1-19

 大地を揺らす勢いで突進してきたバルバッファローの群れは、大盾部隊に勢いを殺され先頭は大盾に頭をこすりつけることしかできないでいる。


そこに後続が突っ込んでくるので、尻に角が突き刺さって悲鳴を上げている。


バルバッフォローは高速での直進移動に特化しており、突進攻撃が非常に危険な魔物だ。だが、直進移動に特化したことにより、急な方向転換はできない。


先頭の足を止めてしまえば、今のように次々と前方のバルバッファローに突き刺さって動きを止めていく。


 しかし、かなりの数のバルバッファローが連なったようで、そろそろ大盾部隊が押され始めている。


「剣部隊、左右に展開」

「「「は!」」」


 さて、第二幕の開演だ。


 楽隊に視線を向けると、「悲恋」の演奏を終えて次の演奏を待っていた。


 一度リリーナに視線をやり、彼女がうなずいたのを確認すると、打楽器部隊へと体を向ける。


 打楽器隊はにっと歯を見せて笑っている。準備は万端のようだ。


 俺は打楽器隊に向かって構えをとると、勢いよく指揮棒を振り下ろした。その勢いに負けじと打楽器が打ち鳴らされる。さらに管楽器部隊に合図を送ると、甲高いメロディが響き渡る。


