1-25

 警備隊員のおじさんに連行されながら、生徒指導室へ向かう途中。久しぶりに歩く校内では、相変わらず生徒たちが俺を見ながらヒソヒソと話をしている。


「今度は警備隊員の女の子に手を出したらしいぞ」

「しかも、婚約者の目の前で事に及んだらしい」

「そんなことより、側室候補の令嬢が3人もいると聞いたのだが」

「こ、このご時世に側室が3人だと?」

「辺境伯家はご長男のライズ様が継がれると聞いたが」

「どうやって4人も養うというのだ」

「ま、まさか・・・・・・」

「「「ヒモ!」」」


そんなわけあるかボケぇ!


確かに実家は継がないけれども、継がないからといって、ヒモ以外にも選択肢はあるだろうが!俺ってそこまでクズだと思われてたの?


ちなみに女子生徒たちは、最早こちらを見ようともしない。俺の姿が目に入ると、物凄い勢いで方向転換をして体ごとそっぽを向いてしまう。


普段の俺なら不満に思っていたかもしれないが、今回のは完全に俺が悪いから、この対応も我慢するしかない。


 とはいえ、本当に今後の学院生活はどうなってしまうのだろうか。そう考えただけで気分が沈んでいく。今度は一月くらい無断欠席しちゃうかも。


「まあ、生きてれば色々あるわな」


 そう言って、おじさんは優しく俺の肩に手を置いてくれた。


 俺のことをわかってくれるのは、この人だけだ。ぐすん。


 そうこうしている間に、目的地に到着する。


 生徒指導室、というから拷問部屋のようなものを想像していたが、入り口は他の部屋と同じく清潔感のある木造になっている。


 部屋の前には、おじさんと同じ制服に身を包んだ青年が立っていた。おそらく列車で俺の隣に座っていた青年だ。ということは、この人が学院警備隊の隊長か。


「隊長、リクス・ヴィオ・フォーリーズを連行しました」

「ご苦労。下がって良いぞ」

「はい」


 おじさんは一度だけこちらに視線を向けてくれたが、特に何もせずに去って行った。一瞬だけあった視線で、がんばれよ!と言ってくれた気がする。


「さて、リクス・ヴィオ・フォーリーズ。学院理事であらせられるサザーラ侯爵閣下が中でお待ちだ。失礼の無いように」

「・・・・・・はい」


 隊長さんは一度ノックをすると、返事も待たずにドアを開けてしまう。この人がすでに失礼をしちゃってるんだけど、大丈夫なのだろうか?


「失礼いたします。リクス・ヴィオ・フォーリーズを連行しました」


 部屋に入ると、オークの亜種が椅子に座っていた。なぜ亜種かというと、耳の位置がおかしい。普通のオークなら頭の上の方についているはずだが、このオークの耳は人間と同じく顔の両脇についているのだ。


そして、全身には上位貴族が着るような上等な洋服を身に纏い、指には大小さまざまな大きさの宝石がちりばめられた指輪をはめている。


さらに、口元には髭を蓄えているが、額から頭頂部にかけては体毛が無いようだ。


そして、一番の違いは・・・・・・


「私がサザーラ家当主にして学園理事の一人、トーン・ヴィオ・サザーラである」


 人語を介した、だと!


