2-9
聖ミスティカ教国の聖女といえば、ミスティカ教最高位の聖職者だ。三女神の加護を受け、奇跡のような回復魔法を使いこなすと言われる、大陸を代表する回復術士。
教会という縛りがなくなれば、誰もが欲しがる逸材だろう。そんな人材を、大陸の端っこ領地の次男坊が養えるわけがない。
でも、追放されたから女神様の加護もなくなったのかな?そうであれば、今は普通の女の子だったり・・・・・・
「安心して。聖女としての能力は無くなってない。最低限、力は貸してあげられる」
残念ながら安心できる要素が消えてしまった。
そりゃ、あれだけ器用に結界魔法を操っていたんだから、力が無くなってるなんてことはないよね。
「申し訳ありません。私は、国王陛下より聖女様を保護するよう命じられました。貴女様と共に過ごせるというのは大変魅力的な提案だとは思いますが、それは叶わないでしょう」
今回は国王陛下直々の依頼だから、堂々とお断りの返事ができる。
「じゃあ、あなたの国の国王に許可をもらえれば、あなたが私を養ってくれるのね?」
「は?」
「言質は取った。魅力的な提案だと」
なんだその曲解は。どう聞いたってさっきの俺の言葉は社交辞令でしょ?そうだよね?さすがに貴族の常識に疎い俺だって、今のがお世辞だってわかるぞ。
不安になって隣に立つシャリスに視線を向けると、なぜか額に手を当ててため息なんか吐いている。
「貴族なんてものは、自分が都合の良いように解釈するものなのよ。本当にろくなもんじゃないわね」
そんな『ろくなもんじゃない貴族』のほぼ頂点に御座すのがシャリスじゃないのかな?
「大体、聖女様は聖職者ではあっても貴族じゃないぞ」
「バカね。聖女の位は教国で王族よりも上の身分なのよ。それに大陸中の貴族を相手にしてるんだから、貴族社会での立ち回りなんてアタシなんかよりずっと上よ」
そんな立ち回り上手な聖女様が、どうして追放になったのだろう?まあ、公爵令嬢でも出し抜かれて婚約破棄されるんだから、聖女様でもあり得ることなのかな?
「貴族社会の立ち回りが上手くても、仕事は減らない。どれだけ大陸中の国に恩を売っても、大陸中の人間にこびを売っても、全然、全く、これっぽっちも!仕事の量は減らないの。むしろどんどんどんどんどんどんどんどん増えていった。人が愛想を振りまけばつけあがってあのハゲじじい共・・・・・・」
突然何かのスイッチが入ってしまった聖女様は、延々と恨み節を呪詛のごとく垂れ流している。
瞳からはハイライトが消えて、俺たちでは無いどこかを見つめているようだ。
「リクス様、とりあえずここから離れた方がいい。せっかく護衛予定の騎士を捕まえたんだから、ばれないうちに出国しよう」
未だに呪詛をはき続けている聖女様を俺たちの馬車に詰め込んで、出発することにした。
「そこの馬車、止まれ!」
まもなく国境を越えるかというところで、ある一団に遭遇した。見た目は先ほどのチンピラ騎士と同様、白銀の甲冑に漆黒のマントを羽織っている。
違うところがあるとすれば、この一団からは一切の気配が感じ取れない。目の前にいるというのにだ。人数は5人と少数だが、できれば事を構えるのは遠慮したい。
「このままやり過ごせると思うか?」
御者台に座るギースに声をかけるが、どうにも無理そうだ。騎士たちはすでに抜剣しており、臨戦態勢に入っている。
「ユフィー、独唱で『英雄』、いける?」
音楽による強化は、歌い手や奏者の数が多ければ多いほど効果が増す。じじい曰く、『これこそがハーモニーじゃ!』とか言ってたけど、魔力を供給してくれる人数が多ければその分効果が増すのは道理だな。
つまり、魔力を供給する人数が少なければ、その分だけ供給する人の負担が大きくなる。
「・・・・・・お任せください」
ユフィーは一拍おいてから、深くうなずいてくれた。
「ギースとリリーナは近距離、シャリス遠距離から攻撃を」
「「「了解!」」」
攻撃役の三人はそれぞれの武器を手に馬車から飛び降りていく。その後を追うように、俺はユフィーの手を引きながらゆっくりと馬車を降りた。
