1-7

 目を覚ますと、知らない天井があった。あのくそじいのところに召されなかったようで安心した。




 結局魔力の暴走が抑えきれず、体が限界を迎えて気を失ってしまったようだ。




 生まれた頃から、俺の魔力保有量は人よりも多かったらしい。現存する魔王の子孫と比較しても俺の方が多かったらしいが、旧神であるくそじじいの眷属になってからは、さらにその量は増大したとか。




 別の大陸に居る、『神々に寵愛されし男』と呼ばれる、世界最高峰の魔法使いと同程度の魔力保有量だと聞いたことがあるが、どれだけの量なのかは全くわからん。




 入学試験では、魔力測定器を爆発させ、試験官だった学年主任と担任の教師に連れられ、個別で魔法の試験をやらされたっけ。




 あの時は比較的魔力の制御ができたから、ここまでボロボロにはならなかったんだけどな。




「失礼するよ」




 ノックもなく、ドアが開かれる。




「おや、気がついていたか」




 入室してきたのは、学年主任の教員、確かグレス・トーラス先生と言ったか。グレス先生は遠慮なく入室すると、ベッド脇に置かれた椅子に腰を下ろした。




「クライス・ヴィオ・シャリーシャだが、無事に発見された。息はあったので、キミの勝利に文句をつける者はいないだろう」




 クライスくんは無事だったらしい。ただ、上空から落下したため全身の骨折はひどいもので、長期間の入院が必要らしい。ついでに俺がぶん殴った顔面だが、症状が最もひどかったらしく、どうやら回復魔法でも完璧に治すことはできなかったらしい。




「それから、今回の決闘をそそのかしたサザーラ先生は、今回の責任をとって退職なされた」


「サザーラ?」


「キミが決闘したクライスくんと一緒にいた、ボルド・ヴィオ・サザーラの兄だ。入学試験の時に、キミの魔法試験を個別に実施したことは覚えているだろう?剣術試験でも身体強化を使用していなかったから、キミは魔法が使えないと勝手に勘違いしていたようでね。『魔法が使えないものは貴族に非ず、貴族でないものは伝統あるこの学院に通う資格はない』等というくだらない思想を持った人間でね、魔法が使えないくせに殿下の婚約者を奪った不届き者を学院に通わせておけないと思ったのだろう。弟のボルドくんと、同じく殿下の側付きだったクライスくんを使って、キミを学園から追放しようとしたようだ」




 マジかよ。決闘の責任をとらされるっていうことは、あの時のひょろ眼鏡先生だろ?笑い方がクライスくんそっくりだったのに、まさかのもう一人の方の兄貴だったとは。




 ちなみにクライスくんたちは、決闘の取り決めにより二人とも学院を退学することが決まったらしい。『リクス・ヴィオ・フォーリーズと関わりを持たない』ようにするためには、クラス替えをしたり、合同授業での調整を行ったりと学院側の仕事が増えてしまうのは面倒だ。俺も退学のリスクを背負って戦ったわけだから、彼らも退学で良いだろう。という結論に至ったらしい。




 もう彼らの顔を見なくても良いと思うと清々するが、最後にクライスくんの顔がどうなってしまったのかだけはこの目で見てみたかった。




「でも、二人がいなくなったら王子が困るんじゃないですか?」


「そもそも学院では、王族であっても側仕えを連れ歩くことは許されていない。サザーラが無理矢理彼らを同じクラスに組み込み、二人は側仕えのように振る舞っていただけだ」




 俺も入学の際に側仕えを連れてくることはできなかった。とは言っても、我が家は大抵のことは自分でできるように教育されているので、料理さえ用意してもらえるのなら、後のことは一人でできる。




 最近はどこの貴族家でも、身の回りのことは自分で出来るよう教育されている、と母上が言っていた。本当かどうかはわからないけど。




 けど、国の頂点まではそうじゃないだろう。




 王子様が教科書の詰まったカバンを担いでいたり?下駄箱で上履きを取り出して外履きを仕舞っていたり?学食で自分の食事の乗ったトレーを運んでいたり?




 それはそれで面白いかもしれないけど、威厳もなにもあったもんじゃない。




 それに、護衛の面でも不安が残る。多くは無いと言っても、国外からの留学生もいるし、王族に恨みを持っている者もいるかもしれない。




 クライスくんが護衛として十分な戦力だったかは置いといて、護衛がいないのは国としても問題なのではなかろうか?




