1-23
魔道列車の朝は早い。
始発の時間はなんと朝日が昇る前。
果たしてこんな時間に誰が乗るのかと思うほど早い。
しかし、以外にも列車に乗る人はそこそこいた。
シャリスの話では、エンディール領から王都に通勤する人たちだろうとの話だ。毎日魔道列車に乗れるということは、かなり良い給金をもらっているか、通勤のための手当を支給してくれる優良組織なのだろう。いわゆる勝ち組という人たちだ。
俺からしてみたら、どれたけ給金が良くても、陽が昇る前から通勤しなければならないなど、何に勝っているのかわからない。
多少給金が安くても、ゆったり自分のペースで仕事ができる方がよほど恵まれていると思うし、将来はそうありたい。
「で?なんで4人してそんなに眠そうなわけ?」
制服に身を包み、口元を隠しながら瞳を閉じて列車を待つ様は、遠目で見れば美少女の集団である。
だが、残念ながら俺には見えている。
立ったまま船を漕ぐ長女のネイス嬢も。欠伸で口が開きっぱなしになっている三女のアイナ嬢も。そして、口を半開きにしたままよだれを垂らしている次女のフィー嬢も。
シャリスは一見凜とした佇まいをしているが、うっすらと開いた瞳は虚空を見つめ、意識の半分以上を手放している。
「シャリス、寝てるの?」
「・・・・・・かろうじて、起きてる」
それは果たして大丈夫な状態なのだろうかと心配になるが、深く突っ込むことはしないでおこう。どうせ魔道列車に乗ってしまえば、到着するまでの時間は寝ていられるのだ。学院に着く頃にはすっきりしているだろう。
「そういえば、シャリスのお腹も元に戻ったね。すっきりしたの?」
「うん、さっき出がけにって、何言わせるの!」
これですっきり目が覚めたかと思ったが、列車に乗り込んで座席に座った途端に寝込んでしまった。
4人がボックス席を占領したので、俺は隣のボックス席に座ることにした。これから何が起こるかわからない場所に乗り込むというのに、4人はそれぞれ体を預け合って幸せそうに眠っていた。フィー嬢のよだれがアイナ嬢の肩に垂れたのなんて気にならないくらいに。
列車に揺られること数時間、気がつけばガラガラだった車内は席が全て埋まっており、座席に座れなかった人が何人も立っていた。
俺の横にもいつの間にか学院の警備を担当する、学院警備隊の制服を着て、帽子を目深に被った青年が座っていた。正面の席も同じ格好をしたおじさんと、俺とあまり年齢が変わらなそうな少年が座っている。シャリスたちと同じように、知り合い同士で同じボックス席に座ったのだろう。
列車が王都に近づくにつれて、警備隊の制服を着た少年が落ち着き無くもぞもぞとし始める。これはもしや、トイレを我慢しているのだろうか。
「エミール、見苦しいぞ」
「す、すいません」
少年の隣に座っていたおじさんが厳しい声をかける。びっくりして出ちゃってないか心配だ。
確かにそわそわしているのは見苦しいかも知れないが、生理現象はどうしようもない。うちの姫様たちも眠気に勝てずに熟睡してるし。
「あの、大丈夫ですか?」
「ひゃ、ひゃいぃ!」
やべ。いきなり話しかけたから驚かせてしまったようだ。今のがとどめになっていなければ良いのだが、帽子の隙間から見える少年の顔色は、非常に悪くなってしまった。
「す、すいません。急に話しかけてしまって。顔色が悪いので、ご気分でも優れないのかと」
「・・・・・・」
少年はさっと視線を逸らして俯いてしまう。もしや、ちょろっといってしまったのか?