 これでは、ただの肥満体型の禿おやじ。いや、すでに体型は普通の肥満をはるかに凌駕しているので、立派なオーク体型か。


「リクス・ヴィオ・フォーリーズ。侯爵閣下の御前だ。頭が高いぞ」


 どうやらこの人物?がサザーラ侯爵のようだ。隊長さんはなぜか膝を折って臣下の礼をとっているが、当然俺はそんなことしない。


「リクス・ヴィオ・フォーリーズと申します。此度はどのようなご用向きでしょう、侯爵様」


 サザーラ家に仕えているわけでもないので、貴族の礼をとって軽く頭を下げる。


「礼儀も知らないと聞いておったが、うちの警備隊長よりはマシなようだ。さて、警備隊長の・・・・・・名は何といったか。まあよい、そこの者は下がれ」

「え、あの?もうよろしいのですか?」

「よいよい。早く出て行け。キミのような下賤な者が私の部下だと思われたら不愉快だからな」

「そ、そんな」


 隊長さんが行った礼は、自分が使える主に対して行う礼だ。貴族であれば王族に。騎士や兵士であれば使える家の者に行う。いわゆる忠誠の証である。


 自分の部下以外にそんなことされれば、こいつ何様なの?って感じだろう。


 隊長さんは不愉快だと糾弾され、落ち込んだ表情で俯いたまま部屋を後にした。そして、悲しいことにこのオーク・・・・・・サザーラ侯爵様と二人きりで部屋に取り残されてしまった。


「立ったままでは話もできん。座りたまえ」

「はい。失礼します」


 逃げることもできないので、あきらめてサザーラ侯爵の正面に腰掛けた。正面から見ると、その横幅はビッグフロックやジャイアントスライムのようないでたちだ。


 本当に人間なんだろうな?


「さて、わざわざキミをここに呼んだのには、いくつか理由がある。まあ、まずは予定外の案件だが、警備隊の少女を公衆の面前で辱めた。これについては、平民相手のことだから、あまりとやかく言うつもりは無い」


 でたよ、貴族至上主義。貴族なら平民に何したって良いってことか?


「無断で一週間の欠席。これは少しまずいな。平民とは言え、担任や学年主任は学園ではキミよりも立場が上になる。平民に頭を下げたくない気持ちはわかるがね。後で指導を受けなさい」

「わかりました。申し訳ありませんでした」

「よいよい。平民なぞに教員をさせている学院の落ち度でもある。だが一応ね、形だけでも指導はさせてもらおう。さて、それでは本題に移ろうではないか。キミをわざわざここへ呼んだ理由だ。オリエンテーションでの決闘について覚えているかな」

「ええ、私がサザーラ侯爵様の子息のご友人、クライス殿と決闘させていただきました」

「うんうん。そうだったな。実に見事な戦いだったと聞いておる。しかしな」


 そう言いかけて、侯爵様は一度言葉を止める。すると、先ほどまでの穏やかな雰囲気から一転。こちらへさっきのようなものを飛ばしてきた。


「何か不正を行ったのではないか?そうでなければ、クライスほどの男が容易く敗れるわけは無い。それに、学年主任のトーラスだ。なぜ私の息子が二人も、平民の命令で学院を去らなければならない」


 それは完全に自業自得としか言いようが無い。それを不正と言われては、こちらとしても穏やかではいられないぞ。


「キミは、魔力測定を別室で行ったそうだね?それはなぜだ」

「それは、トーラス先生のご指示です。理由はわかりません」

「まさかとは思うが、我が子らを罠に嵌めるため、平民を使って自分の魔力量が少ないと思わせようとしたのではないか?」

「彼らをたばかる理由がございませんが?」

「我が子やクライスをこの学院から追い出す、それが理由なのでは?」

「私は田舎者ですので、王宮の情勢には疎いのです。失礼ながら、ご子息のことは存じ上げませんでした。それなのに、入学試験の時から追い出すための策謀など。ご冗談でしょう」

「我がサザーラ家の子を知らぬとは・・・・・・もう良い。ならば、1週間自室での謹慎を言い渡す」

「謹慎?」

「そうだ。キミが所属している寮の中で謹慎しなさい。寮から外に出ることは許さない。もし破れば、退学もありうるので注意するように」


 侯爵の意図がわからない。決闘が不正だと言って息子たちの処分を無かったことにするのなら分かるが、どうしてそうしない?


 まあ、こんな見た目だから、頭の中もオークみたいな発想しか出来ないのかもしれないな。そんな考えで、一週間の謹慎生活を送っていた。


 オークとは言え大貴族が相手だということを失念していた俺が後悔するのは、謹慎が明けたその日にだった。






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