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 エンディール家の兵たちが次々に魔獣を解体してくれているため、肉がいつまで経っても無くならない。


 俺やリリーナたち女性隊員は早々に腹がいっぱいになってしまったため、調理担当として肉を焼き続けているのだが。


「お前、いつまで喰ってんの?」

「う・・・もうちょっとだけ」


 なぜか公爵令嬢であらせられるシャリス様は、食事の手を一切止めていない。


 スタンピードの話を聞いてからろくに食事が喉を通らなかったとか。張り詰めていた緊張の糸が切れたからとか。昨日の食事が携帯食を調理しただけの物だったからとか。


 すでにそんな言い訳が通らない量をお召し上がられている。バーベキューが始まってから一度も手が止まっていないのだ。


いくらブリリアンバッファローの肉だからって、限度があるだろう。


「えっとね、リクス・・・・・・たくさん食べる女の子って、嫌かな?」


 なぜか上目遣いで尋ねてくる彼女は、瞳では無く口元がキラキラと輝いていた。当然、肉の脂である。


「たくさん食べるのは良いことだと思うけど、食事中に腹がパンパンになった婚約者は嫌かな」

「う・・・そ、そんなに気にする程じゃ・・・・・・」


 気にするほど出ていないと言うのであれば、なぜ甲冑を脱ぎ捨てているのか。どう考えても詰め込み過ぎてきつくなったに決まっている。


「リクスは、ちょっとお腹が出てる女の子って・・・」

「それはちょっとじゃないよ。サイズで言ったら妊娠4か月目とか5か月目に入ってるよね?」

「こ、これはほら・・・・・・リクスとの赤ちゃんが・・・なんちゃって?」


 1週間同じ屋根の下で暮らしていたけれども、俺は何もしていない。大体、正式な婚約者でも無い女性に手なんか出したら、社会的に死ぬ。それに、正式にはまだ第一王子の婚約者でもある女性を妊娠でもさせたなら、物理的にも死ぬかも知れない。


「それで?本当にまだ食べるの?」

「うぅ・・・・・・もうちょっとだけ、だめ?」

「肉はまだまだあるし、俺は別に構わないよ。でも、せっかくのブリリアンバッファローの肉、シリウスくんに食べさせてあげなくて良いの?」

「は!」


 持って帰るという選択肢はすっかり抜けていたようだ。


 ちなみに、俺が部位ごとにある程度の量を持ち帰るようにしっかりと確保している。


フォーリーズの大森林でも高級食材が度々狩ることがあったが、うちの隊員も食材が終わるまで食べるのを止めない。


なので、バーベキューをする時は事前にある程度の食材を最初に確保しておく癖がついてしまった。


「それに、さっきからシャリスが食べ終わるのを待っている人たちもいるみたいだよ?」

「アタシを?」


 待っているというか、混乱しているというか、壊れているというか?


「1000の魔獣のバーベキューがブリリアントでロックなバルに行って100人が・・・・・・」


 騎士団長さんは、魔獣の死体の山を見てからずっと虚空を見つめながらぶつぶつ言っている。しかも崩れ落ちたままだ。正直、早く何とかしなければダメな気がします。


「騎士団長さん、しっかりしてくださいよ。お嬢様の準備が出来たみたいですよ?」

「お嬢様?お嬢様が・・・・・・っは!お嬢様はご無事かあぁ!」


 勢い良く立ち上がった騎士団長は、なぜか大声でお嬢様の身を案じた。到着して早々にシャリスと会話をしたはずなのだが、覚えていないらしい。


 心配しているお嬢様も、すでにいろんな意味でご無事じゃないかもしれないけど。


「ディクス、落ち着きなさい。他の団員や他領の方の目があるのですよ」

「も、申し訳ありません、シャリス様」


 居直って敬礼する騎士団長さんを尻目に、シャリスの腹に目を向ける。


 急に令嬢モードに入られましたが、あなたももう少し他の者の目を気にしてくださいね。


「シャリス様、ご無事で何よりでございます。しかし、本当にこの者らだけで1000の魔獣を討ち取ったのでしょうか?見ればBランクの魔物が大半。Aランクでも上位に位置するブリリアンバッファローまで討伐されております。これほどの戦果、5000の兵を投入しても大規模な被害を出して、勝てるかどうかですぞ」

「私が証人です。間違い無く、彼らがスタンピードを退け・・・いいえ、殲滅してくださいました。ここより先の被害は起こらないでしょう」


 シャリスは騎士団長さんにスタンピードの詳細を説明してくれた。その際、シャリスがお腹をさすったり抱えたりする様子を見るたびに、こっそり笑っていた。


「しかし、どうやってあれほどの人数で、スタンピードを殲滅したのですか?」

「それは・・・・・・アタシも説明して欲しいわ。終始見ていたけれど、何がなんだかちっとも理解できなかったもの。でも、フォーリーズ家の秘術とか、そう言うのだったら無理には聞けないのかな?」


 そう言われても、返答に困ってしまう。


 俺たちはいつも通りに戦っただけだし、何か特別なことをしたわけでも無い。フォーリーズ家の秘術?なんか格好良いけど、そんなもの聞いたこともないね。



「あの魔獣を包み込んだ青い光とか、隊員さんたちが急に黄色い光を発したりとか、あれって何だったの?」


 ここでシャリスが言っている秘術というのは、演奏による効果のことだろう。


 音楽には、様々な可能性が秘められている。奏でられる旋律を耳にしただけでも、心を揺さぶられることや、力をもらえることがある。


 魔力をこめて演奏することにより、その効果は明確になって影響を及ぼす。


 最初に演奏した楽曲は、『悲恋』という。ある男女の結ばれなかった悲しい恋の物語を歌い上げたものだ。


 この楽曲には、敵に対して攻撃力・防御力・魔力・機動力を下げる効果がある。


 ロックバードが魔法一発で撃ち落とされたり、バルバッファローの突撃力が無くなっていたのはこの効果だ。


 そして、『英雄』の楽曲。これは旧神時代に邪神の眷属神の一柱とそれを打倒した人物の戦いを描いたものだ。


 この楽曲には、見方に対して攻撃力・防御力・魔力・機動力を上げる効果がある。


 バルバッファローの首を簡単に刎ねたり、ブリリアンバッファローを一方的に八つ裂きにしたのはこの効果のおかげだ。ちなみに、ブリリアンバッファローの突進をくらった隊員は、ほぼ無傷の状態で発見されている。


「彼女たちの喉は武器だっていうのは、そういう意味だったのね」

「楽器の演奏も重要だよ。歌と演奏、二つが揃って強力な効果が表れるんだ」


 そう言いながら、まだガツガツと食事を続けている隊員の方へ目を向けた。俺の自慢の仲間たちに。


「この戦果はまさに奇跡です。私、シャリス・ヴィラ・エンディールが、エンディール公爵家を代表してお礼申し上げます」

「私からも感謝と、謝罪を申し上げる。緊急時と言えど、貴公の言を信じず、無礼な物言いばかり申した。申し訳ない、リクス・ヴィオ・フォーリーズ殿」


 改まってお礼を言われると、なんだかむず痒くなる。


 でも、お腹を抱えたまま頭を下げるシャリスを見ると、何とも締まらない光景だと思ってしまった。





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