「ギース、リリーナ、まずは敵の足止めに専念しろ。シャリスは二人に当てないように、攻撃を開始しろ」
その声を聞いて、ギースとリリーナは抜剣して敵に突っ込んでいく。前方にいた騎士に斬りかかるが、どちらも軽々と受け止められてしまった。
先ほどのチンピラ騎士とは強さがまるで違う。
ギース、リリーナと斬り結んでいる騎士を放置して、残りの3人がこちらに向かって駆けてくる。
「フレイムランス!」
そこへシャリスが炎の魔法を叩き込むも、易々と躱されてしまう。
「っく、当たりなさいよぉ!」
なおも連続で攻撃を仕掛けるが、騎士たちを捕らえることができず、シャリスは眼前まで接敵を許してしまった。
シャリスに詰め寄った騎士は、無表情のまま剣を振り上げた。
「くっそ重い!」
シャリスの前に、盾を持って駆けつける。余裕を持って受け止めたつもりだが、両腕にはかなりの衝撃があった。
うちの精鋭部隊と大差ないとは恐れ入る。こいつらが本当の懲罰部隊ってやつなんだろう。
「あ、ありがとうリクス」
「すまん、ここまで近づかれたら魔法は無理だ」
「だったら、アタシも剣を使わせてもらうわ」
そう言って、シャリスは俺の腰から長剣を抜いた。
「さすがフォーリーズ家の剣ね。アタシのよりいい剣だわ」
そんなことを言いながら軽く剣を振ると、シャリスは自身に身体強化を施して、騎士の1人へと突撃していった。
さすがは軍閥の長、エンディール家のご息女だ。騎士2人の攻撃を躱しながら、危なげなく戦っている。最初から剣で戦ってもらった方が良かったわ。
「それじゃ、演奏をはじめようか」
そうつぶやくと、耳元で澄んだ歌声が聞こえてきた。その声は徐々に大きさを増し、周囲一帯に響き渡る。
それと同時に、俺の背中から黄色の光が溢れ出す。溢れ出した光は、戦っている3人の身体を包み込む。
『英雄』による強化を受けて、全てのステータスに補正のかかった3人は、しかし優勢になることはなかった。良くて同等の戦いができている程度だ。
ユフィー1人の魔力では補正もほんのわずかなようだ。それに、魔力の消耗が激しいため、長期戦は難しい。先ほどから肩で息をしているのが伝わってくる。ユフィー1人の魔力では、もう限界が近い。
「ユフィー、今から俺の魔力をお前に回す」
こくり、とうなずいた感覚を感じた俺は、俺の中を流れる魔力を背中に集中させる。集めた魔力でユフィーを包み込むイメージ。
この間の黒竜との戦いの時、みんなに魔力を分け与えたのと同じ要領だ。
「・・・・んん」
耳元で甘いうめき声が聞こえたが、今は集中だ。
ユフィーに回す魔力は、すぐに歌声と共に放出されていく。魔力を回せば回すだけ放出される量が増えていくので、ユフィーの負担にならないよう、少しずつ回す量を上げていく。
「ぐはぁ!」
前方で低いうめき声が聞こえてくる。どうやら強化が成功し、ギースとリリーナが2人の騎士を倒したようだ。
シャリスもいつの間にか2人の騎士を倒していたらしく、こちらに向かって駆けてくる。
攻撃を受けている腕も精神もそろそろ限界なので、早く目の前の騎士を倒して欲しい。
「ひゃん!」
一瞬気を抜いてしまったらしく、耳元で再び甘い悲鳴が聞こえた。それが止めとなり、ユフィーへの魔力供給が止まってしまう。
「す、すいません、リクス様ぁ」
「いや、もう大丈夫みたいだよ」
眼前で攻撃を続けていた騎士が、ぐしゃりと地面に倒れ伏した。いち早く駆けつけてくれたシャリスが、強化がとける前に倒してくれたようだ。
「で?アンタはいつまでメイドさんとイチャイチャしてるわけ?」
なぜか俺の眼前に剣を向けてくるシャリス。
「あ、しゃ、シャリス様ぁ」
シャリスの威圧に驚いたのか、俺の背中におんぶしていたユフィーは、おろおろとした様子で地面へと着地してしまった。
辺境伯家の次男坊が悪役?令嬢を助けたら マグ @mag3627
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