1-8
決闘騒動が終わって翌日。今日も俺は学院に通う。
決闘で魔力を暴走させた後遺症か、今日から正式な授業が始まるせいか、俺の心はどんよりとしていた。
「昨日、保健室からシャリス様が泣きながら飛び出してきたって」
「まさか、保健室のベッドに無理やり?」
「い、いくら婚約したからと言って、結婚する前からそんな!」
「「「鬼畜変態クソ野郎ですわ!」」」
別に女子の視線が痛いとか、陰口が大きすぎてこっちまで聞こえてるぞごらあ!とか、そんな事は全く無い。
俺が歩く周辺だけ、人の波が一切無いとか、そんな事、ないんだからね!
「あら、シャリス様ですわ」
誰かの声で、俺は周囲を見回す。その瞬間に視線の先の生徒たちがチリジリに逃げていったのは気にしない。どうなってんだよ、この学院。
程無くして、我が婚約者?のシャリス嬢を視界に捉える事ができた。
どうやら彼女も一人のようだが、声をかけた方が良いのだろうか?
「鬼畜!」
「変態!」
「クソ野郎!」
この状況で?無理でしょ。
いつ刺されてもおかしくないじゃん。
これだけ気にかけてくれる人がいるんだから、むしろ俺なんかは近づかない方が良いだろう。
「リクス様、おはようございます」
そう思っていたら、なぜか向こうから寄って来たし。空気読んでよね?後ろの女子たちに『ちょっと訓練場の裏まで来いや』なイベントは求めてないからね?
「どうかなさいまして?」
「シャリス嬢があまりにも美しかったので、言葉が出なかっただけです」
「まあ、嬉しいですわ」
気持ちの悪い会話を続けながら、二人で校門をくぐり、下駄箱までたどり着く。俺のクラスは1組で、彼女のクラスは8組らしい。
「お昼、ご一緒してもよろしくて?」
「え?」
「お嫌ですの?」
涙目で上目遣いに尋ねてくるシャリス。
「「「チッ!」」」
それを見て舌打ちをする女子生徒たち。ってこいつらずっとついて来てたのかよ。
「嫌じゃないけど、シャリスはその、クラスメイトと一緒じゃなくてもいいのか?まだ二日目なんだし、クラスの連中と親睦を深めたりとか」
「あなたは親睦を深められそうな人がいるの?」
ちょっとそんなこと言わないでくださいよ。明日から俺、学院に通う気力無くなっちゃうじゃん。
「クラスメイトが無理なら、婚約者同士で親睦を深めましょ?じゃ、約束ね。学食で待ってるわ」
「「「チッ!」」」
手を振りながら笑顔で去って行くシャリスと、背後から圧を放つ女子生徒たち。願わくば、彼女たちが同じクラスではありませんように。
午前中の授業が無事に終わり、俺は学食に向かう。
「「「チッ」」」
舌打ち三姉妹を引き連れて。結局この子たちは、俺のクラスメイトでした。そりゃもう、午前の授業中ずっと睨まれてましたとも。
「お~い、リクス~!」
学食の入り口で、シャリスが手を振って待っている。本当にこのままあいつの元に行っても良いのか疑問だが、後ろからの凄まじい圧によって、逃げることは許されない。
「お待たせ。1組からだとちょっと遠くて」
「別に大して待ってないわ。それより、後ろのご令嬢たちは?」
おっと!ここでシャリス様からも圧たっぷりの笑顔を頂きました。この学院に通う女子、絶対に『威圧』のスキル持ってるよね?
社交界の女子って、『威圧』が必須スキルなの?
