2-5
女の子に手を引かれたシャリスが先頭を歩き、俺たちはその後をついて行く。なぜかその後ろを喫茶店にいた人たちまでついてきて、もはや行列である。
ウエイトレスの女の子や男性の職員までついてきちゃってるけど、店の方は大丈夫なのだろうか?
「ほら~ついたよ」
女の子が指さした先には、彼女と同じくらいの高さの白い台座があった。台座の周囲には兵が二人立っており、一般人が近づけないようになっている。
台座の上に何かが置かれているようだが、ここからだとよく見えないな。
「もうすぐね、赤色と青色がぴかぴか~ってするの!」
なるほど、さっぱりわからんが、すぐにわかるんだろう。
広場には、ぞろぞろと人が集まりはじめてきた。小さな子どもたちや若者、明らかに仕事中であろう大人たちや高齢者まで、ぞろぞろぞろぞろとやってくる。
気がつけば、広場は一面人で溢れかえっていた。もしかしてここら辺の領民が全員集まってるんじゃないの?
「領民の皆、よく集まってくれた。これより女神シャリス様のお姿をお披露目する。こころして拝聴し、その素晴らしさを世界に広めて欲しい」
「「「おおぉ!」」」
白い台座を守護していた兵の一人が声を張り上げながら告げると、集まっていた領民たちが歓声をあげた。
気づけばシャリスの手を引いていた女の子さえも、「ふぉお~、シャリス様ぁ~」と発狂していた。その光景を見たシャリスは、さすがにドン引きしているようだ。
群衆の歓声を聞いた二人の兵は、台座の上に手をかざして、魔力を流しはじめる。魔力は台座の上に置かれた『何か』が吸収され、一定の魔力を吸収した『何か』は上空へと浮かび上がった。
浮かび上がった『何か』は、女の子が話してくれたように、赤色と青色の光を放ちながら上空で円上の軌跡を描くと、赤色は上空で、青色は台座の上で停止した。
「きったーーーーーーーーーーー!」
思わず飛び退きたくなるほどの声量で女の子が叫んだ直後、赤色が一際強く発光したかと思うと、光の下にシャリスの姿が映し出された。
同じように青色の発光があり、それと同時にシャリスの歌声が聞こえはじめる。
「これ、一昨日の演奏会か?」
シャリスの衣装には見覚えがあるし、何よりシャリスが一人で立っているあの舞台。どう見てもベイリント公爵が用意した舞台だ。
どうして一昨日の演奏会がこの場に映し出されているのかとか。どうしてシャリス以外の歌い手は、ちょいちょい映ったり消えたりしているのかとか。俺は指先一つ映っていないぞとか。
言いたいことはたくさんあったけど、広場に集まった領民の姿を見て、文句なんて言えなくなった。
シャリスの手を引いていた女の子だけではなく、広場に集まった全ての人が歌に聴き入っていた。
ある者はリズムに合わせて体を揺らし。
ある者は歌詞を口ずさみ。
ある者は目を閉じて歌に聴き入っている。
両膝をついて祈るように聞き入っている者もいれば、歌にあわせて謎の光る棒を振り回している集団もいたが、あれは見ないことにしよう。
『見てみろリクス。この光景を』
じじいが声を震わせながら語りかけてきた。
『皆がシャリスの歌を楽しんどる』
「ああ」
『音を、楽しんどる』
ふよふよと浮かんでいる光球は、いつになくゆっくりと動いていた。それでいて、どこか震えているようにも見えた。
『いつかまた、誰もが音楽を楽しめる世界になれば良いなぁ』
旧神たちは、邪神を封印するために自信をも一緒に封じた。
そのせいで人々から旧神たちの記憶は薄れ、司っていた技術や文化が失われていった。世界から音楽を最も愛した神がいなくなり、音楽という文化は消えてしまった。
封印によって力を失い、大好きなものがなくなってしまった世界をどのような気持ちで見続けていたのだろうか。
「きっとすぐ、この光景が当たり前の世界になるさ」
