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 エンディール公爵家が邪神の復活を目論んでいるという噂は、学院だけではなく、王都やその周辺の領地にまで及んでいるらしい。


曰く、エンディール公爵家はシャリスが公衆の面前で婚約破棄されたことをひどく恨んでいる。


曰く、第一王子だけでなく国王の首をも狙い、王位の簒奪を目論んでいる。


曰く、フォーリーズ辺境伯家は精鋭部隊をエンディール家に送り込み、戦の支度をしている。


曰く、エンディール家ではフォーリーズに伝わる儀式で魔獣を召喚し、王都を攻め落とそうとしている。


 『これらの噂を信じて、王都や周辺領地の民は不安に駆られている』と、王都や周辺の領地の民たちが噂しているらしい。


 実際のところ、民たちは誰も噂を信じてはいないそうだ。


 ただ、こういった噂話が広がったことにより、エンディール公爵家の敵対派閥はオーガの首をとったようにエンディール公爵を糾弾し、公爵が持つ国軍への指揮権や公爵位の返還を求める者が現れた。


 もっと過激な奴はエンディール公爵家に反逆者の汚名を着せ、一族郎党皆殺しにするべしと唱えているらしい。


 それに対してエンディール公爵の派閥貴族たちは真っ向から対立。


 確たる証拠も無しに王族に連なる血族に何たる無礼かと、王都内では派閥間の抗争で一触即発。


 ちなみにフォーリーズ辺境伯家の関係者は、宮廷はおろか王都内に誰もいない。そして、フォーリーズ辺境伯家を陥れたところで、手に入るのは国内で最も危険な領地ということもあって、誰も酷評していないらしい。


 こういう時に辺境って便利だな。全然嬉しくないけど。


「学院にも影響が出ております」

「特に酷いのが、学園理事のサザーラ侯爵家ですわ」

「シャリス様のことを稀代の悪女だ、婚約破棄されるのも当然だと吹聴しております。それに、シャリス様が学院を不在にしているのを良いことに、サザーラ家の派閥の人間を使って、シャリス様がエリファ嬢に数々の嫌がらせをしてきたと、偽の情報をでっちあげ放題ですわ」


 サザーラ侯爵っていうのが、エンディール公爵の敵対派閥ということだろう。侯爵と言えば、公爵家を除けば最も上の爵位。派閥も相当大きいのだろう。


 何より、学院を自由に出来るほどの権力を持っているのは厄介だ。敵対派閥の貴族家を全て退学させるようなことは出来ないだろうが、難癖をつけて汚点の一つや二つつけるのは容易だろう。


