2-7
「これより、聖女の名を騙った大罪人、アイシャ・リカーナを国外へと追放する」
ミスティカ教の総本山である、聖都アルトン。その中央広場には、灰色の薄汚れた服にボロボロのローブを着せられ、手には黒鉄の枷を嵌められた少女が立っていた。
それを取り囲むようにして、白銀の鎧を身に纏った騎士たちが整列していた。
「皆の者、石を持て!腐った野菜や卵でも構わん。この罪人が国外へと追放されるまで、その身に投げつけてやるのだ」
そう言いながら騎士の間から姿を現したのは、ごてごてと貴金属の装飾品で飾り付けた純白の法衣を身に纏ったエトマス教皇代理だ。
前教皇亡き今、ミスティカ教の権力の全てを手にしていた。しかしながら、三女神からの任命が無いため、教皇と名乗ることができずに、仕方なく『教皇代理』と名乗っている。
「さあ皆さん、やっておしまいなさい。これも全ては三女神様のため。信仰ある者はこの罪人に罰を与えるのです」
エトマス教皇代理の隣では、マルカ次期聖女が国民を煽り立てた。マルカも教皇代理に負けじと、三月前までアイシャが愛用していたものを肩やらへそやら胸元やらがあらわになるように改造した法衣を纏っている。
マルカについても、三女神からの任命が無いため聖女と名乗ることができず、『次期聖女』と名乗っている。
肩書きについては残念な二人ではあったが、国内の権力のほとんどを掌握しており、先代の教皇やアイシャと同等の発言力を手に入れている。
そんな二人から石を投げろと言われれば、逆らうことはできない。教会の関係者や平民、貴族に至るまで、教会のトップの発言力は重いのだ。
しかし、中央広場に集まった者の誰一人として、アイシャに石を投げつけようとする者はいなかった。
「何をしている!早く石を投げんか!」
エトマス教皇代理は、観衆に詰め寄って石を投げさせようとする。しかし、観衆たちは石を投げようとはせず、エトマス教皇代理から目を逸らすだけだった。
「罪人に石を投げない者も、神に仇なす大罪人である。大罪人は即刻火やぶりとするぞ!」
「ためらうことなんてありませんわ。私とこの卑しい女、どちらが真の聖女かなんて一目瞭然ですわ」
そう、一目瞭然であった。下品な程に改造された法衣で着飾り、群衆に命令するマルカ。ボロボロの服に手枷をはめられ、それでも自分に恥ずべきことはないというように、凜とした表情を崩さずに立っているアイシャ。
敬虔なミスティカ教徒たちには、どちらが真の聖女かなど、見るまでもなくあきらかだったのだ。
だからこそ、石など投げられるわけがなかった。
その態度を見て、エトマスは苛立ち、聖騎士たちを睨み付ける。
「何をしている。石を投げぬ背信者どもを捕らえよ。捕らえ次第、見せしめとして何人か殺してしまえ」
「エトマス教皇代理、それは・・・・・・」
「貴様らも、貴様らの家族も、火破りにかけても構わないのだぞ」
「ッ!」
「さあ、とっとと・・・・・・」
「投げなさい」
広場一面に響くように、その声は聞こえた。
「石でも、腐った物でも構いません。それで皆が救われるというのであれば、私に投げなさい」
声の主であるアイシャは、足下に転がっていた小石を拾い上げ、近くにいた少年に手渡した。
「このようなことで皆の命が奪われる方が、女神様は悲しまれるでしょう。私個人もそれは悲しいと思います」
そう言って、アイシャは優しく微笑みを浮かべ、手枷がぶつからないように気をつけながら、少年の頬に手を当てた。
「大丈夫よ。正しい者はきっと女神様が護ってくださるから。私を信じて、思いっきり投げなさい」
「う、うん」
少年はためらいながらも、受け取った小石を思い切りアイシャに投げつけた。
「あ痛!」
アイシャに向かって飛んで行った小石は、ぶつかる直前に何かに弾かれてマルカのこめかみに直撃した。子どもが投げたとは思えないほどの衝撃に、マルカは額を抑えたままその場にうずくまった。
「さあ、投げねば火破りにかけられるのであれば、遠慮はいりません。石だろうが腐った卵だろうが構いません。私に思い切り投げつけなさい」
それを聞いた群衆は、うなずき合って石や様々な腐った物を手にし、アイシャに向かって投げはじめた。
