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 騎士団長さんの好意で、俺とリリーナたち女性隊員は足の速い馬を貸してもらい、早々に公爵家へ戻ることができた。


 男性隊員たちはまだ食い足りないらしく、公爵家の兵が事後処理を終えるまで一緒に残るというので置いてきた。


 なぜかシャリスも嬉々として残ろうとしたのだが、俺が無理矢理馬に乗せて連れ帰った。


 一応とはいえ、軍の総司令が戻ってスタンピードが収束したことを伝えなければ、領民はいつまで経っても不安を抱えたままだ。


収束の宣言をすることも含めて、早く帰れるように配慮してもらっていると言うのに、ブリリアンバッファローはシャリスに『暴食』という恐ろしい感情を植え付けていったらしい。


 ちなみに、シャリスのお腹は領都に戻ってもぽっこりしたままだったので、乗馬中も甲冑は脱いだまま。


 着の身着のままで早馬に乗って戻ってきたシャリスを見て、城門にいた兵が大慌て。領都内にいた全兵が押し寄せる事態となった。


「スタンピードは私の婚約者、リクス・ヴィオ・フォーリーズ様とその部隊によって殲滅しました。魔獣の脅威は去ったのです!」


 せっかく全兵が集まったので、その場を使ってスタンピードが収束したことを宣言し、兵たちに領都内全域に通達してもらうことにした。


 しかし、そこまで婚約者を強調されると後々問題になると思うんだが、大丈夫だろうか?


「「「うおおおぉ!」」」

「リクス様、ばんざ~い!」

「シャリス様、ばんざ~い!」


 城門を通って領都に入れば、やっと一休み出来ると思っていたところで、なぜか領民たちの歓声に迎えられることになった。


 果たして先ほどの兵たちはどのように通達したのだろうか?


 見たところ、公爵家へ続く道には途切れること無く人が整列しており、手を振りながら大歓声をあげている。これではまるで、英雄が凱旋したようだ。




 まあ、いろいろあったけれども、無事に公爵家に戻って来る事が出来た。最後のパレードが無ければ、陽が沈む前に帰って来られたと思うんだけど、しょうがないか。


「シャリス様、リクス様、本当にお疲れさまでした。エンディールに住まう者として、深く感謝申し上げます」


 俺とシャリスに紅茶を淹れた後に、執事さんが深々と頭を下げた。今日は散々感謝をされたので、もうお腹いっぱいだよ。


「ところで、お二人に面会したいという方々がいらしております。なんでも、お二人のご学友で、リクス様の側室だと申しておりましたが?」


 鋭い視線をこちらに向けながら、執事さんがそう告げる。


 学生の身分で側室がいる奴なんかいるわけないだろ。常識的に考えていただければ、おかしな話だと分かると思うんですけど、なんで信じちゃってるんだろうね。


「リクス?別に側室を持つのは構わないんだけど、順番はちゃんと守ってよね?」


 順番を守れっていうのは、シャリスとの婚約を正式に破棄してから他の女性を娶れ、ということですよね?


「お二人ともお疲れでしょうが、すぐにお会いになられますか?事態が事態でしたので、昨夜一泊していただいたのですが、もう一泊していただいて、明日お会いになられても構わないかと思われます」


 執事さんがそう言うとなると、そこまで家格が高くない家の者か。それも、エンディール家の寄子の家の者だろう。


 しかし、あまり家格が高く無くて、エンディールの寄子で俺たちと同じ学生。それで、俺の側室?全然誰だかわからないんですけど?


「会いましょう。リクスの側室だなんてふざけたこと言ってる奴なんて、とっとととっちめてやるわ」

「一応言っておくけど、俺には正式な婚約者もいなければ、婚姻予定の女性もいないからね」

「こ、婚約者なら、ちゃんとアタシがいるじゃない」


 それはもうネタのレベルだね。シャリスとはあくまで仮の婚約者であって、正式に家同士が取り決めた相手なんて存在しないんだから。たぶん。


「それでは、お連れ致します」


 一礼して部屋を後にする執事さん。と、ここで俺は重要なことに気が付いてしまった。


 来客に対応するというのに、支度が全くできていないのだ。特にシャリスの。


 一応簡単なドレスを着ているが、あくまでも甲冑の下に着るものとして想定されたドレスだ。普段の制服や、社交界で着るような高級感漂うドレスとは雲泥の差である。


 さらに問題なのは、突出した下腹部。


 いくら家格が低い相手であっても、この醜態をお見せするのはどうなのだろうか?