それはきっと、俺の願いでもあるのだろう。誰でも自由に歌を口ずさみ、どこからでも当たり前のように曲が流れている。
そんな世界に、したいと思った。
「フゥーーーーー!シャ!リ!ス!シャ!リ!ス!フゥーーーー!」
「・・・・・・」
ただ、ある程度の自重は必要だと思うけどね。
シャリスの歌が終わり、宙に浮いていた赤い光がゆっくりと白い台座まで戻っていった。
どうやらこれで終わりのようだ。しかし、その場にいた者は誰一人帰ることはなく、先ほどまでシャリスが映し出されていた空間を眺め、歌の余韻に浸っているようであった。
しかし、あまりこの場に留まるのは良くないだろう。
あれほど鮮明にシャリスの姿を映し出す魔道具があるのだ。いくらメイド服を着ているとはいえ、先ほどの喫茶店の時のようにすぐに正体がばれてしまう可能性が高い。
今動いたら目立つか?かといって、どのタイミングで領民たちが解散していくのかわからないしなぁ。
「誰かが動き始めたら、俺たちもここから撤収しよう」
小声で告げると、みんなは小さくうなずいてくれた。
さて、いつ動きがあるかな。
「女神様~、もっといろんなお声を聞かせてほしいの~」
一番最初に動きを見せたのは、喫茶店で出会った女の子だった。
先ほど歓声をあげながら謎の光る棒を振り回していたが、いつの間にか平静にもどり、しっかりとシャリスの手を握りしめていた。
「め、女神様?」
「ど、どこにいらっしゃるのだ」
「おお!確かに女神様だ」
女の子の一声で、群衆の注目を集めてしまった。
白い台座を取り囲んでいた領民たちは、今は俺たちを取り囲む形になってしまっている。
このまま無理に押し通ろうとすれば、大事故になりかねないぞ。
『リクスよ。せっかくじゃ。皆に本当の音楽を聴かせてやってはくれんか』
いつもは命令口調なくせに、こういう時だけお願いをするんだからずるいよな。そんな風に言われたら、断れないじゃないか。
「ダント、ソロだけどいけるか?」
「へいへい。いつでも良いですぜ」
「シャリスはメインで歌って。ユフィとリリーナはコーラスを」
「「はい」」
「え?こんな状況で演奏するつもりなの?」
「そりゃあもちろん」
魔獣の大群を前に演奏を行うことに比べればずっと楽だ。
「さて、小さなお嬢様。椅子を一つと踏み台を一つ、どこかで貸してもらえないかな?」
「それでしたら、当店の椅子とテーブルをお使いください」
女の子に声をかけたら、背後から椅子と丸テーブルが現れた。喫茶店にいた男性である。いつからこれを持っていたのかは、今は突っ込むまい。
「リクス?もしかしてこれの上で歌うの?」
まあ、群衆の中で歌うのだから、これくらいの高さがあった方が良いのは確かだな。
ただ、公爵家の令嬢がテーブルを這い上がるというのはよろしくない。いったん椅子を足場代わりにして、そこからテーブルに上がってもらうことにした。
めっちゃ嫌そうな顔をされたけれど、手を貸してやったら渋々上がってくれた。
「女神様のお邪魔だから、もっと離れて~」
「皆さん、もう少し後ろに下がってください」
俺たちの周辺では、喫茶店にいた人たちによって人払いが行われていく。おかげさまで、テーブルを中心に一定の空間を確保することができた。
「さあ、みんなに楽しい音を届けよう」
それから俺たちは、一昨日の演奏会で使わなかった曲を何曲か演奏した。
シャリスの登場と初めての生演奏によって、先ほどよりも領民が盛り上がってくれたように感じた。
謎の棒を振り回す集団はテンションが振り切ってぶっ倒れてたけどね。
「とっとと町から出ますよ。説教はその後で」
騒ぎを聞きつけて慌ててやってきたギースから説教をされたけど、まあ、安いものかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます