1-18


 明け方、斥候に出ていた隊員が戻った。


 『鷹の目』と呼ばれる長距離を視認できるスキルを使用して、魔物の集団を確認した。


 魔物の侵攻は渓谷の魔物たちも巻き込んだのか、その数を1300まで増やしている。発見時の報告通り、半数がゴブリンとウルフの群れであるが、それらの魔物はバルバッファローと呼ばれる牛の魔物の群れに追い立てられるように逃げているらしく、疲弊している魔物や、途中で踏みつぶされる魔物も出ているとのことだ。


 また、渓谷で巻き込んだ魔物はロックバードと呼ばれる鳥の魔物で、こちらはだいぶ興奮しているが、踏みつぶされることなく大群に追従しているらしい。


 そして、群れのボスと目されていたAランクの魔物だが、群れの最後尾に一頭だけ巨大な牛の魔物を発見したとのことだ。


「隊長、ひときわでけえ牛となると・・・・・・」

「「「「ごくり」」」」

「ああ、ブリアントバッファローだな」

「「「「うおぉぉ!」」」」


 隊員たちの歓声が上がる。


 それもそのはず。ブリアントバッファローは、市場に出回ればどこの部位であっても超高級食材として扱われ、『どこを食べてもはずれなし』と言われるほど美味な肉なのだ。


 その分、巨体の割に動きはバルバッファローの数倍の速度で駆けまわり、鋭利にとがった角を用いた突進攻撃は、高ランクの冒険者であっても一撃で吹き飛ばされると言われている。


「こりゃ、豪華なバーベキュー大会になるぞ」

「大丈夫、大丈夫。アタシはリクスを信じるって決めたの。例え盾殺しと名高いブリアントバッファローが相手でも、きっと倒してくれるはず」


 歓声を上げ続ける隊員を尻目に、シャリスだけはハイライトが消えた目で何かをぶつぶつとつぶやいていた。


「移動速度から見て、2時間ほどで大草原に到達すると思われます。それまでには、ゴブリンとウルフはほとんどがバルバッファローに潰されているでしょう」


 ということは、ここまで到達できるのはロックバードとバルバッファローくらいのものか。


「まずは大盾の準備だ。前衛として20人が大盾を準備した後、一列横隊で整列。その後ろに魔法攻撃部隊を配置。初撃で上空のロックバードを打ち落とせ。失敗すれば、ロックバードは食えないからな!」

