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 書状の出し方には二通りある。




 一つは使用人などに届けさせる方法。近くにいる相手への書状であれば、間違えなくこちらを使うだろう。無料だし。




 もう一つの方法は、郵送会社に依頼する方法。こちらは会社のランクによって様々で、国内のどこでも即日配送の会社から、数日かかる会社まである。料金が高い。




 そして、今回俺が使用したのが、飛竜便と言われる郵送方法だ。国内最速を誇り、24時間受付可能で即日配達がモットーの優良企業。料金はバカ高い!




 じじいが急かすため、仕方無く飛竜便を使用したのだが、深夜に飛竜便が飛んでくれば、我が家はさぞ慌てたことだろう。




 だからなのかな?




 書状を出した翌日に、我がフォーリーズ辺境伯領が誇る音楽兵隊全113人が完全武装・・・・で到着したのは。




「・・・・・・リリーナ」




 満面の笑みを浮かべながら、隊の先頭で敬礼をしている少女に向かって声をかける。




「お久しぶりにございます。隊長」


「うん、まだそんなに久しぶりじゃ無いね。実家を出てから2週間も経ってないし」


「何をおっしゃいますか!隊長と別れてからの10日間、我々がどのような思いで日々を過ごしていたか。そもそも・・・・・・」




 何が嬉しいのか一向に話が終わりそうに無いリリーナを無視して、他の隊員に目を向ける。一同敬礼したまま動いてはいないが、リリーナほどではないが、全員が笑みを浮かべているようだ。




「坊ちゃん、坊ちゃん!未来の奥様はどこなんです?」




 中程で控えていた隊員の1人が声をあげる。その声を皮切りに、『会わせろコール』が鳴り響く。その声は徐々にリズムを変えていき、まるでメロディーを奏でるように・・・・・・って、楽器を取り出して演奏をはじめやがった。仮にも公爵家の門前で、なぜかお祭り騒ぎだ。




