1-28

朝出発したはずなのに、すでに外には夜の帳が下りていた。


シャリスを回収するまでに多少の時間を要したが、そこまで時間がかかったわけでは無い。


ギースの用意した馬車に乗り込んでからが長かった。王都内に宿を用意していると言ったくせに、馬車は城門を越えて王都の外へ。そこから更に森の中をひた走って到着したのが、湖の畔にある小さなコテージだった。


ギース曰く、「隣領に入っていないから、ここはまだギリギリ王都」だそうだ。


「それじゃあ、俺はもう一仕事してくるから、シャリス嬢は全てが終わるまでここで生活してくれ。一応護衛とメイドが常駐しているから、不便は無いはずだ」

「それは、フェルス家に全部任せろってこと?」

「この状況でエンディール家は動きようが無いだろ」

「でも、これはエンディール家の・・・いいえ、アタシの問題だわ。それなのに、アタシが後ろでこそこそ隠れているわけにはいかない!」


 シャリスの気持ちはわかる。自分だけが護られるだけで何もできないという苦しみは、俺も味わったことがあるから。


 どうにかしてシャリスにもできることを見つけてやりたいが、俺には貴族同士の派閥争いってものが全くわからない。令嬢一人の命が奪われることだってあり得た争いだ。


 俺たちみたいに、魔物を殲滅するのとはわけが違う。言葉尻一つ間違えれば人の命だって簡単に奪われる。


 そこに素人の俺や、今や隠れていることこそが最善のシャリスがノコノコ出て行けばどうなるか。火を見るよりも明らかだろうな。


「ギース、俺に出来ることは無いのか?」

「リクス様は十分に活躍したよ。これ以上無いくらいに、相手の計画を邪魔して見せた」


 俺がいつ敵対勢力の邪魔をしたというのか?


 ギースの話では、シャリスが婚約破棄をされた時点で敵対勢力からの攻撃は始まっていた。第一王子がご執心のエリファ嬢の実家は、サザーラ侯爵家の寄子で、殿下を篭絡するために送り込まれたらしい。


シャリスが注意を一つしようものなら話を盛りに盛って嫌がらせを受けたと吹聴し、肩がぶつかっただけでも突き飛ばされたと殿下に泣きついていた。


例え証拠が無くとも、シャリスを婚約者から引きずり落とし、悪評が広がればエンディール家の派閥に多大なダメージを与えることができる。上手く行けば、下級貴族であるエリファ嬢が王妃候補になり、寄親であるサザーラ家の力が増す可能性もあった。


そこで、俺の登場である。


悪役令嬢として蔑まれ、天下の嫌われ者になるはずだったシャリスは、いきなり辺境伯家の次男に求婚を受けた。その次男は婚約早々にシャリスに手を出そうとした。貴族令嬢として九死に一生を得たシャリスは、一夜にして悲劇のヒロインにジョブチェンジをしわけだ。


なるほど俺のファインプレーってわけね。おかげでシャリスが受けるはずだった蔑みや偏見の視線は、俺に集まることになった。


どちらの派閥にも属していないフォーリーズ家を相手に、手をこまねいていたところ、俺が身体強化すら使えないらしいという情報を得た。そこで自分の息子たちを使って、俺を学園から追い出そうとしたが、俺が勝っちゃったんだよね。


おかげでサザーラ家の兄妹は学園を去ることになり、サザーラ家のほうが多大な被害を被った。


更になんと、シリウスくんの呪いについてもサザーラ家が絡んでいる可能性があるという。


第一王子とシャリスが結婚した後、嫡男であるシリウスくんが死ねば、エンディール家は消滅してしまう。シャリスの婚約が決まった時点で、シリウスくんに呪いの呪法を使用したのではないか、とのことだ。


こちらはエンディール公爵にまだ世継ぎが出来る可能性もあるため、予備の策であったようだが、予備で子どもを殺しておこうとか、何を考えているのか理解に苦しむ。


そして、そんなシリウスくんの命を助けてしまったのがこの俺(正確にはくそじじい)だ。


そこで切り札を使い切ってしまったサザーラ家は、最後のジョーカーを投入した。人工のスタンピードだ。方法は調査中ではあるが、人工的に魔獣を暴走させ、エンディール家を壊滅に追いやるつもりだったのだが、ここでまた邪魔が入って。


俺である!