「「「は!」」」


 俺の号令に合わせて、大盾を持った男たちが隙間を開けること無く横一列に並んで大盾を構えた。その姿は、さながら城壁のようだ。


 10メートルほど距離を開けて、魔杖を装備した魔法使いたちが並んでいく。10人が横一列に並び、その後ろにさらに10人が距離をやや開けて並んだ。


「剣部隊は大盾部隊の真後ろへ布陣し、大盾部隊が止めた魔物を順番に狩っていけ」

「「「は!」」」


 大盾隊と魔法使い部隊の間に、20人の剣士たちが整列する。


「雑魚の掃討が終わり次第、強襲部隊がブリアントバッファローを討伐する。お前らがしくじれば、おいしいお肉はお預けだ。責任重大だが、よろしく頼んだ」

「「「は!」」」


 大剣や斧、ハンマーを携えた屈強な男たち、総勢20人が返事をすると、剣部隊の両脇に10人ずつで整列する。


「残りの隊員は、いつも通りだ。出だしで魔獣たちの勢いを殺した後は、攻撃部隊の強化に努めろ。楽曲は『悲恋』と『英雄』だ」

「あいよ、隊長!」


 残りの隊員たちは、各々使用する楽器を担ぎながら、魔法部隊の後方に、扇上で展開する。隊の戦闘には、10人の歌い手たちがリリーナとマーレを中心に横一列で整列する。


「ごめん、リクス。やっぱり説明が欲しいわ。どうして隊員の半数が楽器を構えて演奏の準備をしているの?」


 こめかみを押さえながら、シャリスが話しかけてくる。疑問があったにも関わらず、隊の移動が終わるまで我慢してくれていたようだ。


「戦いが始まればわかるよ。シャリスは危ないから、楽隊の後方で待機してるか?」

「あなたはどうするのよ?」

「俺は隊の指揮があるから、部隊の中央にいるよ」

「なら、アタシもあなたの隣に居ても良い?」


 シャリスは体を震わせながらそう言った。


 いくら俺が大丈夫と言ったところで、1000近い魔獣の集団を相手にするのは恐ろしいことだろう。ましてや、都市を壊滅させかねないという一団が相手だ。


 初陣のシャリスにとって、心配せずに成り行きを見守っていることは出来ないはずだ。


「それでは、我がフォーリーズ辺境楽団の演奏を、特等席でお聞かせするよ」

「・・・・・・ありがとう」


 俺が差し出した手を、シャリスはぎゅっと握りしめた。


「隊長!魔獣の群れの先頭が視認できました。数十のウルフが残っておりますが、おそらくここまでは持たないでしょう」

「わかった。効果範囲に先頭が入ったら演奏を開始する。そちらの判断で合図を出せ」

「はい!」

「・・・・・・さてと」


 シャリスの手を握りしめたまま、楽隊へと向き直る。


「シャリス、怖いか?」

「うん。とても怖い。本当はね、こんなとこすぐにでも逃げ出したいわ。でも・・・・・・」


 俺の手を離して、土煙が上がる方を一瞥すると、楽団の方、エンディールの領都がある方へと視線を向けた。


「アタシは、何があってもエンディール領を、そこに住まう民を、そして、愛する家族を護るわ」


 そう言って、彼女は銀髪を風になびかせながら、にっこりと微笑んで見せた。その姿はあまりにも美しく、目を奪われてしまった。


「隊長!先頭が効果範囲内に突入しました」

「・・・・・・わかった」


 一瞬シャリスから目が離せなくなってしまったのは秘密だ。


 懐から指揮棒を取り出して、楽団に向かって構える。


「リリーナ、良いな?」

「はい、隊長」


 シャリスに負けない微笑みを浮かべたリリーナは、ゆっくりとした動作で一歩前に踏み出す。


 それを確認した俺は、リリーナに向かって手を差し向ける。


 それを合図に、リリーナはゆっくりと、大草原に響き渡るような声で歌い始める。


 最初の4小節を独唱で、そこから1小節ごとに一人ずつ歌に参加し始める。


 10人の歌声が重なった瞬間に青い閃光が発生し、魔物の先頭集団を包み込む。


 ここまで必死に逃げ延びてきたウルフたちは速度が減少し、後続のバルバッファローにひき殺される。そのバルバッファローも、青い光に突入した途端、速度が急激に減速していく。


 俺は、指揮棒を振るい、楽器を構える隊員たちに合図を送る。


 待ってましたと言わんばかりに、楽隊は各々の楽器を奏で始める。


大きさは控えめに。


歌い手たちの音を殺してしまわないように。


ゆっくりと寂しさを表現しながらだ。


楽隊の演奏が重なったことで、青い光はさらに範囲を広げ、いつしか1000に近い魔物全てを包み込んでいた。


「ロックバードの高度が落ちた。魔法部隊、攻撃開始!」

「「「は!」」」


 上空に向かって、数十の炎魔法が撃ち上がって行く。


本来のロックバードの速度であれば回避することもできたであろう。


本来のロックバードの耐久値であれば耐えることができたであろう。


しかしそれは敵わず。300ものロックバードたちは、次々と炎魔法が命中し、地上へと撃ち落とされていった。


「バルバッファローの先頭、来ます!」


 大盾隊の方から声がかかる。


 その直後、先頭のバルバッファローが大盾部隊に突撃するが、吹き飛ばすことは敵わず。完全に勢いを殺され、その場で動きを止めてしまう。


「足を止めたバルバッファローから仕留めろ。効果が切れる前に演奏を切り替えるぞ」


 1曲目の「悲恋」は間も無く終盤だ。低い重低音と共に打楽器が打ち鳴らされ、悲しみは最高潮と言ったところだろうか?


 シャリスなんか、魔獣のことなんかすっかり忘れて、目を潤ませながら演奏に聞き入ってやがる。


「さあ、次の曲を奏でようか」


 そう言いながら、再び指揮棒を構え直した。





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