「ちょ!やめ、くっさ!止めなさいよ!」
「ぐお!なんじゃこれは!ど、どうなっておる!聖騎士ども、ぐ、群衆を止めよ」
アイシャに向かって投げつけられた諸々は、全てが何かに弾かれ、威力を増してエトマスとマルカに直撃した。
「エトマス教皇代理、先ほどあなたは『罪人に石を投げない者は、神に仇なす大罪人』とおっしゃいました。ここに集まった者は皆、敬虔なミスティカ教徒ですな」
「ふ、ふざ・・・ふざけるな!は、早く、ととと、止めよ!だ、誰だ、これほど卵を腐らせたバカは!」
「投げねば背信者として火破りとなるのでしょう?であれば、我ら神に仕えし聖騎士は、止めることなどできません。皆、遠慮はいらん!存分に投げよ!」
「「「おおぉ!」」」
割れんばかりの歓声を挙げながら、群衆は遠慮をなくして次々と物を投げ続ける。
はじめは石を拾っていたが、整備された広場に石などが大量に落ちているはずはなく、いつの間にか自宅の生ゴミを持ち寄って投げはじめた。
広場の中央には、教皇代理と次期聖女の叫び声と、腐った生ゴミのにおいが充満していた。
アイシャはそれを気に留めることもなく、裸足の足で歩き出した。
それにあわせるように、群衆も移動を開始した。
アイシャの歩幅に合わせながら移動し、全力で生ゴミを投擲する。それは例外なくアイシャから弾き飛ばされ、置き去りにしてきたエトマスとマルカに向かって降り注いだ。
必死に叫びながら抵抗しようとしていたが、腐臭に負けてすでに意識は無くなっていた。聖騎士たちはそんな二人を護ろうとはせず、鼻をつまんで顔を背けるだけであった。
聖都の外壁までたどり着いたアイシャは、教会に向かって両膝をついて祈りを捧げた。
粗末な服に、ボサボサの髪。浮浪者のような装いではあったが、その姿は偽りなく聖女であった。
石や生ゴミを投げながらついてきた群衆は、その姿を見て目に涙をためながら、アイシャに向かって膝をつき、彼女のこれからに幸あらんことをと、女神たちに祈りを捧げた。
「自由だぁ!」
聖都を囲む外壁が見えなくなったところで、お腹の底から声を出した。その場で飛び跳ねたり、拳を振り上げたりと全身で喜びを表現。
教皇猊下暗殺の罪で捕らえられてからの三月は、私に怠惰を思い出させるのには十分な時間だった。
好きな時に寝て、好きな時に起きる。予定は全くの白紙。日に三度の食事を口にすること以外は決まったことは何も無い。こんな贅沢、生まれて初めてだった。
どれだけ豪華な衣装で着飾ることよりも。美しい美術品や宝石を愛でるよりも。世界中の美食を味わうよりも。働かないでダラダラとした生活を送り続けられることこそが、本物の贅沢だ。
その真理にたどり着いた私は、人生の勝ち組では無かろうか。
聖女なんて、人を陥れてでもなろうとする職業じゃない。
確かにミスティカ教の中では強い発言力を持っている。まあ、ほとんど教都にいないので権力を行使する機会がないんだけど。
女神様たちの加護がいただけるので、強力な魔法が使用できるようになる。そのおかげで大陸中を巡って浄化や治療の旅をしなきゃいけないし、女神様たちのグチに毎日のように付き合わされるので休む暇なんてないんだけど。
「はぁあ、これからどうしようかな」
本来なら聖都の外壁を抜けたところで馬車に乗せられ、国境を越えた辺りで殺されていたんだろう。
態々民衆を煽って石なんて投げさせようとしなければ、計画通り私を殺すことができていただろうに、偉ぶってバカなことをしたよ。
私もまさかここまで自由に放り出されるとは思っていなかったので、この後どうしたら良いか全然わからない。
いっそ別の大陸に渡って、女神様たちの目が届かないところまで逃げちゃおうかな。
「あのぉ、聖女様、ですよね?」
私と歳が変わらないくらいの少年が、申し訳なさそうにこちらにやってきた。
少年は身なりの良い格好をして、従者を5人も従えていた。
この人は、どこかの貴族なのだろうか?
「あなた、私を養ってくれる?」
思わず口からそんな言葉が漏れてしまった。
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