わずか100人そこそこの部隊が2000の魔獣を殲滅するなど想像できなかったのだろう。フォーリーズは武装した兵をエンディールに集め、邪法で何やら怪しいことをしている、と噂を流すのが精一杯だったらしい。


 だからこそ、学院に戻ってきた俺を警戒した。


 だからこそ、ハニートラップまで使って俺を謹慎にして、シャリスから遠ざけた。そう、公衆の面前で婦女暴行など、ハニトラ以外に起こり得るわけが無いのだ!


 そして、俺から引き離されたシャリスを罠にかけた。


 シャリスの殺人未遂については、婚約者を奪われたことに対する怨恨という演出で、魔法結界の代わりに、『魔法増幅陣』という術式が刻まれていたらしい。シャリスが放った炎魔法は威力を増し、エリファ嬢を火だるまにしてしまったと言う訳だ。


こちらの装置はすでにギースたちが回収済み。いつでも証拠として提出できるらしい。


「魔法増幅陣が刻まれた魔道具を提出するだけで、シャリス嬢は無罪放免になるんだが、うちの主はリクス様に仇なす可能性のあるやからは殲滅しろと、かなりお怒りでな。シャリス嬢の弟の件や人工スタンピードの件を調べ上げて、徹底的に叩き潰すつもりだ」

「アタシはリクスのついでってわけ?」

「主からしたら、そうだろうな」


 ギースの主とやらは、シャリスの問題に俺が巻き込まれたから手を貸してくれているらしい。なぜ俺を助けてくれるのか、さっぱり理由はわからないんだけど。


「だったら、アタシが勝手に動いても構わないでしょ?」

「ダメだ。こちらの予定が狂わされたら困る」


 敵を破滅させるには、まだまだ証拠が足りないらしい。


 シリウスくんにかけられた呪いは、現代の魔法で解明できなかった。そのうえ、すでに解呪されてしまったため、これ以上調べようが無くなったらしい。


「スタンピードについては、楽隊に潜入中の部下から気になる情報が・・・・・・」

「楽隊に潜入?」

「・・・・・・スタンピードの現場調査に向かった部下から、気になる情報が上がっている」

「いやいや。言い直してもダメだから。嘘だろ?俺の楽隊に他領のスパイがいる?」


 少なくとも、103人の男性隊員は5年以上前からフォーリーズに仕えていた兵だ。それも、死力を尽くしてフォーリーズを護り抜いた英雄たちだ。彼らの中にスパイがいるなんて、信じられない。


 そうなると、くそじじいの趣味でスカウトした女性隊員が怪しいか?


「リクス様、スパイなんて思わないでくれ。彼らは心からリクス様に忠誠を誓っている」

「彼ら?らって言ったの?一体何人うちの楽隊に潜入させてんの!」


 彼ら、なんて言い方されたら、もしかして男性隊員の中にもスパイがいるのではと疑ってしまう。もちろんギースのブラフである可能性もあるけれど。


「そんなことより、スタンピードについてだ。ブリリアンバッファローの体内から、召喚石が見つかった」

「「召喚石?」」


 聞き慣れない言葉に、シャリスと共に首を傾げる。どうやら俺だけではなく、シャリスですら知らない物らしい。


「召喚石っていうのは、強力な魔獣を召喚して操るための魔道具だ。邪神崇拝者御用達のな」


 俺たち楽団のことを「邪法を用いた怪しい儀式をする邪教徒」だと吹聴しておいて、敵方が本物の邪神崇拝者だったってこと?






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