2-8





聖ミスティカ教国の聖都アルトン。


そこに至るための西門の前で、俺たちは立ち尽くしていた。


「ギャッハハハハ、久しぶりに楽しい任務っすねぇ隊長ぉ!」

「ゲッヘヘヘヘへ、テメェ、あんまはしゃいでんじゃねえぞ。俺たちはこれでも、聖教騎士なんだからなぁ」

「ブッへへへへへ、そうだそうだ。我らは三女神に仕えし、けーけんな信徒なんだからなぁ」


白銀の甲冑に漆黒のマントを羽織り、腰には長剣をぶら下げたチンピラ集団が、使い古されたボロ馬車と一緒に、西門を塞ぐようにたむろっていた。


数はざっと20人といったところか?あんなところにいられると、俺たち聖都に入れないんだけど、できればあの集団には関わりたくない。


「ちょっとあなたたち、そんなところで集まってると通行の邪魔よ。集会なら別の場所でやりなさい!」


できれば関わりたくなかったのだが、なぜかシャリス(メイドVer.)がチンピラ集団に突撃をかましていた。


「おう、なんだ姉ちゃん。聖教騎士様に楯突こうってか?」

「なぁにが聖教騎士様よ!どう見たってチンピラか山賊じゃないの!」


さすがに全身白銀の甲冑を着た山賊集団なんていないと思うんだけど、雰囲気は間違いなく山賊だと俺も思う。


思うけど、そういうのは直接本人に伝えちゃダメなんじゃないかな?