「同じクラスの女子だよ。名前は・・・」
「ネイス・ヴィラ・テリースです」
「フィー・ヴィラ・ステインですわ」
「アイナ・ヴィラ・ハイヤーと申します」
「・・・だそうだ」
笑顔であいさつする彼女たちに、シャリスの圧はさらに増した気がする。
「私は婚約者のリクス様と昼食を共にする予定なのですが、皆さまは?」
「「「我々のことはお気になされず、ごゆっくりお食事をお召し上がりください!」」」
一糸乱れずそう言って敬礼すると、三人娘は去って行った。
「「「チッ!」」」
いや、シャリスの視界から消えただけで、俺をめっちゃ睨んでました。はい、すいません。
「フィアンセとの食事に、まさか三人も女子を侍らせながらやって来るなんてね」
「あれが侍らせているように見えるんなら、うちの軍は常に魔獣を侍らせているように見えるだろうね」
「魔獣を?フォーリーズ家では、テイマーを軍に採用しているの?そんな情報、聞いたことなかったわ」
よくわからないことを言い始めたシャリスを無視し、食堂の壁一面に掲げられたメニューを見上げた。種類が多いとは聞いていたが、百種類以上はあるのではなかろうか。
「シャリス、何食べる?」
「え?あ、そうね・・・・・・リクスと同じ物で」
「いや、俺まだ決まってないし」
俺がそう言うと、シャリスも一応メニューを見上げてみるが、すぐに視線を俺に切り替えた。
「全然選べない。リクスが選んで?」
そうは言っても、シャリスの食の趣味なんて全然わからないし。俺はがっつり食べたい気分だが、がっつり系のメニューを女子に勧めるわけにもいかないしな。
「ここはとりあえず、本日の日替わりランチでどうだろう?」
「日替わり?それってどこの地方の料理なの?」
「それは、注文してからのお楽しみだな」
注文はカウンターで行い、その場で料理が出てくるのを待つらしい。何でも、注文をしてからわずか30秒以内に料理が出てくるそうだ。厨房の中は果たしてどうなっているのだろう。
注文カウンターまではかなりの生徒が列になっている。こういう時だけは、誰も俺の近くから離れて行かないから不思議だ。
「ご注文は?」
かなりの人数が居たはずだが、あっという間に俺たちの番になった。30秒以内に料理が出てくるというのは本当のようだ。かなり高レベルの『料理人』たちが居るんだろう。
「日替わりランチ二つ。一つはライス大盛りで」
「はいよー。日替わり2!大ライス1」
「何今の!アタシもやってみたい!」
どうやらシャリスもやってみたかったようだ。明日はシャリスに任せると伝えると、なぜか物凄くやる気になっていた。
「はい、おまちど!」
「「はや!」」
注文から10秒も経たず、トレーに乗せられた料理が登場した。思わずシャリスとセリフが丸被りしてしまった。
俺たちはトレーを手にしながら、二人が座れそうな席を探す。トレーをカタカタ振るわえながら、おっかなびっくり歩くシャリスの様子はとても可愛かった。
「ここで良いか?」
「ええ、大丈夫よ」
開いていた二人掛けテーブルにトレーを置き、席に着く。
「これが日替わり?ライスにスープ、サラダと・・・・・・中央にあるメインは何なのかしら」
シャリスは楽しそうにメインの皿を指差している。そこに乗っているのは、どうやら鳥系の肉をソテーしたもののようだが、単に焼き上げてソースをかけただけのようには見えなかった。
「とりあえず、食べてみるか」
「う、うん」
ナイフで切り込みを入れ、一口大に切り分けてから口まで運び入れる。
「う、うまぁ!」
なんだこれは!今までに味わったことの無い濃厚な味わいだ。甘いだけでは無く、ほんのりとまろやかなしょっぱさも混じっている。しかも、ソースは肉にしっかりと絡んでいるが、ただ絡んでいるだけではない。肉の中まで味が染み込んでいるようなしっかりとした味付けだ。
そしてこの鶏肉。外側はパリッと焼きあがっているが、中はふっくらとして二重の食感が口の中を楽しませてくれる。
「本当!こんなに濃厚な味、今まで味わったことが無いわ」
シャリスも大満足なようで、切り分けてはパクパクと口に運び続けている。
隣の席でも、男女が同じメニューをおいしそうに食べていた。
「よければ、ボクの肉を食べるかい?」
「良いの?」
「もちろんさ。ほら、あ~ん」
「あ~ん!うん、すごくおいしい」
「「「「チッ」」」」
なぜかシャリスの真後ろの席を陣取っていた舌打ち三姉妹と、舌打ちが被ってしまった。カップルかよ、こいつら。そういうことは、人の居ないところでやれや!
「り、リクス?ほ、ほら、あ、あぁ~ん!」
視線を戻すと、なぜか目の前に、顔を真っ赤にしながらフォークに刺した肉をこちらへ差し出しているシャリスの姿があった。
あ~ん、と言いながら自分の口も開けちゃっているところは、大変可愛らしいと思います。だけど、これはどうしたら良いの?
「ほ、ほら、リクス~」
「・・・・・・う、うまいよ」
「「「チッ」」」
舌打ち三姉妹の鋭い視線の中、お肉を頬張った。
シャリスはやや俯いてはいたが、満足そうに微笑んでいた。
大変美味な昼食でした。
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