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 いつまでも礼をとり続けるエンディール公爵家の皆様を、何とかソファーに座ってもらい、じじいについて説明することになった。






 3000年前に、世界を滅ぼそうとした一柱の神がいた。その神は破壊の限りを尽くし、世界中に呪いや厄災を振り撒いた。その神は邪神と呼ばれ、魔獣を生み出し、操っては生物を殺し尽くそうとする。




 もはや世界が消滅する寸前に、数多の神々が力を合わせ、邪神を封じ込めることが出来た。




 その時に生まれたのが、6つの大陸であり、神々は、邪神が復活しないように見張るため、6つの大陸を守護している。






 というのが、現代に語られる創世神話だ。




 神話と言っても、神々はちょこちょこ現世に降り立ち人々と交流しているから、そのうちの一柱が語ったとされる話をまとめた本が出版され、広まったと言われている。




 創世という割には、中途半端な始まりをしていると思う者は多くいるだろう。3000年以上前、邪神が破壊の限りを尽くす前はどのような時代だったのか、と。






 じじいが言うには、本当に世界が生まれたのは、1億年以上昔だったのだと言う。6柱の神が世界を創り、大陸を6つ創った。




 俺たちが住むミスティカ大陸は、じじいが加護を与えて音楽や芸術が発展していたという。




 4000年前、別の世界から新たな神がやって来た。その神こそが、邪神と呼ばれ、今現在封印されている神だ。




 大陸を持たない邪神は、獣を魔獣と呼ばれる化け物に変え、6つの大陸の全てに解き放った。




 邪神の目的は、人々の恐怖や悲しみ、怒り、苦しみ、妬み・・・・・・様々な負の感情で世界を溢れさせ、6柱の神々よりも強い力を手に入れることだった。




 6柱の神々は人々に魔法やスキル、加護を与えることで魔獣に対抗しようとした。




 そこから1000年は、まさにこの世の終焉のような時代だったという。




 やがて力が衰えてきた6柱の神々は、自らの力を分け与えて創りだした眷属神たちに後を託し、邪神を道連れにして己が大陸に封印されることを選んだ。






「というのが、本当の歴史らしいですよ」


『うむ、うむ。こう見えてワシ、創造神の一柱にして、このミスティカ大陸の守護神なんじゃぞい』




 エンディール公爵家の皆様は、ポカンとしたまま口を開いていらっしゃる。俺や兄様も、初めてこの話を聞いた時は同じような顔をしていたっけ。




 この世界で最も寿命が長いエルフでも500年程度しか生きられない。3000年以上前のことを直接知っている者はいないし、語り継がれた話も途中で誇張されたり、失われたりする。人々と交流を多く持つ現在の神々も、生まれたばかりで十分な説明もされなかったため、詳細を知らないらしい。




 いきなり世界の真実?を告げられれば、こんな顔にもなるよね。




「さすがに、これだけでは信じられないと思うので、こちらもご覧ください」




 俺はステータスプレートを操作しながら、称号の欄だけを表示して公爵様に手渡した。




「な!は?これは、どういう?」




 まあ、混乱するよね。




 俺のステータスプレート、称号の欄にはこう書かれている。








称号:くそじじい(音楽神)の眷属




 創造神の一柱であり、音楽を司る神の眷属として、人々に音楽を広める者に与えられた称号。








『リ、リクス!なんでまだワシの名がくそじじいのままなんじゃ!』




 ステータスプレートは、神々の使いである精霊がその人物の能力などを読み取って自動で更新してくれるらしい。




 精霊はあくまで現代の神の使いであるため、旧神のことがわからない。そのため、俺の記憶などから読み取って記載している。




 俺がくそじじいをくそじじいと思っている限り、称号にはくそじじいと記載され続けるようだ。




 俺だって、いつまでも自分の称号が『くそじじいの眷属』じゃ嫌なんだけど、仕方ないよね?




