2-6




 終点の町から馬車に揺られて国境の検問に着くまでの2時間、俺たちは延々とギースに説教されることになった。確かに少しやり過ぎた気がするので、俺とユフィは大人しく説教を聞いていた。


 なぜかダントは身体がでかいからと早々に御者台に逃げ出し、リリーナは「後ほど隊長からお叱りをいただきますので」と言って、俺の後方で待機している。


 そしてシャリスだが・・・・・・「アタシが女神?女神って何?どうして他人の領地で崇められてるのよ」先ほどから膝を抱えて一人でブツブツとつぶやいている。


うん。そっとしておいてあげよう。




「それでは、まもなく国境を越えますので、準備してください」


やっとギースの説教から解放された俺たちは、馬車の窓から外の景色に目を向けた。


しばらく森や草原ばかりの道を進んでいたが、ようやく入国を管理する城門が見えてきた。


この門を越えれば、隣国の『ダライヤ王国』か。


「一応説明しておくけど、ダライヤ王国と我が国は同盟関係にある。国交も盛んに行われているから、入国検査は厳しくないと思うけど、大人しくしてくれよ」


なぜか俺を見ながらそう言った。


俺はいつだって大人しくしていると思うのだが?


そもそも、入国審査で騒ぎなんか起こるわけないじゃん。


入国の審査は厳しいものではない。友好国であればお手軽で、身分証の提示と入国税としていくらかの金を支払うだけだ。


 俺は貴族の子息なので、俺の身分証さえあれば、従者は身分証の提示すら省略される。人数分の入国税は支払わされるけど。


 それ以外に入国審査に身分の差はなく、入国を希望する者は城門の前で列を作って並ぶことになる。


 俺たちの馬車も例に漏れず、入国審査の列の最後尾についた。まだ夕暮れには早いため、列はそれほど長くはなかった。


「ベイリーン王国の貴族様ですね。それでは、身分証を確認させていただきます」


 程なくして俺たちの順番が回ってきた。俺は馬車から降りて、検問を務めているダライヤ王国の兵士に身分証を手渡した。


「ええっと、リクス様ですね。家名は・・・・・・ふぉ?」


 スムーズに行われると思った検問であったが、なぜか兵士の男性は俺の身分証を握りしめたまま硬直した。なんで?


「ふぉ、ふぉふぉふぉ・・・フォーリーズというのは、フォーリーズ辺境伯家でお間違えありませんか?」

「はい。フォーリーズ辺境伯家が次男、リクス・ヴィオ・フォーリーズです」

「次男!・・・・・・よりによって」


 軽く会釈をして名乗ると、兵士さんの表情は真っ白になり、なぜかガタガタと震えだした。


「あの、どうかなさいましたか?」

「い、い、いいい、いえいえいえ。大丈夫です。それで、ダライヤ王国へはどういった理由で入国なさるのですか?占領ですか?殲滅ですか?」

「失礼、今なんと?」

「も、ももも、申し訳ありません!我が国を占領されるおつもりですか?それとも、我が国の国民を一人残らず殲滅されるおつもりですか?どうか命だけはお助けください!」


 うん。言い直せって言ったつもりはなかったんだけど、どうやら聞き間違えではなかったらしい。


 うちの国とダライヤ王国は友好国なのに、どうして占領か殲滅をしにくると思うんだろうか?どこかのバカ貴族がやらかしたか?


