 その光景を見て、執事さんはシャリスとシリウスくんを庇うように立ち、公爵様は俺の首筋に剣を当てる。


「何をするつもりか、事前の説明を願いたいが?」


 全くもってその通りです。ですけど、俺も今から何が起こるかわかりません。


 今までくそじじいが人前で姿?を現したのは、うちの家族の前だけだ。実家にいる時は常にふわふわ浮いていたけど、他人の前で姿を現すことは無かった。


 だから今回も、出てくるなんて思ってもいなかったんだが。


『今からワシが、この少年にかけられた呪いを解いてやろう』


 公爵様の周囲をふよふよと漂いながら、自信満々にそう言った。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る