1-12

「小僧!なんだこの光る球は!一体何をした!」


 そう言いながら、周囲に漂うくそじじいに懸命に斬りかかる公爵様。


 そんなんでそいつを倒せるなら、俺がとっくに倒してますよ。


 今のじじいの姿は、この世の理から外れた霊体というものらしい。本来神は、神体という霊体よりも高位の存在として現世に現れるらしいのだが、力を失っているじじいには、霊体になるのが精一杯らしい。


 力を行使するには、霊体でも神体でも大した差は無いらしいのだが、人々に神と認識させるためには、神体で顕現した方が都合が良いらしい。


『貴様こそなんじゃ、ワシにぶんぶん剣など向けおって。目障りじゃわい』

「な、なんだと!」


 じじいが光り輝くと、公爵様が手にしていた剣がさらさらと砂になって消えて行く。どうせ当たらないんだから、無駄に神力を使わない方が良いと思うんだけど。


「公爵様、一応紹介させていただきますが、この光の球は、旧神の一柱でございます。訳あって神体での権限は出来ませんが」

「神だと?この大陸には、三女神の他には邪神の眷属神しかいないと聞くが、まさかその一柱か?」


 旧神という言葉が上手く伝わらなかったせいか、邪神の眷属神と勘違いされてしまったようだ。歴史的にも旧神の記録は残されてい無いようだから、仕方が無いのかもしれないが。


『さて、まずは名乗らせてもらおうかの、ワシは旧神にして音楽を司る神、その名も・・・・・・』

「ぐ、ぐあああぁぁ!うぐぅうう」

「し、シリウス!うぅ、どうしてこの子ばかり、苦しまなきゃいけないのよぉ」


 突然呻きだしたシリウスくんの体を、シャリスが必死に抱きしめる。シリウスくんも苦しみながらシャリスの背に腕を回すが、力の制御を失ったそれは、シャリスの背に爪を立て、服ごと引き裂いていく。


 顕わになったシャリスの背には、すでに複数の傷跡があった。


 昨晩から、シリウスくんが苦しみだすと、ああやって必死に抱きしめていたんだろう。


「くそじじい、早く治療を」

『ま、待て。ワシャまだ名乗りが済んでない』

「そんな場合じゃないだろ!早くしろよ」

『まあ、わかったわい。その前に、シャリスとやら、ワシはお主が気に入った。弟を助けたら、見返りはしっかりもらうからの』


 何か企んでいると思ったら、狙いはシャリスだったか。結局シリウスくんを助けるにはじじいの力が必要だったから、彼を救おうと思えばこうなったわけだが。


「し、シリウスが助かるなら、アタシの命は惜しくない。悪魔でも邪神でも、好きにすれば良いわ!」

『じゃ、邪神?ワシが・・・・・・じゃしん』


 なぜかショックを受けるじじい。


 そりゃ、見返りを寄越せなんて言ったら、それこそ悪魔か邪神かと疑われるだろう。


『こうなれば、ワシの神々しさを見せる他あるまい。言質もとったしのお』

「お、お待ちください。我が子たちだけは、どうかお助け下さい。若輩ではございますが、私も一国の公爵位を賜る身、いずれ貴方様のお力になれることもございましょう。必要とあらば、この命であっても惜しくありません。どうか、我が子たちはお救いください」

『聞いたかリクスよ!公爵からも言質をとったぞい。これで色々、動きだせるのう』


 歓喜の声を挙げながら、その力を行使するじじい。


 光の球はぷつぷつと分裂を繰り返しながら、シャリスとシリウスくんの周囲で停滞する。


 停滞した光の粒子は、ゆっくりとシリウスくんの体内へと侵入し、内側から発光を始める。


「う、うぁ」


 シリウスくんが力無く呻いた直後、体内からは紫煙が溢れ出す。


『ほれ、これで終いじゃ』


 外で待機していた光の粒子が紫煙の周りを取り囲むと、まるで紫煙を飲み込むように一塊となり、先ほどよりも強く発光し、消滅していった。


「あ、あね・・・・・うえ?」


 乾いた唇を必死に動かしながら、シリウスくんが声を発する。


 その様子を見たシャリスの瞳からは、ボロボロと涙が零れ落ちた。


「シリウス。良かった、シリウス~」


 零れ落ちる涙もお構いなしに、シャリスはシリウスの体を必死に抱きしめた。


「う、うおぉぉ!シリウス!シャリス!うおおぉぉ!」


 公爵様もそれに加わり、巨体で二人の子どもを抱きしめた。


「い、いたい・・・です。二人とも」


 その様子に安堵して、俺は退室することにした。部外者がこの場に居続けるのは、さすがに野暮ってもんだ。それに、淑女が他人の前で泣き腫らす姿なんて、公爵令嬢は見られたくないだろう。