「何かベイリーンの貴族が貴国に失礼でも働きましたか?」

「い、いえいえ。ベイリーン王国とは友好な関係を築かせていただいております。貴族の方もよく観光でいらっしゃいますよ」

「じゃあ、なんで占領やら殲滅やらと物騒なことを?」

「も、申し訳ございません!フォーリーズ辺境伯家と言えば、果ての大森林から発生する魔獣を食い止める大陸の盾。その軍事力はまさに大陸最強と聞き及んでおります」


 おお、大陸最強なんて初めて言われた。辺境の田舎領地だと思っていたが、隣国にまで名が知られていたなんて、すごく嬉しいぞ。


「血と断末魔が何よりの馳走であり、進む先には戦いしかなく、ひとたび歩を進めれば、その後には何も残らない、と。中でも次男様が率いる軍は、ボスクラスの巨龍ですら笑いながら打ち倒したと」

「どこの魔王だよ!」

「ひ、ひぃ!」


 さすがに大声の一つでも出したくなった。血と断末魔がご馳走って、最近の魔族だって言わないよ。しかも笑いながら巨龍を打ち倒すって、そんな次男坊いないよ?


「リクス、ちょっと落ち着きなさいよ。周りが、ほら」


 いつの間にか馬車から降りてきたシャリスが、俺の肩に手を置いてそう言った。シャリスの視線を追うと、順番待ちをしている人たちや、すでに検問が終わった人たちまでこちらを眺めながら、何やらヒソヒソと話をしていた。


「フォーリーズといやあ、魔獣殺しの領地だろ?」

「ああ、戦闘狂の集まりだと聞く」

「なんでも、Cランク程度の魔獣なら、子どもが戯れに殺しちまうって話だぜ」

「・・・・・・次男坊は、拳で大地を砕くと聞いた」


 どうにも不穏な話しか聞こえてこない。うちの領民って、もしかして周りからは戦闘民族か何かだと思われてる?


 さすがに子どもたちだって、遊び半分に魔獣を殺したりなんかしないぞ。あれはちゃんと自分の家で食べる分の魔獣を狩っているだけだ。


「ダライヤ王国の兵士殿。我が主は意味のない戦いは致しません。本日は観光の途中で貴国を通過するだけにございますので、ご安心ください」

「は、はぃ」


 シャリスが微笑みながらそう言えば、先ほどまで土気色だった兵士の顔が一瞬で血色を取り戻していた。


 エンディール家の方がよっぽど血の気が多い人がいると思うんだけど?


「どうぞお通りください。旅の幸運をお祈りしております」


 なぜか俺ではなく、隣に立っているシャリスにそう言って、兵士さんは頭を下げた。


その頭を下げたメイドさん、この前うちの兵を率いて黒龍に突撃かましてましたからね?見た目にだまされないでくださいよ?


 国境警備の兵士がこれで良いのかと心配になったが、俺たちは再び馬車に乗り込んでダライヤ王国に入国した。


「うちの領が思っていたより有名で嬉しかったけど、釈然としない」


 大陸の端っこにある辺境領地のことを、他国の人が知っていたことは嬉しかった。でもさ、戦闘狂の集団とか、入国するだけで占領が目的だとか思われるのって絶対おかしいと思うんだよね。


「フォーリーズの軍は大陸でも最強と言われている。恐れられて当然よ」

「うちの軍、大陸最強なの?」

「100人程度でボスクラスの黒龍を討伐できる軍隊よ。世界最強と言われても、アタシは納得するわ」

「実際、大陸で最も凶悪な魔獣が生息してるのが果ての大森林だからな。そこで戦い続けている軍が弱いわけないさ・・・・・・まあ、それを外交で利用してるから、フォーリーズは余計恐れられてるんだけど」


 なんか今、後半不穏なこと言わなかった?


「隊長、ご安心ください!フォーリーズの兵でも、我らが最強の部隊です!」


 リリーナはぶれない。そして会話のキャッチボールが斜め上に投げ返されて受け取れないんですけど。


「そういやぁ、もう他国にまで黒龍討伐の話が行き渡ってんですねぇ」

「うちの主が、リクス様の活躍を大陸中に宣伝するって言ってたような。もしかすると、毎回検問で引っかかるかもしれないな」



 それから教国までの検問は、シャリスに任せることにした。


 シャリスがメイド服以外の服も持参してくれていて助かったよ。


 ちなみに俺は、シャリスの護衛ということで押し通した。貴族の検問が緩くてよかった。





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