 ただ、久しぶりに触れる音楽に、俺の心も喜びを感じていたように思う。やっぱり音楽は楽しいものだ。




「ちょ、ちょっとリクス。これ何の騒ぎなの!」


「ば!今出てきたら・・・・・・」




 騒ぎを聞きつけて、シャリスが屋敷から飛び出してきた。なんで真っ先に飛び出してくるのがご令嬢なのか。衛兵とか、執事さんとかは果たして何をしているのか。




「ヒュー!そちらが未来の奥様ですか!」


「こりゃ別嬪さんだぜ」




 俺と同年代の少女が飛び出してきたものだから、隊員のテンションが上がり、音のリズムもどんどん上がっていく。








しばらくして、その場にへたり込んでいる隊員たち。あれだけのアップテンポで休み無く演奏を続けていたんだから、そりゃこうなるよ。




「それで?なんで全員いるの」


「それはもちろん、隊長にお会いしたいがために」




 うん、リリーナでは話にならない。




 全員来ているとなれば、他のパートリーダーもいるはずだが。




「ダント、いる?」


「あいよ!隊長」




 俺の呼び声に元気に立ち上がる、公爵様に引け劣らない筋骨隆々な男。この男は楽隊の管楽器隊隊長である。




「なんで全員で来たのさ。俺はパートリーダーだけで良いって書状に書いたよね?」


「そりゃ、隊長にお会いしたくて」


「はいはい、そういうおべっかは良いから」


「ちょいと隊長、そりゃあねえぜ。俺らだって、隊長に会えなくなってさみしかったんだ。そうだろ、みんな」




 なぜか大歓声をあげる隊員一同。だから、人の屋敷の前でそれはやめなさいよ。




「で、本当は?」


「ルーシェ様が、行ってこいと」


「なんでルーシェが?」


「それでは、ルーシェ様の言葉を、復唱させていただきます。あ~、コホン。大、大、だ~い好きなお兄様へ」


「げほん!いい歳したおっさんが、なに裏声使って気色悪いこと言ってるんだよ。よりにもよって、お前が復唱するな。リリーナとか、女性の隊員にやらせりゃいいだろうが」


「いや~、あっしもそう言ったんですがね。他の女がお兄様に大好きなんて言うのは許せないそうで」




 あ~、そうですか。だったらせめて書状をしたためていただきたかったです。おかげさまで、隣にいるシャリスはひいてますよ。




「ダント、復唱はもう良いよ。とりあえず要点だけお願い」


「へいへい。隊長がルーシェ様は絶対に来ないように念押ししたもんだから、悪い女にたぶらかされてるに決まってる。このままでは、隊長がエンディール公爵家から帰って来られなくなるから、全軍でその悪女を討って来い、と」


「ちなみにそれ、本気で実行するつもりで来たの?」


「あっしら、そんなバカに見えますか?」




 ダントからさっと視線をそらす。




 だって、否定できないじゃん。結局全隊員で来ちゃってるし。しかも完全武装だし。




 でも、俺のためにここまで来てくれたみんなに、そんなこと言えるはずが無い。




「俺は、みんなのことを誇りに思っている」


「それ、あっしの目を見て言ってくだせえ」


「それは・・・・・・無理だ。許せ」


「そりゃね~ぜ、た~いちょ~」




 俺とダントのやりとりを見て、隊員たちがどっと笑い出す。先ほどまで疲れ切っていたのに、元気なものだ。




 大きく一つため息を吐いて、シャリスに向き直る。なぜかシャリスまで笑っていた。




「音楽って、楽しいのね」




 これも否定できないな。初めて感じた音楽をシャリスが楽しく思ってくれたのなら良かった。




「それで、シャリス。こいつらどこで寝泊まりさせよう?」


「・・・・・・お父様に聞いてみましょう。さすがに屋敷にこれだけの人数は招待できないわ」




 できれば格安で、ある程度騒いでも大丈夫な宿を紹介してもらいたい。




 そんなことを思いながら、シャリスと共に屋敷に向かった。








 公爵様に相談したところ、女性の隊員だけであれば屋敷で生活しても良いということで、10名の女性隊員は俺の側付き兼護衛として、屋敷で生活できることになった。




つまるところ、シャリスがいるのに男を大量に住まわせたくないということだ。




 幸い、公爵領の領都は王都に引けをとらない程発展しており、103名の宿を探すのに困ることは無かった。




 なぜか男性隊員から文句が出ることも無く、ぞろぞろと街へと消えて行った。




 あいつら、揃いも揃って娼館なんかに向かって無いよな。最近では発展した街に限って娼館がなくなりつつあるらしい。娼館が無くても、戻って来ないでよね。




 男性隊員が街へと消えて行った後、改めて公爵家の皆様に挨拶をすることにした。結局男性隊員の宿代まで出してもらうことになっちゃったしね。




 それに、こんな大人数で、しかも完全武装で押しかけちゃったんだから、謝罪も必要だろう。




「此度のこと、急な申し出にも関わらず、快く受け入れていただき感謝いたします」


「ああ、まあ、そうだな。急なことではあったな。俺は全く事態が飲み込めておらんのだが」




 シリウスくんのことで大変だったはずなのに、それが解決したと思ったら翌日にはこの騒ぎだもん。本当なら、家族でシリウスくんのお祝いでもしたいだろうに、くそじじいのせいで全く。




「リクスくん。とりあえず今後の予定だけでも、俺にわかるように教えてくれ。先に伝えたように、我が家はキミと、キミの主神様に感謝している。可能な限り助力しよう」


「でしたら、まずはシャリス嬢の教育から、でしょうか」




 くそじじいの要望は、シャリスにコンサートを開かせることだ。




 だからまずは、シャリスに『歌』とは何か。『音楽』とはどういう物かを知ってもらう必要があるだろう。




 エンディール家での生活は、思ったよりも長くなりそうだな。










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