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「あなた、何しに・・・・・・いいえ、どうやってここに来たのよ」
「歩いてだけど?」
本当は馬車とかで来られれば楽だったのだが、寮に馬車を呼ぶわけにはいかなかったのだ。
「そうじゃなくって・・・・・・あ」
勢い良くこちらに詰め寄ろうとしたシャリスの足を、鎖の足かせが阻んだ。
シャリスはそれを見て、簡素な造りのワンピースの裾で必死に足元を隠そうとしていた。
「シャリス、すまない。俺が警備隊の女の子の胸を揉んだばかりに、キミを一人にしてしまった」
「それは本当に反省してちょうだい。でも・・・・・・ごめんねリクス。アタシ、ここまでみたい」
そう言って、シャリスは切なげに笑う。全てをあきらめて、それでも俺に向けて笑いかけてくれた。
俺は、こんな無理矢理作った笑顔なんて見たくない。
「そんな簡単に、あきらめないでくれ」
「無理よ。お父様は軍務に顔は聞くけれど、その反面司法には煙たがられている。娘を裁くことが出来るなんて、さぞかし気分が良いでしょうね」
「大丈夫だよ。エンディール公爵にはまだお会いできてないけど、キミをここから出す手段はあるらしい」
「らしいって何よ。待って、あなたもしかして、上位貴族と・・・・・・」
「俺は大丈夫だ。それよりも、まずはシャリスをここから出さなきゃ。そのためにも、ちょっと聞いて欲しい」
そこで俺は、ギースから手渡された台本を開く。
ちらりと視線を向けたが、本当にこれを読むのか?
「シャリス、聞いてくれ。俺は、キミのことが、嫌いになってしまった」
「はあ?」
なんかものすごい形相で睨まれているけど、気にしない。集中しないと、どこで文章を切って良いかわからなくなりそうだ。
「本当は俺、キミよりも、もう少し小柄な女の子の方が好きなんだ。髪だって銀髪よりも金髪の方が好みだし・・・・・・む、胸も・・・・・・」
この先は読みたくない。ちょっとくらい端折っても怒られないよな?
「胸も、なに?」
「・・・・・・」
圧がやばいわ。腕についている魔封じの枷で殴り殺されそうな殺気を帯びている。
「・・・・・・お、俺は」
「む・ね・が!なんですって?」
「胸ももう少しだけ大きい方が好みだ」
一息に小声で読み切ったけど、どうでしょう?聞こえていないと嬉しいな。
ちらりとシャリスに視線を向けると、彼女は満面の笑みを浮かべている。その背後には、凶悪なボスモンスターの幻影が見えるほどの。
「続けて?」
「エンディールなんて畑と山しかない芋臭い領地なんかより、海があって食材も豊富な領地に婿入りしたいと、子どもの頃から思っていたんだ。それに、俺みたいに優しくて格好良くて強い男が、敵対貴族に陥れられて処刑寸前のアホ令嬢とつり合いなんか取れない。俺は賢くもあるから、俺の才能はもっと商業関係にこそ使われるべきだと思わないか?俺には俺の理想を体現したような素敵な令嬢と出会うことが出来た。だから、俺との婚約を破棄して欲しい」
「お断りよこのバカ!」
とりあえず読み切った。読んでて何か大事なものを失ってしまいそうになったけど、これで約束は果たしただろう。
シャリスには即答で拒否されてしまったが、それは俺のあずかり知らぬことだ。
「シャリス、これで・・・・・・」
「あなた、誰かにここまで連れて来てもらったんでしょ?そいつをここに連れてきなさい」
「でも、その格好を他人に見せるなんて」
「いいから!そんなことより、大事なことなの」
そう言われてしまえば仕方が無い。俺は部屋の外で待機しているギースを部屋に招き入れる。
「あなた、一度会ったわね。名前は確か・・・・・・」
「ギース・ヴィオ・ハディル。ハディル子爵家の三男でございます」
胸の前に手を当てて、側仕えが主人の来客に対して挨拶をするように頭を下げたギース。それを見て、シャリスは鋭い視線でギースを睨み付ける。
「あなた、フェルス家の者ね」
「さて。俺はただのしがない子爵家の三男で、リクス様のクラスメートだ」
「それで?あなたの主がアタシを助けてくれるってわけ?」
「リクス様との婚約破棄を受け入れてくれるのなら、今すぐにでも」
「断ったら?」
「それは、司法のみぞ知るところだな」
なぜか俺は置いてきぼりなんだけど、これは助かるの?助からないの?
