1-16
エンディール家の中では、使用人や兵士、騎士までが慌ただしく走り回り、出陣の準備をしていた。
「辺境伯家の者だからといって、無礼が過ぎるぞ!」
そして俺は、なぜかエンディール騎士団の団長さんに説教をされている。俺はちょっと、俺の楽隊で魔獣の襲撃を潰してくるから、討ち漏らしの掃討をお願いって言っただけなのに。
「我らは死を覚悟して戦場に臨むつもりでいるのだ。それを、お遊び気分の小隊に場を荒らされてたまるものか」
こんなところで言い合いをしているのは本当に時間の無駄でしかない。魔獣が迫っているのであれば、近隣の町や村に被害が出る前に食い止めたい。たとえ他人の領地であれ、民を死なせるわけにはいかないからね。
「それでは、どのように軍を動かされるおつもりですか?」
「魔獣の軍勢は渓谷を通って大草原にやってくる。我が軍は先んじて大草原で陣を敷き、魔獣を食い止める。エンディール軍全軍を集めるだけの時間は、稼いでみせるつもりだ」
「集まった残りの全軍をアタシが率いて、掃討するって考えね」
全滅覚悟の持久戦。俺が最も嫌いな戦法だ。この人や、今回出陣する全員が死ぬつもりでいるのが気に入らない。
「そのような覚悟であれば、そちらは領内の全軍が揃い次第、シャリス嬢の指示のもと全軍をもって進軍してください。大草原では我らが魔獣を食い止めましょう。まあ、全軍が揃う頃には全て終わっているでしょうけどね」
「ふざけるな。他領で軍を動かす勝手を許すわけがないだろう」
「それなら、エンディール公爵様から直々にご許可をいただいておりますよ。滞在中は、自由に行動して良いとね」
拡大解釈も良いところではあるが、ウソは言ってない。時間ももったいないし、とっとと行かせてもらおう。
リクスが退室した後・・・・・・
エンディール騎士団団長のディクスは、目の前のテーブルを思い切り殴りつけた。
「なんとふざけた小僧だ。魔獣の恐ろしさがわからんのか」
「落ち着きなさい、ディスク」
「シャリス様、ですが・・・・・・」
「彼の無礼は、婚約者である私が謝罪いたします」
「婚約は正式なものではありません。シャリス様が謝罪されることなど・・・」
シャリスは首を横に振ると、ゆっくりとした動作で膝を軽く曲げると頭を下げた。
「例え誰が認めずとも、私は彼の、リクス・ヴィオ・フォーリーズの婚約者です。未来の夫の無礼を謝罪するのが私の役目。そして、未来の夫の身を案じるのも私の役目です。ディクス騎士団長。どうか、私の未来の夫にお力添えを。私は、彼を失いたくはないのです」
二人の間を、しばしの沈黙が包み込む。
その沈黙を破るように、ディクスは首を横に振った。
「シャリス様、いかにシャリス様の願いと言えど、他領の人間のために、自領の民を危険に晒すようなことはできません。我が軍は予定通りに進軍させていただきます」
「あらそう。なら、アタシもリクスについて行くわ。それじゃ、ディクスは全軍を率いて、ゆっくり進軍してきなさい」
「な!」
完全に思考停止に陥ったディクスを尻目に、シャリスは勢いよく部屋から飛び出し、リクスの後を追うのであった。
急な出陣のため、馬は俺が乗るもの以外は手配できず、兵糧も冒険者が使用する携帯食を数日分しか確保できなかった。野営用の装備は隊員が持ってきているので、野ざらしで寝る心配は無いのだが。
魔物の移動経路と速度は先ほどの軍議で教えてもらえたが、大草原で接敵するまで1日はかかるだろう。帰りを考え、丸二日も携帯食で過ごさなければいけないと思うと、気が滅入る。エンディール家の食事、旨かったからなぁ。
あの食事を食べるためにも、とっとと帰ってきたいものだ。