「もしかして、漏らしちゃいました?」
「へ・・・・・・?」
少年は慌てた様子で股の間を確認すると、ほっと息を吐く。どうやら漏れてはい無いようだ。
しかし、安堵した表情から一転して、少年は真っ赤な顔で俺を睨み付ける。
「えっと、どうされました?」
「ど、どど、どうしたじゃありません!いきなり漏らしちゃっただなんて、失礼です!」
「た、確かに失礼でした。しかし、あまりにも切羽詰まった様子でしたので」
「そ、それは・・・・・・でも、トイレを我慢していたわけではないですから!」
ただの勘違いだったらしい。
しかし、だとしたらなぜあんなにもそわそわしていたのか。
「では、列車にでも酔いましたか?」
「い、いいえ。体調は万全です」
「そうですか、ならば良かったです」
「心配していただいて、ありがとうございます。これから重要な仕事があるので、少し緊張してまして」
「なるほど。では、そのお仕事が上手く行くよう、陰ながら祈らせていただきます」
「はい。ありがとうございます」
少年はそう言って微笑むと、背筋をすっと伸ばして椅子に座り直した。
先ほどまでのそわそわした様子は無く、随分と落ち着いたようである。
程無くして列車は終点の学院前で停車した。少年は二人の男性警備隊と共に俺より先に降りていったが、その際にも俺に頭を下げてから去って行った。
さて、それでは俺は、眠り姫たちを起こすとしますか。
「なんだか、肩のあたりがベトベトしますわ」
アイナがハンカチで肩を拭いながらそう言った。そっとフィーの方に視線を向けると、彼女の口元にもよだれの跡が残っている。
「学園に着いたら、一度濡らしたハンカチで拭いた方が良いだろうね」
「ええ、そう致しますわ」
「あと、フィー嬢は顔を洗った方が良いね」
「え?顔?」
そう言われて、きょとんとした表情を浮かべるフィー嬢。
そして、そんなフィーの顔を見つめるアイナ。
しばらく見つめ合うようにしていた二人だが、突然何かに気が付いたように、アイナは自分の肩とフィーの口元を交互に見やる。
「フィー!あなたって子は!」
「え、いふぁい、いふぁいよあいなぁ」
アイナはフィーの頬を両手で思いっきり引っ張った。効果は抜群だ!
わけがわからないフィーは涙目になりながら手をバタバタと上下させていた。
「はあ、緊張感が無いんだから」
「申し訳ありません、シャリス様」
二人の様子を見ながらシャリスは深くため息を吐く。それを見たネイスが、深々と頭を下げた。さすがは舌打ち三姉妹の長女だね。
「お二人とも、まもなく学院に着きます。気を引き締めてください」
「も、申し訳ありません」
「うぅ、すいませんですぅ」
アイナは慌てた様子で手を離して頭を下げたが、フィーは赤くなった頬をさすりながら謝罪の言葉を述べるだけだ。傍から見ている分には可愛らしく見えた。
しかし、フィーよりもアイナの方がお姉さんって感じするし、今日からアイナを次女と呼ぶことにしよう。
そんなやり取りをしながら、緊張感も無く歩いていると、学院の正門まではすぐに到着した。
内部がかなり荒れているらしいから、注意しなければならない。そう思っていたら、正門の方でこちらに向かって手を振っている人物が目に入った。
先ほど列車で一緒だった少年である。少年と一緒に居たおじさんと青年はいないようだ。彼一人で門番でもしているのだろうか?
俺はシャリス達を置いて足早に少年の元に向かう。
「先ほどはどうも」
「いえいえ、こちらこそ」
少年はすっと手を差し出してきたので、俺も咄嗟にそれを掴もうとしたのだが、なぜか俺の手は空を切った。
少年は俺の手を掴まず。代わりに手首を掴むとそのまま俺の背後に回り込み、腕を捻り上げた。
突然の出来事と痛みに理解が追いつかないでいると、少年はにっこりと笑ってこう告げた。
「おかげで落ち着いてお仕事が出来ました。リクス・ヴィオ・フォーリーズ、あなたを拘束します」
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