1-17
「よし、ここで迎え撃とう」
出発してから半日ほど進んだところで、目標にしていた大草原に到着した。
1000人の軍団と違い、100人ほどの規模であれば行軍は早いし、何よりうちの隊員は長距離の移動に慣れているので、団長さんの予定よりも余裕をもって到着することが出来た。
まもなく陽が沈むので、タイミング的にはばっちりである。
「今夜はここで休息をとる。情報ではまだ魔物は到着しないとのことだが、詳細な情報が欲しい。数名、斥候で出てくれるか?」
「了解しました!」
「とりあえず夕食にしよう。部隊の編成については、斥候が戻ってから考えたいしね」
とは言ったものの、準備した兵糧は冒険者御用達の携帯食だ。改まって夕食なんて言うほどのものじゃない。
日持ちするように極限まで水分を抜いたカチカチパサパサの黒パンと、塩辛い干し肉のセット。
パンが口の中の水分を奪い、干し肉のせいで水分が欲しくなってしまうという見事なコンビネーションだ。
「リリーナたちはこれ、喉やられないか?」
楽隊の中には、リリーナを含めて10人の女性隊員がいる。
彼女たちは全員が歌い手でもあるのだが、こんな喉に悪そうな物を食べ続けて大丈夫なのだろうか?
少し心配になって、彼女たちがいる辺りに干し肉を齧りながら向かうと、女性陣は火を囲むようにして何かをしている?
「みんな、何してんの?」
「あ~、たいちょ~。どうです~?一緒に食べませ~ん」
何とも気の抜けた話し方をするのは、マーレだ。彼女は元々フォーリーズ領にある食堂で働いていたのだが、じじいの推薦(というか強制)で楽隊にスカウトした女性だ。
年齢は俺と大して変わらないはずだが、料理が得意で野外行動中の食事は彼女が中心になって作ってくれている。
「・・・・・・もしかして、何か料理作ってるの?」
「だ~ってぇ、こんなしょっぱいの食べてたら~、声ガラガラになっちゃうも~ん」
うんうん、そうだね。俺もそれを心配して様子を見に来たんだけど、随分と旨そうな香りが漂っているではないか。
「ちょ~っと携帯食にぃ手を加えただけで~、料理とは言えないけどね~」
どうやら香草やスパイスで下味をつけたお湯の中に、細かく切った干し肉と黒パンを投入したスープのようだ。
「もらって良いの?」
「せっかくだし~、ちょ~っと味見、していって~」
せっかくのご厚意なので、ありがたく頂戴しよう。
受け取った器からは、すっとするような香草の香りが漂ってくる。器に口をつけて一口飲み込むと、喉に優しく落ちていくような清涼感を感じる。
「喉はすっとするのに、体が温まる感じがするな」
「ふふふ~、喉は私たちの武器だからね~。いつでもケアできるように、何種類も~薬草を常備してるの~」
薬草を組み合わせるだけで、ここまでさわやかな喉越しのスープが作れるとは、恐れ入った。さすがは我がフォーリーズが誇る歌い手の一人だ。
「それで~、たいちょ~の奥様?にも用意しようと思うんだけど~、どこにいるかしら~」
そう言われてみれば、到着してから姿を見ていないような気がする。馬はつないであるようだし、近くには居るはずだけど。
「もしかして、トイ・・・・・・」
「お花摘み~」
「はい、すいません。でも、お花を摘んでるんだったら、俺じゃなくて女性が探しに行った方が良いか?」
「ん~、大丈夫じゃな~い。将来~、夫婦になるんなら~?」
じゃあ尚更俺が行っちゃダメじゃん。
「ま~、陣から一人で離れてたら危ないし~、これ持って~探しに行って~」
マーレに無理やり二人分の器を手渡され、シャリス捜索を命令されてしまった。俺が隊長なのに。
陣から少し離れた丘の上で、シャリスは一人で黒パンをかじっていた。
一口目で噛み千切れなかったようで、プルプルと頭を振りながら必死になっている。その様子が面白くて、なかなか声をかけられなかったのだが、どうやら先に見つかってしまったようである。
「ちょ!み、見た?」
「見た。令嬢なんだから、手で千切ってから食べれば良いのに」
「そ、そっか。隊の人たちがかぶりついてたから、そうしないといけないのかと思って」
どうやら、人前でパンにかぶりつくのが恥ずかしくて、少し離れた場所まで来たようだ。
「これ、マーレからだよ」
「マーレさんから?何これ、スープ!」
スープ一つで喜ばれるとは思いもしなかったが、シャリスは嬉しそうに器を受け取ってくれた。
「喉にやさしい薬草入りだって。干し肉はそのまま食べると喉に悪そうだからね」
「こんな時でも、喉の心配をするのね」
「まあ、それが俺たちの(・・・・)武器になるからね」
「確かに、彼女たちの歌は素晴らしいものだった。人の声を聞いて感動したのは初めてよ。でも、戦いの場でも優先すること?」
先ほどまで喜んでスープの器を眺めていたはずなのに、急に機嫌が悪くなったようにシャリスが言った。
「これから魔獣と戦うの。それもAランクの魔物が率いるスタンピードよ。普通なら、大都市一つが滅びかねないの。そんな相手を前に喉の心配なんて、おかしいじゃない!」
そうか。彼女には俺たちの戦い方を教えてはいなかった。
自分の領地が、家族が、民たちが危険な状況だと言うのに、別の心配をしている彼女たちが許せなかったのかもしれない。
確かに、何も知らなければ、戦いのことも考えずに何をしているのかと、お怒りになるのも当然か。
「彼女たちの歌が、明日の戦いでは大きな武器になる。戦いが始まれば、すぐにわかるよ。だから、信じてくれないかな?」
「・・・・・・アタシ、リクスのことがわからない。エスコートをお願いすればいきなり求婚して来るし。オリエンテーションでエンディール家の敵対派閥の子息と決闘して学院から追い出しちゃうし。長年、手を尽くしてもどうしようも無かったシリウスをあっという間に助けちゃうし。今度は、スタンピードも終わらせるって言うし。どうして?なんでリクスは、アタシのためにしてくれるの?」
決闘騒動のクライスくんについては、シャリスのために動いたわけでは無いぞ。単なるもらい事故だったし、エンディール家の敵対派閥だなんて知らなかったから、シャリスのためと思って戦ったわけでは無い。
それ以外のことについては、まあ、シャリスのために動いたのは事実だ。
「俺は昔、大勢の仲間が目の前で死んでいくのをただただ見ていることしか出来なかった。だからかな。俺は死んでいった彼らの分も生きて、誰かを幸せにしたいと思ってる。ただ、それだけなんだよ」
「・・・・・・そこはせめて、最愛の婚約者のためだから、くらいは言いなさいよ」
「はぁ、そうですか」
泣きながらスープを啜る彼女の隣で食べたスープは、とても温かかった。
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