1-26
サザーラ侯爵から謹慎を言い渡されてから一週間が経ち、今日から久々の学院生活だ。まあ、一週間ほどエンディール家に居たので、正確には二週間ぶりの登校になるわけだけど。
しかし、エンディール家で過ごした一週間に比べると、この一週間はひどいものだった。
謹慎にされて寮から出ることを禁止された俺は、食堂で食事する時以外全て自室で過ごした。
今までも朝晩は一人で食事をしていたが、昼食まで一人でとるのは学院に入学してから初めてだった。
寮の食堂の中で、一人ぼっちで食べる昼食の味と言ったら・・・・・・
これが謹慎の罰というものなのだろうか。
もちろん自室を訪ねてくれる人もいないので、話し相手すらいなかった(くそじじいを除く)ので、話し方を忘れていないか不安だ。
唯一の同性の友人と呼べるギースも部屋には来てくれなかったな。そう言えば、寮でギースの姿を一度も見たことが無いんだけど、あいつは食事とかどうしているのだろうか?
「リクス様、居るか?」
そんなことを考えていると、ドアをノックする音がする。声の主はギースのようだ。
登校の支度もほどほどに、ドアを開けてギースを部屋の中に招き入れる。
「情報と提案を持って来たんだが、聞いてもらえるか?」
「おいおい、久しぶりに会ったっていうのに、いきなりなんだよ。せめて雑談ぐらい挟めよ」
備え付けのソファーに腰掛けながら、ギースにも対面のソファーに腰掛けるよう促す。ギースはソファーに目もくれず、なぜか俺の隣に立ち、そのままの姿勢で話し始めた。
「雑談か。まあ、今からする話が雑談みたいなものかな」
「雑談なら、朝食を一緒に食べながら話さないか?ゆっくり話をしてたら遅刻するぞ」
「いや、外に出る前に聞いておいてもらった方が良いだろう」
そう言いながら、ギースはどこからかティーセットを取り出して、カップに紅茶を注いでいく。そっと目の前に差し出されたので、仕方なく口をつけた。
「実は、シャリス嬢がエリファ嬢への殺人未遂で逮捕された」
「ぶはっ!」
口に含んでいた紅茶は霧のように部屋中に霧散していった。
「な、うぇ?おおぅ!」
よくわからない言葉を発しながら、慌てて立ち上がろうとしたところを、ギースに手で際された。
ギースは俺が噴き出した紅茶をふき取りながら、シャリスが逮捕された経緯を話してくれた。
昨日の魔法訓練の時間、シャリスはエリファ嬢と訓練のペアを組まされた。
このエリファ嬢というのは、第一王子が好意を寄せる少女で、婚約破棄の原因となった少女だ。
シャリスは殿下に婚約破棄を言い渡される時に、エリファ嬢へ数々の嫌がらせをしていたと言われた。その手前、訓練とは言え魔法を撃ち合う相手として不適切ではないかと、ペアを変えてくれるように教員に進言した。
しかし教員は、やましいことが無ければペアを組んでも問題無いはずだと言って、そのまま授業は再開した。
そして、事件は起こる。
シャリスが撃ち出した炎の魔法が、学院の用意した結界魔法を抜いてエリファ嬢に直撃。全身が燃え上がり、教員が救助に入った時にはひどい火傷を負っていた。
幸い、高位の治療魔法を用いて治療したため、傷が残ることも無いそうだが、魔法を使用したシャリスはその場で教員に拘束。今は司法省の監獄に捉えられているという。
上位貴族が下位貴族に対して行う暴行は重罪だ。良くて身分はく奪の上国外追放。最悪、死罪の可能性もある。
「は、早く助けに行かないと」
「まあ待てって。提案を持って来たって言っただろ」
「提案だって?」
「ああ。俺の主なら、シャリス嬢を助け出す事が出来る。もちろん、名誉も傷つかないようにな」
エンディール家は軍務を掌握しているが、司法に対する権限は無い。司法を掌握しているのは別の公爵家だと聞いたことがある。