「これで、信じていただけましたか?」


「う、うぅむ」




 どちらとも取れない返事をしながら、公爵様はステータスプレートを返してくれた。




「では、じじいが邪神では無いという確認も済みましたし、私はこれで失礼させていただきますね」




 みんなが混乱している今しか逃げるチャンスは無い。シリウスくんを助けることもできたし、邪神の眷属ではないとわかれば、フォーリーズ領の民も、家族も大丈夫だろう。




 俺が神の眷属であるということは、なんかうまいこと忘れてください。




『逃がすか!』


「ぐへ!」




 歩き出そうとした足を後ろに引っ張られたせいで、前のめりに倒れてしまう。ギリギリ受け身が間に合い顔を死守することは出来たが、腹は強打した。




「なにすんだ、くそじじい!」


『なにすんだもくそもあるか!何一つ話が進んでおらんじゃろ』


「じじいのくせに、しっかり覚えてやがった」


『ふん。むしろそのことしか考えておらんわ。シャリスに歌わせる曲のこととか、衣装とか、振付とか、舞台装置とか、列車に乗った時からずっと考えとったんじゃ!』




 このじじい、どうにか引きずって帰る方法はないだろうか?




「あ、あのぅ」




 ここで、シャリスが恐る恐る手を挙げる。




「く、くそ、じじい様は、アタシに何を求めるのでしょう?弟を救っていただいた恩には、生涯をかけてお返しをさせていただきたいと思います」




 シャリスの口から『くそじじい』なんて言葉が出るとは思わなかった。それは面白いのだが、生涯を恩返しに使うのはいかがなものだろうか?




「わ、私も、エンディール家当主として、息子の命を救っていただいたことに最上の感謝をいたします。どのようなことでもお申し付けください。必要とあらば、今すぐ公爵家とその寄子衆をかき集めて王都に上り、王族の首を全て刎ねてまいりますぞ、くそじじい様!」




 だから、うちの神様は邪神じゃないんだから。王族の首なんかいりません。王族皆殺しにして、この人は自分が国王にでもなるつもりなのだろうか?それをじじいが指示したなんて広められたら、邪神認定されるのは間違えないだろう。




『コンサートじゃ!』


「「「こんさあと?」」」




 聞き慣れない言葉に、エンディール家の面々は首を傾げ、それを見て俺は深くため息を吐いた。




 どうして音楽を知らない人間に、いきなりコンサートを要求するのか。




「せめて最初は、音楽について教えてやらないと何もわからないだろう?」


『それもそうじゃな。じゃったら、あやつらをここに呼んだらどうじゃ?』




 あやつら、というのは、おそらくフォーリーズ領の中で結成された楽団のことだろう。確かに音楽を知ってもらうには最高の集団だが、楽団を動かすには問題が多々ある。




 それこそ、他の貴族にいらぬ誤解を与えてしまうほどに。




「お、俺がここで歌を披露するっていうのは?」


『絶対に却下じゃ!』




 じじいが言うには、俺には歌の才能が全く無いらしい。じじい曰く、「呪いの呪文でも詠唱しているのかと思った」というレベルらしい。




 歌は歌えないが、音を奏でる楽器はいくつかじじいのお墨付きをもらっているのだが、あれらはかさばるので今日は持って来ていない。学院には、持って来ていただろうか?




『ついでに、ルーシェも呼べば良いじゃろ?』


「絶対に却下だ!」




 ルーシェだと?




 仮とはいえ、婚約者ができたなんて報告するのも恐ろしいというのに、婚約者の家に呼ぶ?惨劇の予感しかしないんですけど。








 俺は兄様宛に書状をしたためた。




 楽団でパートリーダーを務める数人をエンディール公爵家へ大至急送って欲しいこと。ルーシェには絶対にこのことを伝えないで欲しいこと。もしばれても、絶対にこちらへは寄越さないで欲しいこと。




 特に最後の部分はフリでは無いということを懸命に説明した。






 どうかこの書状の内容が、兄様に正しく伝わりますように!










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