「シャリス、やっぱり明日に・・・・・・」

「失礼いたします。お客様をお連れ致しました」


 俺の制止の言葉は、執事さんによって遮られてしまった。一応まだ追い返すことも可能だが、部屋の前までやって来た相手を追い出すのはさすがに失礼か。


 まあ、ダメージを負うのはシャリスだし、どうせ自業自得だから別に構わないんだけど。


「お通しして」


 そして、こちらの心配をよそに平然と来客を迎え入れようとするシャリス。もう、俺は知りません。


「「「失礼致します」」」


 執事さんに案内されて入室してきたのは、数少ない俺と関わりのあるクラスメイト、舌打ち三姉妹だった。


「スタンピードの収束、おめでとうございます」

「お疲れのところ、お時間をいただきましたこと、感謝いたします」

「火急の用にて、不作法はお許しください」


 そう言って、丁寧な礼をとる三姉妹。


 もしかして、こいつらが俺の側室?それって目通りを急かすための方便だよね?まさかとは思うけど、学院でもおんなじことを吹聴してたりしないよね。


「ああ、あなたたちだったの。だったらリクスの側室って話は嘘じゃないわね」


 なに納得しちゃってんのこいつ。


 しかし、そう言えば公爵家に来る前にそんな話をしたような、しなかったような?でもあれは、ギースのおかげでギリギリそうならないようになったんじゃなかったけ?


「それで、火急の用件とは?」


 こちらの心情を完全に無視して、シャリスが話を進めようとしたのだが、三姉妹は礼をとったまま、一点を見つめて硬直していた。


 そう、シャリスのぼっちゃりお腹だ。


「あ、あの、シャリス様・・・・・・」

「こら、フィー。失礼でしょ」

「で、でも・・・・・・」


 フィー嬢が何かを尋ねようとしたのを、ネイス嬢が押さえつけた。さすがは舌打ち三姉妹の長女なだけはある。


「そのお腹、どうなされたのですか?」

「うぇ?」


 ノーマークだった三女ことアイナ嬢が、直球で爆弾を放り込んできた。


 強力な爆弾のせいで、シャリスは気色の悪い声をあげ、腹をさすりながら視線を泳がせている。


「しゃ、シャリス様?そのお腹、もしかして・・・・・・リクス様の?」

「ん?」


 ちょっと待って、質問の意味が全く分からない。リクス様の?その後に何が続くんだよ。


「すでにリクス様との間に、御出来になられたんですの?」

「え、いやぁ、うん。お恥ずかしい話なんだけど、ね?」


 本当にお恥ずかしい話ですよ。そのお腹はブリリアンバッファローの肉を食べ過ぎて、はち切れんばかりにパンパンに膨れ上がったんですから。


「おめでとうございます。これで男子なら、エンディール家は安泰ですね」

「そ、それでは、今後は私たちがシャリス様に代わって、リクス様のお相手を?」

「キャー、学生の内からそれは早すぎますわ~!」


 なんで俺の子だって誰一人疑わないわけ?こいつらには一度、妊娠と出産についてしっかりと勉強してもらいたいものだ。


「そんなことより、三人はどうしてエンディール家に?わざわざ学校を休んでまでやって来るなんて、重大なことでもあったんじゃないの?」


 いつまでたっても話が進まないので、無理やり軌道修正をかける。


 ようやく三人は姿勢を正して、本題を告げる。


「学園中で噂になっております。エンディール公爵家が、フォーリーズ辺境伯家と手を組んで、邪神を復活させようとしていると」





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