「そういえば、最近サザーラって名前、どこかで聞いたような気がする?」


 出そうで出ない、そんなもやもやに頭を抱えていると、なぜそんなことも知らないのかとシャリスが大きなため息を吐く。


「あなた、オリエンテーションの決闘騒ぎでサザーラ侯爵家の子息を退学させたわよ。ついでに、退職もさせてたかしら?」

「ああ、クライスくんじゃない方の取り巻きと、ひょろ眼鏡先生か」

「なんて覚え方してんのよ」


 せっかく思い出したというのに、なぜかシャリスからは残念なものを見るような目で見られている。


 俺からしたら、暴食のせいでいまだパンパンなシャリスのお腹の方が残念だよ。


「サザーラ家の派閥は、旧態然とした貴族至上主義の考え方を持つ連中。伝統を重んじるとか言って、貴族と言う肩書が無ければ何も出来ない無能の集まりね」


 よほどサザーラ家が嫌いなようだ。


 まあ、だからこそ敵対しているんだろうけど。


 俺はサザーラ家の子息が二人も学院から追放されることとなった元凶だ。


 直接的では無いにしろ、フォーリーズ家も噂の標的になっているのは、俺に対する当てつけと言ったところか。


 もしかしたら、学院理事の権力を使って、俺にも攻撃を仕掛けてくるかもしれない。


「急ぎ学院へ戻らなければ、シャリス様が罪人にされてしまうかもしれませんわ」


 たかが嫌がらせ程度で罪人になることは無いだろうけど、貴族の模範となるべき公爵令嬢にとって、致命傷にはなりかねない。


 娘の悪評をねつ造して、エンディール公爵にも傷を負わせるつもりなのか。


 やっぱり貴族ってのは面倒臭い生き物だ。


「そんなに争いたいなら、大森林で魔獣と争えば良いのに」


 そうしてくれれば、うちの領地としては大助かりだ。


「魔物と戦うのは平民の仕事。平民は貴族のために命を使うべしって考えてるのよ。同じ人間だって言うのに、頭のネジが外れた連中なんだから」

「うちの領民なら、Bランク程度の魔物なら食材として普通に狩りに行くけど?」

「戦闘民族のことはどうでも良いのよ!」


 なぜか怒られました。戦闘民族ですいません。


「でも、そうね。明日には学院に戻ったほうが良さそうね」


 今学院に戻るのは、渦中に飛び込むようなものだと思うのだが、このまま何もしないわけにもいかないか。


 ここに居たって、くそじじいのために歌の練習をするだけだし。


「それじゃあ、明日朝一番の魔道列車で王都へ戻ろう」

「リクスも、一緒に来てくれるの?」

「もちろん戻るけど?むしろなんで俺が戻らないと思ったの?」

「だって、今戻ればリクスだって嫌な思いや、危険な目にあうかもしれないわ」


 シャリスのこういうところが憎めないから困る。どうして自分が大変な時に、他人の心配までしようとするんだか。


「婚約者なんだろ?だったら、俺がシャリスを護らないでどうするんだよ」

「・・・・・・あ、ありがと」


 うつむいてプルプル震えるシャリスの頭に軽く手を置いてから、俺は自室へと戻った。


 久しぶりの高級ベッドで、今夜はゆっくり眠るんだ!




 そう思っていたのだが・・・・・・


「キミたち、何してんの?」


 なぜかネグリジェ姿の舌打ち三姉妹が俺の部屋へとやって来た。うん、全く意味が解らないんだけど、こいつらはこんな格好で廊下を歩いてきたんだろうか?


「えっと、とりあえず中に入れてくださいませんか?」

「さすがにこの格好は、恥ずかしいですわ」

「そ、それに、廊下は寒いです」


 ばたんと入り口を閉める。もちろん、鍵をかけるのも忘れない。


『あ、開けてくださいませ!』

『うぅ、恥ずかしいです』

『寒いよぉ』


 ドンドンとドアを叩きながら、何かを言っているようだが知ったことでは無い。


 いくら俺でも、あんな格好の令嬢を寝室に招くようなことはしない。


 マナーうんぬんの前に、人としてやってはいけないことだとわかりますよ。


「この扉は開きません。三人とも、速やかに自室に戻りなさい」


 あくまでも冷静に、落ち着いた口調を心がけながら三人に帰るように伝える。


『しゃ、シャリス様がお子を授かったのであれば、代わりに夜伽をするのが我々側室のお役目です』

『ひ、一人では恥ずかしいので、最初は三人でお願いしたいのですが』

『なんでも良いから、早く中に入れてくださいませ。さ、寒いのぉ』


 こいつら、本当にシャリスに赤ちゃんが出来たと思ってるのか?


 明日になったら、シャリスのお腹は引っ込んでいることだろう。赤ちゃんでは無い物が、きっと生まれるのだ。


 そんなことより、シリウスくんだって屋敷の中に居るっていうのに、この令嬢たちはなんてこと大声で言ってくれてるんですか!


 さすがに屋敷の使用人たちは大人なので、急に大きくなったシャリスのお腹を見ても、変な勘違いはしないと思うけど。


 しないよね?


『恥ずかしいよぉ、早く部屋に戻ろうよ~』

『寒いですぅ。は、早くお布団に入りたいですよぉ』

『何を言っているの!私たちはシャリス様の代役であり、リクス様の側室なのよ。しっかりと役目を果たさなければ』


 それから十分ほど攻防は続いたが、騒ぎを聞きつけたシャリスによって、三姉妹は自室へと連行されていった。





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