「でも、ここでアタシを見殺しにしたら、リクスはあなたの主のことをどう思うかしらね」
「・・・・・・」
「アタシを嵌めた連中と同じように、リクスから嫌われてしまうのではないかしら?」
「・・・・・・はあ。家名を言い当てられた時点でこちらの負けだよな。だから、あんな台本は無い方が良いって言ったのに」
「司法に睨みのきく貴族家はいくつかあるけど、あの小芝居のおかげですぐにわかったわ」
「だよなぁ」
すいません。俺はちっともわかりません。二人だけで納得してないで、俺にも説明をお願いします。
なんて言える雰囲気では無いので、俺はわかったような顔をしておくことにした。
「エンディール家は、弟のシリウスが継ぐのだけど?」
「不治の病で完治は難しいと聞いたが?」
「リクスのおかげで快調したの。今では昔のように屋敷中を走り回っているわ」
いや。まだベッドから起き上がるのが精一杯で、走るのなんてしばらく無理だと思うんだけど。余計なことは言いませんけどね。
「じゃあ、シャリス嬢は第二夫人でも構わないと?」
「そこは話し合いが必要ね。それよりも、どうしてリクスなの?」
「それは、シャリス嬢が一番よくわかってるんじゃないか?」
「な!」
よくわからない話し合いも終盤か?シャリスが真っ赤になりながら湯気出してるけど、大丈夫なのかな?
「それで、結局どうなったわけ?ギースの主とやらは、シャリスを助けてくれそうか?」
「おそらく大丈夫だろう。俺はちょっと仲間に連絡を取って来るから、二人は待っててくれ」
そう言って、ギースは足早に去って行った。
部屋には茹で上がった顔をしたシャリスと俺だけだ。俯いたままこちらを向こうとしないシャリスの顔を、そっと下から見上げると・・・・・・
「バカ!変態!見るなぁ」
「ぐへ!」
なぜか頭突きをくらうことになってしまった。
「いててて。でも、元気そうで安心したよ」
「もう!本当にあなたは貴族を何もわかってないんだから。もう少し相手の裏を読んで、交渉しなきゃダメでしょ。それじゃあ、将来痛い目をみるわよ」
「じゃあ、そうならないように助けてくれよ」
「うぇ・・・あの・・・ぅん」
どうも今日のシャリスは元気が無いな。時折顔も赤くしているし。慣れない牢獄での生活と、死への恐怖でかなり疲れが溜まっているのかもしれないな。
「あ~、仲がよろしいところ大変申し訳ないんだが」
「ひゃ!」
突然ふってきた声に、シャリスはビビって悲鳴をあげた。俺はというと、足音で気づいていたので特に驚くようなことは無かったが。
「とりあえず、シャリス嬢の枷と鎖の鍵をもらってきた。外に馬車を待機させてるから、今日のところはそれに乗って宿に向かってくれ」
「学院の寮には戻らないのか?」
「もう少し、敵にはシャリス嬢が捕まっていると思わせておきたい。シャリス嬢が嵌められた証拠は大体揃ったけど、向こうを破滅させるだけの証拠がまだ足りてないんだよ」
果たして我が友は何者なのだろうか?ギースの主なんかより、ギース本人の方が気になってしまう。男が好きとか、そういう意味では無いよ?
「じゃあシャリス。馬車までは俺が運ぶよ」
「え!ちょ、ま。ダメだよ、アタシ昨日からお風呂入ってないのに」
バタバタと腕の中で暴れるシャリスを抱き上げながら、ギースが用意してくれたという馬車に向かって歩くことにした。
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