「つまり、ギースの主は司法を掌握している公爵家なのか?」
「いいや。俺の主は司法を守護するベインリント公爵家じゃない。だけど、助け出すことは可能だ」
司法を守護する公爵家が相手だというのに、果たしてそれが可能なのだろうか?少なくとも田舎貴族の俺には不可能だ。
どれほど力を持った貴族家なのかは気になるが、今はそれどころじゃない。
「すぐにシャリスを助けてくれ!」
「ああ、リクス様が対価を支払ってくれれば、すぐにでも」
「・・・・・・対価」
そう聞いて、嫌な予感がする。
貴族同士のやり取りなんだから、当然善意で何かをしてくれるわけは無い。当然向こうにも利が無ければ動いてくれるはずが無い。
しかも公爵家に盾突く行為を行うほどの対価だ。軽いものであるはずが無い。
「それで、その対価とは?」
「リクス様が、シャリス嬢と婚約破棄することだ」
「は?」
そんだけ?たったそれだけのことで、シャリスは無罪放免で事件は無かったことになる。
対価なんて言うから、『大陸中に音楽を広めろ』くらいのものを想像していたが、簡単なことで助かった。
だってシャリスとの婚約は正式なものじゃないし。両家に認められたものでもない。お互いに好き合っているわけでも無く、婚約自体事故みたいなもんだ。
俺はシャリスを助けたいのであって、結婚したい訳じゃ無い。シャリスが無事なら、婚約破棄なんて安いもんだ。
「じゃあ、とっととシャリスを助けてくれよ」
「は?いいのかよ、そんな即決して」
「いいさ。シャリスが無事ならそれで」
「そうか、リクス様はそこまでシャリス嬢のことを」
俺の考えとは若干ずれた捉え方をしながらうんうん唸っているが、まあ良いだろう。
「じゃあ、辛いと思うがとっとと済ませようか」
そう言いながら、俺に手を差し伸べるギース。意図がわからずとりあえずその手を掴むと、勢いよく引っ張られて無理矢理立たされる。
「案内するよ」
と言って歩き出すギースの後を、訳もわからず着いて行くことしかできなかった。
「で?ここどこ」
すでに授業が始まっているのだが、学院には向かわずに王都を歩いて少々。俺とギースは、司法刑務所と書かれた建物の前に立っていた。
「シャリス嬢と面会できるようになってるから」
「なってるから?」
「直接婚約破棄をして来て欲しい」
「嫌ですけど?」
何言ってんのこいつ!
いきなり引っ張ってきたと思ったら、直接婚約破棄を告げろだって。いくらシャリスを助けるためとはいえ、二週間前に婚約破棄されたばっかの少女に、直接そんなこと言えるわけないじゃん。
こういうのは、書面にしたためてさ。シャリスが釈放された後にそっと渡せばいいんだよ。それが一番傷つかないから。特に俺のメンタルが。
「いきなりのことだからな。でも大丈夫だ。主から台本も預かってる」
「なるほど、さすがギースの主様だ」
アホなのかな?
なんで台本なんて用意しちゃってるの。
「さあ、時間があまりない。とっとと済ませよう」
押し付けられるように台本を受け取り、司法刑務所の中を進んで行く。中は意外にも清潔感があり、鉄格子などでは無く一室一室がプライベートを護られるように仕切られていた。
「シャリス嬢の部屋はここだ」
心の準備も全く無しの状態で、一室に押し込まれる。
「え?なんで、リクスが?」
部屋の中に入ると、一週間ぶりに見える我が婚約者がいた。手には魔力を封じる枷がはめられ、足は壁から生えた鉄の鎖に繋がれていた。
流れるように美しかった銀髪は見る影も無く、目元は泣き腫らしたように赤くなっていた。その姿を見ただけで、俺の心にふつふつと怒りがこみあげてくれのを感じた。
シャリスをこんな目にあわせた奴、絶対に許さない!
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