『ちょいちょいちょい!待てリクス。まだ報酬をもらってないじゃろ。ほれ、報酬の話をせんか~!』

「神ならもうちょい、空気読めよくそじじい!」


 どうにかして霊体を捕まえてぶん殴るスキルを習得したいものだ。


 くそじじいの戯言を聞かなかったことにして、俺は一人、部屋を後にした。


「リクス様、シリウス様は、もう、大丈夫、なのでしょうか?」

「ええ、もう心配せずとも大丈夫でしょう。私は、皆様が落ち着かれるまで、待合室ででも待たせていただきたいのですが」

「はい、承知、いたしました」


 執事さんも涙を溜め、嗚咽を漏らしながら俺を待合室へと案内してくれた。





 メイドさんが持って来てくれた紅茶を啜りながら、今後のことを考えると頭を抱えたくなってしまった。


 旧神の眷属であること。旧神の力の一端。それらをこの国の権力者である公爵家に知られてしまったこと。


 これは、ここに来る前にわかっていたことだ。次期当主を助けたのだから、恩を売れたと思えば良いだろう。


 問題は、くそじじいが何をやらかすかだ。こればかりは全く読めない。


 シャリスを気に入ったと言っていたから、シャリスに歌を教える気でいるはずだ。それはまあ、本人が了承すれば良いだろう。


 しかし、公爵様。彼に一体何をさせようというのか。


 自分好みの女子を片っ端から集めさせたりとか?


 きわどい衣装を着させて振付付きで躍らせたりとか?


 そもそも、くそじじいは邪神か悪魔と勘違いされている。これも問題だ。


 最悪の場合、この大陸の守護神である三女神を崇拝する三姉妹教に邪教徒扱いされることだ。そうなれば、俺だけでなく、フォーリーズの民は神敵として粛清される可能性がある。


 フォーリーズの民がいなくなれば、くそじじいの力は低下し、本当の邪神の封印も弱まり、世界の崩壊すらあり得る。


「そこのところ、ちゃんと考えてるんだろうな、くそじじい」

『問題にもならんな』


 俺の心配をよそに、くそじじいは余裕の声で周囲をふわふわと飛び回っている。


『むしろこれは好都合。力と金を持つ人間が手に入れば、大陸中でライブ旅行が出来るし、大規模なコンサートだって開催できるぞい。それを見た者たちが歌を知り、さらに音楽が普及する。ワシの力も取り戻せる。良いことずくめじゃわい』


 そう上手く行けば、俺だってありがたい。今の考えで行けば、俺は何もしなくて良さそうだしね。


『というわけじゃから、皆に音楽とは何かを教えてやってくれ』


 そこは自分で教えてやれよ。


 なんて思っていたら、ぞろぞろとエンディール公爵家の皆様が部屋に入って来た。


 さすがにシリウスくんは休養が必要なため不参加だったが、代わりに女性がやって来た。髪は金髪だが、瞳はシャリスと同じ深紅で、胸はなんというか、シャリスよりも全然発達していた。


「改めて、此度のこと、お礼申し上げる。リクス・ヴィオ・フォーリーズ殿。そして、邪神様」


 そう言って、なぜか俺に対して臣下の礼をとるエンディール公爵家の面々。自分よりも家格が上の方々に最上位の礼を尽くされては居心地が悪かった。


「ちょっと、頭をあげてください。俺は何もしていませんから」

『うむ。助けてやったのはワシじゃ。リクスに頭を下げる必要など無い。それから、ワシは邪神などではないぞい!』


 必死に邪神じゃないアピールをするくそじじいであったが、この時代の人間にとって、旧神は忘れ去られた神々だ。


 果たして、どのように説明すればじじいのことを理解してもらえるのだろうか?


 とは言っても、結局のところ方法など一つしか思い浮かばないわけだが・・・・・・






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