2-10







「驚いた。懲罰部隊の騎士を簡単に制圧してしまうなんて、強かったのね、旦那様たちって」


 戦闘が無事終了したところで、馬車の中から聖女様が下りてきた。こちらの戦力を把握していないのに、呑気に馬車に乗ってたのかよこの人。


「えっと、聖女様?俺のことを旦那様って呼ぶのは止めてもらえますか?」


「旦那様呼びはお気に召さない?じゃあ、ご主人様?あなた?ダーリン?」


「ぜひ、クリスとお呼びください」


「じゃあ、リクスも私のことは聖女様なんて呼ばないで。アイシャと呼んで欲しいわ」


「わかったよ、アイシャ」


「ふふふ。これで私は生涯、リクスに養ってもらえるわね」


 なんで名前で呼び合ったくらいで、俺がこの人を養わなきゃいけないんだよ。そう同意を求めようと隣に視線を向けると、なぜか頭を抱えているギースと、視線だけで人を射殺せるのではないかというほどに鋭い視線を俺に向けるシャリスの姿が目に入った。


 ああ、なるほどねぇ。どうせこれ、俺がまたなんかやらかしたんでしょ。わかってます、どうせ俺が悪いんでしょうけど、俺の脇腹をつまむのを止めてくれシャリス!


「やっぱりあなたに聖女様を近づけるべきではなかったわね」


 シャリス先生の話では、女性の聖職者が結婚などで還俗する際、相手の男性と名前を交換することで、神ではなくこれからは貴方に生涯を捧げます、という意味合いになるんだとか。


 そんな教会のルールなんて、知ってる人の方が少ないよね?


「聖女様、言っておきますけど、リクスとはアタシが先に婚約してるの!順番はしっかり守ってもらいますからね!」


「シャリスとの婚約は正式に白紙になったんだけど・・・・・・」


 再度睨まれたので、俺は口をつぐんだ。もう余計なことは言わない。


「貴女が正妻なら、ちゃんと順番は守る。なんなら、どこかに離れでもあてがってもらって、何人か世話係を回してもらえれば、あなたたちの夫婦生活の邪魔をしないと誓うわ」


 う~ん。それは果たして夫婦と呼べる関係を築けるのだろうか?そもそも、学院を卒業して家を出たら、大陸中を回ることになるんだろうから、実家の離れをあてがったら、何年も顔を合わせることもないと思うんだけど。


「あ~、リクス様?俺も言いたいことは山ほどあるけど、今は情報が欲しい。聖女様、この懲罰部隊は、これで全員だと思いますか?」


「わからない。懲罰部隊の構成員の人数を正式に把握しているのは、教皇猊下と黒櫃省の筆頭審問官だけだから。ただ、私を確実に殺すなら、この人数では不足ね」


 それはつまり、アイシャ1人で今の5人を倒せたってこと?だったら最初から手を貸してくれれば、ユフィにムリさせなくて済んだのに。


「つまり、この先にまだ伏兵がいると?」


「どうかしら?今の教皇代理と次期聖女は、神の御力と私のことをよく理解していないから、この程度で十分と判断した可能性もあるわ。そもそも、バカの考えることって、予想の斜め上を行くでしょう?」




 確信を得ることができなかった俺たちは、十分以上に警戒しながら国境へと向かったが、検問にたどり着くまでに、再度襲われることはなかった。


 国外に出られれば、教会側もムリをすることはできないので、検問さえ抜けられれば一安心だろう。


 しかし、検問を抜けるための問題がまた新たに浮上した。


「これ、誰がどっちの馬車に乗る?」


 問題は、国境を通過する際に乗る馬車だ。


 元々俺たちが乗ってきた馬車と、アイシャを追放するためにあつらえられたボロ馬車。俺たちが元々乗っていた馬車は、検問の先の国で借りた馬車だから問題はないのだが、ボロ馬車はベイリーン王国まで持って帰らないとまずい。


 なにがまずいって、ボロ馬車の中には装備をはぎ取られて下着一枚で縛り上げられ、猿轡を噛まされた挙句、頭に麻袋を被せられたチンピラと、先ほど回収した懲罰部隊が収容されている。