「なんだと?このアマァ!」


チンピラ騎士の一人がシャリスに殴りかかろうとしたため、慌てて二人の間に体を滑り込ませる。


割り込んだおかげか、チンピラ騎士の拳は振り抜かれる前に俺の額に到達した。威力を殺せはしたけど、相当痛い。


「聖教騎士様が、この威力で女の子に手を挙げるのはどうなの?」

「んだコラ!聖教騎士様になめた口きいたんだ!ただですむわけねえだろうが!」


どうやらただのチンピラ騎士ではなく、クズだったらしい。ちょっとだけうちの精鋭部隊に似てるかもと思ってしまったけど、全くそんなことなかったよ。


はぁ、と小さく息をついて、未だに俺の額に拳を突きつけているゲスを睨み付ける。


チンピラは一瞬たじろいで後退したが、すぐに気を取り直したようで、再び拳を構えて・・・・・・そのまま崩れ落ちた。


「隊長、ご無事ですか?」


フライパンを手に、にこりと微笑んだリリーナ(メイドVer.)が立っていた。


「なんだあのメイド」

「か、かわゆい!」

「てめえら、やっちまえ!」


一斉に抜剣して飛びかかってくるチンピラ騎士集団。


振り下ろされた剣をフライパンの腹で振り払い、切り返して顔面をぶっ叩く。次いで薙ぐように振るわれた剣はフライパンの柄で受け止め、相手の顎を容赦なく蹴り上げる。


ふわりと舞い上がるスカートからは美脚が惜しむことなく姿を見せているが、そんなことはお構いなしに、どんどんと集団に斬り込んでいく。


「制圧、完了しました」


ビシッと敬礼を決めるリリーナの後ろには、気を失ったチンピラ集団。誰も逃がすことなく制圧しちゃったようだ。


「どうしよ、これ」


通行の邪魔になってはいたけど、先にケンカを売ったのはシャリスだし。


手を先に出したのは向こうだけど、一方的にボコボコにしたのはリリーナだし。


どう見てもチンピラの集団ではあるけど、聖教聖騎士の鎧を着て、自分たちのことを『聖教騎士だ』って言ってたんだから、本当に聖教騎士ではあるんだろう。


聖教騎士をボコにしたことがばれると、大陸中の教会からお尋ね者にされる可能性がある。どうにか隠蔽しないとまずいな。


「シャリス嬢の魔法で灰にしてもらうか、どこかの山奥に埋めるか?」


チンピラ騎士たちから甲冑を剥ぎ取りながら、ギースがそんな恐ろしい提案をする。まだ生きている相手に対して、なんて物騒なことを言うのだろうか。


「冗談はさておきだ。聖教騎士で漆黒のマントを羽織るのは、『懲罰部隊』と呼ばれる暗部だけだ」

「暗部?恥部とかではなく?」

「いや・・・まあ、この連中が正式な聖教騎士団だったら恥部ではあるだろうけど、おそらく本物の『懲罰部隊』じゃないよ。ただの使い捨ての駒だ」


そう言って、ギースは一つの麻袋を投げてよこした。チンピラの財布かな?と思ってヒモをひくと、中には乾燥した葉と小枝が入っていた。


「それはベンデルの葉と枝を乾燥させた物だ」

「なるほどね」


ベンデルというのは木の一種だ。建築など木材として重宝されるが、乾燥させた葉と枝を燃やすと、魔物を呼び寄せる効果がある。


煙が上がった直後に魔物が集まりはじめるため、火を着けた本人も魔獣に囲まれてしまう。そう言った意味で、ギースはこの騎士たちが捨て駒だと言ったのだろう。


「どうせ使い捨てるつもりだったなら、このままうちの国に連れ帰った方が良いだろ。そっちの方が足がつかない」


なんか犯罪者みたいな言い方だけど、気にしないでおこう。どのみちそれ以外の方法はすぐに思いつきそうにないしな。


「それじゃ、このボロ馬車の中に全員詰め込むよ」

「ちょっとリクス、アレ見て!」


門の中を指さしながら、シャリスが慌てた声をあげた。指し示された方に目をやると、灰色のローブを羽織り、両手には黒い手枷をはめられた少女が歩いていた。


少女は道の真ん中を歩き、それを道路の両脇から観衆が眺めている。


しかし、ただ歩いているだけではなかった。


観衆は道の脇から少女に何かを投げつけていた。


「助けないと・・・・・・へ?」


シャリスは駆け出そうとした足を、すぐに止めた。そして、目の前で起こっている光景が理解できないと、ポカンと口を半開きにしている。


うんうん。俺も全く理解できないよ。だって少女に向かって投げつけられた様々な物が、彼女にぶつかる直前で弾かれて、同じ方角へと飛んで行ってる?


『あれは、結界をコントロールして物の軌道を変えとるんじゃな』

「結界?」

『聖女の力は癒しと護り。そうテンプレで決まっとる』

「聖女の力?もしかして、彼女が聖女なのか?」

『うむ。あの力、間違えなく聖女のものじゃ。シスター服や純白ローブでないのが残念じゃがなあ』


じじいに言われて少女の周囲に目を凝らす。


よくよく観察してみると、薄っすらと全身を魔力が包み込んでいるのがわかった。投げつけられた物がぶつかる瞬間、衝撃を吸収するように沈み込んでいる。


その後、回転を加えて威力を増強させ、彼女の後方へと射出され、その度にラージフロッグが潰れたような鳴き声が聞こえてくる。ここからだと、鳴き声の正体は全くわからないけど、このまま彼女がこちらに到着するのはまずい。


国境まで移送する予定だった騎士たちは、まだ半数以上が地面に転がっているし、彼女が乗るはずだったボロ馬車は、甲冑をはぎ取られた下着姿の男どもが詰め込まれている。


「ま、まずは大至急で騎士たちを馬車に詰め込もう」


女性陣に甲冑の剥ぎ取り作業を任せ、男性陣で下着姿になった男どもを馬車の中へと詰め込んでいく。


一番下のやつが重さで死んでいないか心配になるほどぎゅうぎゅう詰めにしたが、どうにか全員を収容し終えた頃、聖女は西門をくぐってこちらにやって来た。


「ちょいちょいちょい!もう聖女様来ちゃうんですけど!まだどうやってファーストコンタクトするか考えてすらいなかったんですけど?シャリス、公爵令嬢なんだからこういうの得意だろ?」

「いいえ、私はリクス様のメイドでございます。高貴な方とは口を聞くことは出来ません」


ふっざけんなよ!なんで急におしとやかなメイドになってるの?チンピラ騎士にケンカ売った威勢の良さはどこ行っちゃったの?


「ギースくん?」

「俺はリクス様の護衛って役だからな」


どいつもこいつも逃げやがった。


くっそ~。俺がどうにかしろってか?こういう時は、相手に不審がられないように、なるべく下手に出て本人確認か?


「あのぉ、聖女様、ですよね?」


テンパり過ぎて、怪しい声掛けしちゃったよ。しかもゲスい商人みたいに揉み手をしながら。そんな俺の様子を不審に思ったのか、聖女様は俺を見定めるような視線を向けてくる。


「あなた、私を養ってくれる?」


どうやら、御眼鏡にはかなったようだ?






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