「剣部隊、強化後に掃討戦だ。いけるね?」

「「「うおおおぉ!」」」


 さっきまで穏やかな返事だったのに、楽曲が変わった途端にこれだよ。やる気があるのは嫌いじゃ無いけどね。


 剣部隊の雄叫びに呼応するように、彼らの体を黄色の光が包み込む。


「前方の魔物から掃討せよ!」

「「「うおおおぉ!」」」


 合図と同時に先頭の魔物たちに向かって斬撃スキルが降り注ぐ。魔物たちは躱すこともできずに斬撃を受け散っていく。


 先頭が崩れ落ちたことにより、後続のバルバッファローたちも頭が引きずられ続々と倒れ込んでいく。


 そこからは一方的な掃討戦が始まった。


 激しく打ち鳴らされる打楽器に合わせるように斬撃が飛び、管楽器に負けじと魔獣の悲鳴が木霊する。


 500に迫る数を有したバルバッファローの群れは、前奏が終わる前に掃討されてしまった。


いや、『英雄』は前奏が長い曲だから、決して瞬殺と言う訳ではないけれど。


「隊長、バルバッファローの掃討、完了しました」


 剣部隊の部隊長が敬礼しながらそう告げる。


「ブモオオオオォ!」


 部隊長に労いの言葉を告げる間も無く、前方より咆哮が響き渡った。


 ズシンズシンと大地を揺らしながら、一際巨大な一頭の牛が歩を進めてくる。


 ブリリアンバッファロー。


 その巨体から繰り出される突進攻撃は、堅牢な王都の城壁さえも一撃で砕くと言われている、Aランクの魔獣。


 ちなみにその肉はどこの部位であってもA5ランク以上の価値を誇り、一頭狩れば10年は遊んで暮らせると言われている超高級食材。


「精鋭部隊、出番だ」

「はいよ、坊ちゃん」

「よっしゃあ、待ってました」

「しっかり働いて、腹ぁ空かせねえとな」


 その超高級食材を前に、我が楽団が誇る最強の部隊が立ちはだかる。


 両雄並び立ったところで、まもなく前奏は終了だ。再びリリーナに視線を戻して、歌い始めの合図を送る。


 その合図を皮切りに、10人の歌い手が一斉に歌詞を歌い上げる。


 激しい旋律と共に、彼女たちの体から黄色の光が柱となって上空へと打ち上げられ、雲を斬り裂く。


光の柱は遥か上空で軌道を変更し、精鋭部隊の隊員たちに降り注いだ。


「いいか、絶対にやり過ぎるなよ。なるべく少ない傷で頼むぞ」

「あいあい」

「わかってらあ!」

「アガッってきたー!」


 一斉にブリリアンバッファローに突撃していくバカ20人。連携など御構い無く、自由にスキルや魔法を使用しながら攻撃を行っていく。


「って、ちょい待て!ディックス、魔法は止めろ!肉がダメになる」

「え?なんだっでぶはあぁぁ!」


 俺の声に動きを止めた精鋭部隊の一人が、哀れにもブリリアンバッファローの突進を正面から受けて吹き飛ばされた。


 やり過ぎるなって言ったのに、加減をしない奴が悪い。


 他の連中も、魔法は使っていないが加減は一切できていない。強化された身体能力やスキルによって、高級食材を次々と切り刻んでいく。


「ブ、ブモォ・・・・・・」


 ブリリアンバッファローが事切れる頃には、全身が傷だらけになっていた。


 解体はあのバカどもにやらせよう。絶対にだ。





「な、なんだこれは!」


 楽団と魔獣たちの戦闘が終了してしばらくし、エンディール家の騎士団長が2000の兵と共に到着した。


 シャリスが俺たちと一緒に先陣を切ってしまったため、全軍の到着は待たずに予定通りの部隊で進軍してきたようだ。


 命令違反とか、大丈夫だろうか?


「しゃ、シャリス様。これは一体どういうことでしょうか!」


 馬を降りて慌ててシャリスに駆け寄る騎士団長さん。


「ひょっとまっふぇふぇくだふぁい」


 シャリスは頬っぺたいっぱいに肉を頬張っているのでしゃべれないよ。


 そんなシャリスを見て唖然とする騎士団長さん。見かねて俺はシャリスに水筒を手渡す。

さすがに公爵令嬢がそんな顔して使える者の前に立ってはまずいもんね。


 水筒を受け取ったシャリスは、周囲の視線を気にも留めずに水を飲み、焼き立ての肉を口いっぱいに放り込む。


「いや、しゃべれよ!なんでまた新しい肉入れてるの?団長さん可哀想じゃん」

「ふぁふぁら、ひょっとまっふぇふぇふぇばぁ」

「・・・・・・」


 もしかして、肉が終わるまで待ってろってことですかね?


「こ、小僧!説明しろ。この死体の山は、全てスタンピードの魔物なのか?」


 頭を抱えたままバルバッファローの死体の山に目を向ける騎士団長さん。先にブリリアンバッファローの解体をさせたから、こっちはまだほとんど処理できてないんだよね。何せ、たった20人で解体してるんだから。


「そうですけど?」

「え、Aランクの魔獣はどうした」

「あの中に」


 そう言いながら、シャリスの顔を指差す。


 あのパンパンに膨れ上がった頬っぺたの中には、超高級食材の中でも、さらに超希少部位であるヒレ肉の王様、シャトーブリアンが詰め込まれている。


 頬っぺたが落ちるどころか、膨れ上がってるんだけど。


「そんな・・・・・・たった100人の兵だけで、1000の魔物を狩り尽したと言うのか」


 何がショックなのか、その場に崩れ落ちる騎士団長さん。その体勢、さっきのバルバッファローみたいでちょっと嫌だなぁ。


 エンディール家の兵たちも動揺しているようで、死体の山とバーベキューを楽しむ俺たちをきょろきょろと見比べているようだ。


「ちょ~、隊長!援軍が来たんなら、解体手伝ってもらえなえですかい?俺たちが討ち取ったのに、ブリリアンバッファローの肉が無くなっちゃいやすぜ」

「「「「ぶ、ブリリアンバッファロー!」」」」


 その言葉に反応したのは、エンディール家の兵たち。目の前で何が焼かれているのかがわかり、涎を垂らす者まで出始めている。いくら巨体とは言ったって、2000人の兵士に振る舞ったら、肉なんて一瞬で無くなってしまう。


 兵士の皆さんには、どうかセルフでバルバッファローとロックバードの肉を食していただこう。


「と言うことで騎士団長さん。兵士の皆さんに、魔獣の解体をお願いしても良いですか」

「は、ははは。バルバッファローがあんなにたくさん。あれだってBランクの魔獣だ。それがこんなに。こんなに倒して、解体?」


 騎士団長さんは壊れてしまったようである。


「兵士のみなさ~ん。バルバッファローとロックバード、解体お願いしま~す。終わった人から解体した肉を食べて良いですよ~」

「「「おおおぉ!」」」


 大歓声を上げながら、兵士の皆さんは死体の山に突撃していった。





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