「護衛に関しては問題無い」




 俺の考えがわかっているかのようなタイミングで、グレス先生から回答があった。




 王族には生まれた時から『影』と呼ばれる護衛が付き、まさに影から護衛をしているんだとか。ただし、影は護衛だけでなく、王族として相応しいかどうかも四六時中観察しているそうである。トイレとか、お風呂とか、夜のあれやこれやも?




 絶対俺には耐えられないけど、王族なら仕方ないのかな?




「昨夜の件についても、当然国王陛下に報告がいっている。もちろん、生徒が噂しているような略奪婚などという話では無く、殿下が一方的にシャリス・ヴィラ・エンディール嬢に婚約破棄を突きつけたと」


「先生、しゃり?誰ですって?」


「シャリス・ヴィラ・エンディール。正式ではなくても、一応はキミの婚約者となった女性だろう。なぜ名前を知らん」




 そりゃ、知ってて当たり前でしょって言われて自己紹介してもらってないし。そもそもこの婚約が承認されるとも思ってないから。




 グレス先生は盛大にため息を吐いて、額に手を置いた。




「この学院は、国内の有力者や優秀な者たちが集まってくる。上級社会の縮図だ。私もあの場に居たが、今回の件はどうにもきな臭い事が多い。しっかりしていないと、キミも大いに巻き込まれて痛い目を見るぞ。殿下もそうだが、シャリス嬢やエンディール家にも十分注意したまえ」




 それだけ言い残して、グレス先生は退室してしまった。




 しっかりと生徒に教えを授けてくれるあたり、しっかりとした先生なんだな。




「きな臭いことが多い、か」




 魔獣と戦い、領内でくそじじい好みの美少女をナンパする日々を送っていた俺には、何がきな臭いのか全然わからなかったけど。




「胸の大きさで婚約破棄されてるのが、あまりにも不憫だったんだよなぁ」


「誰の胸が不憫ですって!」




 どかんという、ドアが開くにはあまりにも不釣り合いと共に、婚約者?であるシャリスがやって来た。




 何度も言うが、彼女の胸は不憫では無い。貧乳では無く美乳なのだ。




「別に胸が不憫だなんて言ってないだろ。それで?シャリスはどうしてここに?」


「うぇ?あ、そ、そうね。一応婚約者になったわけだから?大怪我をして倒れたフィアンセを放っておけないでしょ?だから、だ、だい・・・かなと思ってね、来た、んだけど!」




 途中がよく聞き取れなかったんだけど、ここで『なんだって?』なんて野暮な事は聞かない。文脈的にも心配してくれているようだし、嬉しい事だ。




「ケガは大したことあるし、戦ってる時はめちゃくちゃ痛かった。それもこれも、シャリスと婚約したおかげだと思うと、涙が出ちゃうね」


「ぐぬぬ。少しは遠慮して物を言いなさいよ。確かにこうなる原因を作ったのは私だけど、あの時はああする他無かったの」




 入学早々衆目の前で婚約破棄され、逃げるようにパーティ会場から出て行けば、いくら上級貴族家だと言っても致命傷だもんな。




「まあ、ケガはしっかり治してもらったし心配ないよ。午後からのオリエンテーションもあるだろうから、シャリスは早く戻りなよ」


「わかった。でも、約束を果たしてから戻る」




 シャリスは軽く膝を曲げると、制服のスカートの端をちょこんと持ち上げて礼を取る。




「私の名は、シャリス・ヴィラ・エンディール。エンディール公爵家の長女ですわ」




 その所作はあまりにも美しく、思わず「妖精が舞いを舞っているようだ」なんてきざなセリフを言ってしまいそうだった。それを口にするのはさすがに恥ずかしいので、別の言葉を伝える事にする。




「知ってますけど?」


「え?」




 なぜか礼を取ったまま固まるシャリス。美しい笑顔は、なぜか引きつって見えた。




「さっきグレス先生から聞いたから、名前も家名も知ってるよ?公爵家の長女だとは知らなかったけどね」


「はああぁぁ!あんたが、『勝ったらご褒美に名前を教えてくれよ。キリッ』とか言うから、礼までとって名乗ってやったのに!なんでグレス先生に先に聞いちゃうのよ!アタシが来るの待ってなさいよ!」


「たまたまキミの名前が出たからさ。せっかくだからちゃんと覚えようと思って。シャリスって、響きが綺麗な名前だね」


「き、きれいって、何を言って・・・・・・う、うわああぁぁん!」




 よくわからんが、なぜか泣きながら出て行ってしまった。これがまた、変な噂にならないと良いな。










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