「それじゃ、東の渓谷から侵攻してくる魔獣討伐に、しゅっぱ~つ!」
「ちょ~っとまった~!」
馬上から軽く手を挙げて進軍の合図を送ったところで、ちょっとまったコールだ。声の主を探してみると、シャリスが隊員の間をかき分けながらこちらへとやってきていた。
よく見るとシャリスはさきほどまでのドレス姿ではなく、甲冑にマントを羽織っており、まるでこれから戦へ臨む戦士のような出で立ちだった。
「シャリス、なんて格好してんだよ」
「それはこっちの台詞よ。あんたこそ、これからスタンピードに挑もうっていうのに、なんで鎧の一つも着けてないのよ」
「そう言われてもなあ」
こんなところに、俺の装備があるはずもない。だって、学園生活に不要な物は寮に持ち込めなかったし。寮の自室に無い物が、こんなところにあるわけが無い。それに、あんまりゴテゴテしたの身につけると、重いし動きにくいんだよね。
「わざわざそんなこと言いに来たの?」
「違うわ。あなたと一緒に出陣しようと思って」
「・・・・・・なんて?」
「だ・か・ら!あなたと一緒に、出陣するのよ」
「エンディール家の兵士は?」
「知らない。アタシのお願いは聞けないって言うから、置いてきたわ」
そう言いながら、なぜか手をこちらに差し出してくるエンディール公爵軍暫定総司令殿。
意図がわからず、とりあえずその手を握るとシャリスも握り返してきた。どうやら握手のようだ?そのまま握り合った手を上下させる。
よくわからないまま笑顔で握手をしていると、シャリスが腕を大きく振って握った手を振り払った。
「って、握手じゃないわよ!あなたの馬に相乗りさせろって言ってるのよ!」
鞍は当然1人乗りの物だ。ほぼ成人体型である人間が相乗りなどすれば、どちらかは鞍からはみ出してしまう。それに鐙も当然1人分なので、2人が跨がって乗るのはほぼ不可能に近い。ということは、だ。
「うぇ、ちょ、何!」
いったん下馬してシャリスをお姫様抱っこする。ちょっと重いが、どうにかその体勢のまま馬に跨がることができた。
しかし、顔を真っ赤にしてバタバタ暴れているシャリスのせいで手綱が握れないのだが、どうしたものか。
「なぁ隊長。さすがに武装した女性をお姫様抱っこで相乗りさせんのは、危ねえんじゃねえかい」
「俺もそう思うけど、シャリスが乗せろって」
「こ、こういう乗せ方は希望してない!もっと普通に乗せてよ!は、恥ずかしいでしょ」
ダメだったらしい。どうにもわがままなお姫様である。
仕方が無いので、シャリスを馬に跨がらせて俺は降りることにした。歩いた方が、相乗りするよりもよっぽど楽だと思ったよ。
「本気で一緒に行く気か?団長さんの話じゃ、2000の兵でも全滅覚悟の持久戦しかできないんだろ。こっちは俺を含めて114人しかいないんだよ?」
「でも、あなたは勝てると思っているんでしょ?」
「そりゃ、余裕だと思ってるさ。なあ、みんな」
「「「おおぉ!」」」
返事を期待したのに、これじゃ鬨の声だな、と苦笑しながらシャリスを見上げると、彼女も同じように苦笑していた。
「少しでも不安に思っていたアタシがバカみたいね」
俺たちからすれば、不安になる要素なんてどこにも無い。こいつらが普段相手にしている大森林の魔物に比べれば、都会のお上品な魔物なんて、遊び相手にすらならないだろう。
「せっかくだし、どこかでバーベキューセットでも買っていくか?」
「隊長!バーベキューセットでしたら、調味料も込みで常備してあります!」
さすが我が楽隊。楽しむことにも抜かりは無いようだ。後は、美味しい魔獣が登場するのを祈るばかりである。
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