中を見られるだけでも説明できない地獄絵図ではあるが、聖女であるアイシャを始末できなかったことを知られるのは、俺たちがベイリーン王国に帰国した頃であって欲しい。そうしないと、教国から余計な追手がかかる可能性がある。


 さらに一番の問題は、ボロ馬車に乗る人は魔道列車での移動ができないので、長時間の馬車の旅が進呈されることだろうか。


 道路整備が進んでいるとは言っても、国を2つ跨ぐ馬車の旅は、相当過酷なものになるだろう。


「聖女様をボロ馬車で移動させるわけにはいかないから、聖女様はこっちの馬車で良いだろう?」


「そうだな。じゃあ、護衛のギース。通行許可書代わりにシャリスが乗って、3人でいてくれ」


「なに言ってるんだよ。さすがにリクス様を他国に置いて先に帰ってきましたなんて主に伝えられないぜ?」


 そうは言われても、ギースには先にベイリーン王国まで行って、この騎士たちの回収を手配しておいてもらいたいのだ。


 ついでに、シャリスが先んじて国王陛下にアイシャの身柄を引き渡してもらい、さっきの婚姻がどうのこうのという話をうやむやにしたい。


「どのみち、俺がいなきゃ演奏による強化も受けられないんだから、この騎士たちの監視に俺がつかないわけにはいかないだろ?こっちはフォーリーズでどうにかするから、そっちはギースたちに任せるよ」


「・・・・・・まあ、これ以上リクス様とこの2人を一緒にいさせるのも問題な気がするしな。わかったよ、先にベイリーンに戻って、やるべきことを片付けておくさ」


「え?ちょっと待ってよ。アタシはリクスと一緒に行きたいんだけど?」


「私は、ふかふかのベッドで寝かせてもらえるなら、どちらでも良いわ」


 約1名同意は得られなかったが、これで行くしかないだろう。


「あ、そう言えば、検問に着く前に着替えはしないとまずいよな?」


 すっかり忘れていたけど、アイシャアは手枷が嵌められ、薄汚れた灰色の服にボロのローブという格好だった。しかも裸足だよ。シャリスが応対すれば馬車の中を検められないとはいえ、万が一はある。


 それに、女の子がいつまでもこんな格好をしているのはかわいそうだ。


「メイド服はシャリスのを・・・・・・リリーナのを着てもらうか」


「ねえリクス?なんでアタシのじゃなくてリリーナさんの服を着てもらうの?怒らないから言ってみて?」


「いや、ただ純粋に背丈の問題かなぁ?」


「あら?アタシと聖女様って、身長もウエストもあまり差はないと思うのだけれど」


 もうそこまでわかってるなら、あえて言及する必要なんてないじゃん。それ、一番傷つくのはシャリスだからね?


「はぁ、まあ良いわ。服を貸した後に胸がきつい、なんて言われたらさすがにショックだからね。ついでに、陛下への謁見も済ませておいてあげるわよ。あなたの婚約者としてね」


 まだそのネタ引っ張るの?


 とてもじゃないけど、俺と結婚しても貴族のような生活なんて送れないから、絶対にやめた方が良いと思うんだけどなあ。


 そもそも、うちの家や国のお偉方が俺とシャリスの婚約なんて認めないと思うけど。


「じゃあ、着替える前にこの手枷を外しちゃおうか」


『ぬお!ちょっと待てリクス!それを今外すのは―――』


 俺がアイシャの手枷に手をかけた瞬間に、くそじじいが珍しく慌てた声をあげて勢いよく飛び出してきた。


 ただ、それはほんの少しだけ遅かったようで、俺が手を触れた瞬間に、手枷はまるで外れるのが当たり前のように、ごとりと地面に落ちた。


「やっと見つけたよ~アイシャ~!教皇のおじいちゃんは死んじゃうし、アイシャは行方不明でうちとっても心配したんだからね~!」


 それと同時に天から光が差し込み、1人の神々しい女性が姿を現した。







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辺境伯家の次男坊が悪役?令嬢を助けたら マグ @mag3627

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