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 学院警備隊とは、あくまでも学院内に不審者などが入り込まないよう、学院に通う生徒たちを護るために雇われている者たちだ。


 近衛兵や国軍、警察兵とは違い、王国の所属では無く、学院の生徒を拘束する権限など持たないはずなのだが。


「それでは、生徒指導室まで連行させていただきますね」


 なぜか俺は今、腕を捻り上げられた状態で拘束されている。


生徒指導室へ呼び出すくらいなら、教員が迎えに来れば事足りる。警備隊を迎えに寄越すとしても、わざわざこのような状態で拘束はしないはずだ。


しかも、登校中の生徒で溢れ返っている校門の前でなんて、これではただのさらし者だ。傍から見たら、警備隊に取り押さえられる不審者や犯罪者にしか見えないだろう。


「ちょっと待ってもらえないだろうか。このような拘束をするということは、私が何か重い校則違反でもしたということだろうか?」

「ええっと、それはちょっと、私の口からは言えませんね」


 視線を明後日の方に向けながらも、腕を捻り上げる力は一切緩めること無く、少年は言う。この感じだと、拘束する理由なんて聞かされていないか?そもそも拘束する理由が無い?


「正当な理由が無ければ、警備隊員に連行などされるつもりは無い。早く拘束を解いてもらおう」

「ちょ・・・きゃ!」


 俺が無理矢理力を込めたことで、少年は体勢を崩して小さな悲鳴をあげた?


『ふにゅん』


 そして、少年は俺の背中にもたれかかる様に倒れてきたため、後ろ手に捻り上げられた手の平に、何やら柔らかい感触が伝わってきた。


「いや。ちょ・・・だめぇ」


 今まで触れたことが無い感触を不審に思いながら、何度か揉むように手を動かしていたら、いつの間にか俺の腕は自由となり、柔らかかった何かも離れていった。


「うぅ・・・ひっく・・・・・・ひ、ひどいよぉ」


 そして、なぜか胸を抱えるように蹲ってへたり込んでいる少年が視線に入った。


「ちょっとあなた。公衆の面前で何やってるのよ」

「「「チッ!」」」


 先ほどのどさくさで、少年が目深に被っていた帽子は地面に落ち、代わりに中に収められていたのであろう栗色の長髪がふわりと姿を現していた。


「あ~、その、なんだ。婦女暴行の容疑で、リクス・ヴィオ・フォーリーズを学院警備隊が一時拘束させてもらう。異論はあるか?」


 魔道列車で少年の隣に座っていたおじさん警備隊員が、何とも言えない表情で俺の肩に手を置いた。


「・・・・・・ありません」


 俺とおじさんは、いまだにへたり込んだまま、泣き出してしまった少女だった警備隊員に背を向けて、歩き出すのだった。




「まあ、なんだ。一応保護者には連絡させてもらうから、そのつもりでな」

「それは、どの件で連絡が行くのでしょうか?」

「そりゃ、エミール、さっきの女性隊員の胸を揉んで、公衆の面前で辱めた件だな」

「ぐ・・・・・・両親や兄には構いません。でも、ルーシェの・・・妹の耳には入らないようにしていただけると」

「それは、学院の手紙を受け取った人間次第だな。こっちはそこまで責任は持てん」


 悲しいかな。俺は生徒指導室では無く、学院警備隊詰め所で取り調べを受けている。


 それも、婦女暴行の現行犯でだ。


 まさか女だとは思わなかったとか。そもそもあの位置で俺の腕を拘束した彼女が悪いとか。もつれあった際の事故だとか。いくらでも言い訳をしたいところだが、揉んでしまった事実は消えない。


 この事実をルーシェの耳に入れるわけにはいかない。絶対にだ。


 おそらく手紙は当主である父上宛だ。父上が言わない限り、ルーシェの耳に入ることは無いのがだ・・・・・・


「面白がって、絶対に言う」


 そんなことをすればルーシェのやつ、何をしでかすか・・・・・・


 いや、今は考えるだけ無駄だ。ルーシェのことは、次期当主である兄様に任せよう。あの人なら、きっと何とかしてくれる。


 そんなことよりも、だな。


「それで、私を拘束しようとした理由をお聞かせ願えますか?あのような場で、学院警備隊が生徒を拘束するなど本来はあり得ない」

「ふぅ。まあ、そうだわな。俺もそう思うよ」


 おじさんは大きく一つため息を吐くと、一枚の紙を机に置いた。そこには、『命令書』と赤字ででかでかと書かれていた。


「こりゃあ、学院理事のサザーラ侯爵様からの命令書だ。この仕事に就いて20年は経つが、こんな物受け取ったのは初めてだよ」


命令書には、学院の生徒が大勢いる前で俺を拘束し、生徒指導室に連行するように書かれている。


「理由を聞きたいのは俺の方さ。お前、一体何をやらかしたんだ?」

「悪いことは何も・・・・・・いや、一週間ほど無断欠席しましたね」

「そうかい。だったらせいぜいが担任の教員に呼び出されるくらいだろうさ。俺らが動く理由は無い」


 おじさんにとっても、今回の『命令書』は腑に落ちないらしい。


 しかし、侯爵様から直々にお声をかけていただいたと、警備隊長がノリノリで動いたらしい。ちなみに、警備隊長というのは列車で俺の隣に座っていた青年だそうだ。


 彼らは、俺と接点のある舌打ち三姉妹をマークし、俺がエンディール家に滞在していることを知った。


 三姉妹がエンディール家に向かったことを知り、彼らもエンディール領に向かった。実は俺たちと一緒にずっと同じ魔道列車に乗っていたそうだ。


 そして、現在に至る。


「警察隊か国軍の諜報員にでもなった気分だったよ。おかげでエミールのやつもやけに気合い入れちまってな。あいつは騎士になるのが目標だから、やる気が空回りしちまった。まあ、許してやってくれ」


 こちらとしては、良い思いをさせていただいたので、許すも許さないもないわけだが。おじさんがこう言うんだ、許してやることにしよう。


「そう言えば、シャリス達はどうしましたか?」

「ん?ああ、嬢ちゃんたちか。それなら、外でエミールの相手をしてくれてるよ」


 俺に拘束するよう命令が出ているのだから、彼女たちにもサザーラ侯爵から何かしてくると思ったが、今はまだ大丈夫なようだ。


 しかし、エミールの相手をしている、というのはどういうことなのだろうか?


「お前らと年の変わらない少女が人前であんなことをされたんだ。泣き出しちまって、男の俺じゃあどうしようも無いから、泣き止むまで面倒を見てもらってるのさ」


 それは本当に申し訳ない。


 よりにもよって、こんな尻拭いを、仮とはいえ婚約者に任せるとは、なんと情けないことか。


「シャリス達を拘束するようなことは、ありませんよね?」

「・・・・・・わからん。今の学院は政治を持ち込み過ぎてるからな。できれば警備隊が女生徒を拘束、なんてことはしたくねえが。雇われってのは、上の命令次第だからなぁ」

「そうですか」


 エンディール公爵家の派閥とサザーラ侯爵の派閥が敵対している以上、どうなるかわからない。そういうことだろう。


 派閥云々の話には俺よりもシャリスの方が詳しい。シャリス自身が公爵家の立場を好転するために学院に戻って来たんだから、あいつに任せるしかないだろう。


 俺はせいぜい、あいつが危険な目に合わないよう、側にいてやることしかできない。


 そう思いながらも、俺はシャリスと引き離され、生徒指導室へと連行されていくのであった。





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