2-4

 謎のパーティを結成した俺たちは、王都から魔道列車に揺られること3時間、終点であるベイリント公爵領へやってきた。


 ここから馬車を借りて国境沿いまで移動し、隣国イスマル王国に入国する予定だ。


「それじゃ、俺が馬車の手配をしてきますよ」


 列車を下りるなり、そう言ってギースはどこかへと行ってしまった。


 馬車の手配をしてくれるのはありがたいのだが、その間俺たちはどこにいれば良いのだろうか?ベイリント公爵領なんて来るのははじめてなので、どこに何があるのかさっぱりわからないよ。


「ねえリクス。すぐそこに喫茶店があるから、あそこで軽食をとりましょ?」

「食事にするなら、ギースを待った方が良くないか?」

「何かテイクアウトしてあげれば大丈夫じゃない?」


 そういうことならまあ良いかと思い、みんなで喫茶店に入店する。


「いらっしゃいませ~。何名様で・・・・・・」


 俺と同年くらいのウエイトレスが、元気よくあいさつをしようとして、フリーズした?


「すいません、5人なんですけど」

「・・・は、はい~!た、たた、ただいまお席をご用意いたします!」


 再起動したウエイトレスさんは、真っ赤な顔で走り去って行った。


 どうしたのかと走り去った方を眺めていると、他の客たちからの視線を感じた。どれもこちらにチラリと視線を向けては、俺と目が合わないようにすぐにそらしてしまう。


「なんだか、怯えてるみてぇですね」


 ダントが言うとおり、先ほどのウエイトレスさんも、座っている客たちも、俺たちの姿を見て怯えているようだ。


 なぜ俺たちが怯えられているのかわからないまましばらく待っていると、先ほどのウエイトレスさんが、身なりの良い格好をした初老の男性を伴ってやってきた。


「お越しいただきありがとうございます。本日は最高のおもてなしをさせていただきます」


 やる気に溢れた様子でそう言うと、ホールの中央に通された。どうにも無理矢理空間を作ったようで、周りのテーブルからはやけに距離が離れてる。


 そこそこ客が入っているようだが、俺たちだけこんなに広々と空間を使って良いのだろうか。


「こちらがメニューになります。お決まりの頃にまたおうかがいいたします」


 テーブルに着いた俺たちにメニューを渡すと、男性は一礼して去って行った。


「何これ?」

「なんだか、すごく居心地が悪いわね」


 まるで見世物小屋にでも入れられたかのような気分だ。


 チラチラとこちらをのぞき見ては小声でやりとりをする客たち。それほどおかしな格好でもしているのだろうかと、自分たちの服装を見返してみる。


 俺はいつもの普段着だ。いたって普通。しっかりと周りに溶け込めている。そう、普通なのは俺だけだった。


 執事服を着たダント。


 そして、メイド服のままだったシャリスたち。


 傍から見たら、メイドを三人も侍らした貴族のボンボンがやってきた。みたいな感じになってる。


 絡まれたら面倒だと思って、みんな俺と目を合わせないようにしてるってことか?


 もしかしたら、ウエイトレスの女の子には、女に見境のないクズ野郎とでも思われたかもしれない。地味にショックだ。


「メイド服、脱がしとけば良かった」

「それは、ここで脱げと言うことですか?たいちょ・・・・・・ご主人様」


 ぽつりとつぶやいた俺の言葉を聞いて、真顔でそんなことを口走るリリーナ。


 止めてよ、さっきまでチラ見しかしてなかった客が、一斉にこっちを向いてるじゃん。


「リリーナ、とりあえずボタンから手を離して。脱ぐのは宿に着いてからにしてくれ」

「はい。夜伽の経験はありませんので、御指導よろしくお願いいたします」


 ダメだ、話が通じない。なぜかはにかんだ笑みを浮かべるリリーナを無視して、ユフィに視線を向ける。


「わ、私もですか?う、うぅ・・・・・・いつか来るとは思っていましたが、は、初めてが3○だなんて!いいえ、もしかしてシャリス様も交えて4○?」


 お願いですからその話から離れてください。3○とか4○とか、昼間の喫茶店で口走らないでいただきたい。


 どうにか話題を変えたくて、すがるような気持ちでシャリスに視線を向けたが、その瞬間に後悔した。


「あ、アタシにも色々と準備が必要なの。既成事実を作るのは悪くないと思うけど、さすがにいきなりは、ねぇ?」


 ねぇ、じゃないよ。なんでまんざらでもない感じだしてるの。婚約も白紙になったのに、そんな間違いは絶対起こさないからね。


「坊ちゃま、御自重なさいませ」


 俺の肩に手を置いて、諭すようにダントが言った。してるよね、自重。むしろそんな言葉どこで覚えてきたんだよこいつ。


 これ以上会話を続けたら取り返しがつかなくなりそうなので、メニューを眺めることにする。


「ねえねえお姉ちゃん!」


 メニューをペラペラとめくっていると、小さな女の子がシャリスの足元にやって来た。


 店の中だからさすがに迷子では無いだろうが、周囲の大人たちがこれだけ警戒している中で、よくここまでやって来たな。


「どうしたの?」


 女の子に笑顔を返して、シャリスはそのまま女の子の頭を撫で始めた。女の子はくすぐったそうに目を細めた後、満面の笑みを浮かべてこう言った。


「うん、えっとね、お姉ちゃんは、女神様ですか?」

「え~、女神様みたいに綺麗ってこと?ふふふ、何か甘い物でも買ってあげようかしら」

「ううんとね、お姉さんは、女神シャリス様ですよね?」


 シャリスが笑顔のまま固まった。


 へ~、シャリスって女神様だったのか~。意味が解らんのだが?


「そ、それってどういうことなのかな?」


 一瞬で立ち直ったシャリスは、笑顔を若干引きつらせながらも女の子に尋ねた。


「映像器でね、毎日シャリス様のことが映されてるんだよ」

「映像器?」

「映像器はね、見た物と聞いた物を残しておける魔道具なんだよ?」


 どのような魔道具なのか今一ピンとこないが、どうやらこの女の子はその魔道具でシャリスの姿を見たことがあるようだ。


 そんなとんでもない魔道具によって姿を見たから、シャリスのことを女神様と勘違いしているのだろうか?


「ねえねえシャリス様、綺麗なお声、聞かせて欲しいの!」

「綺麗なお声って、お話すればいいのかな?」

「ん~、お話するみたいじゃなくてね、ら~、ら~ってお声を出すの」


 それってもしかして、歌のことか。


「お嬢ちゃん、このお姉ちゃんの綺麗な声は、どうやって聞いたんだい?」

「あのね、毎日朝とお昼と夕方にね、広場で映してくれるの。領主様が、女神様のすばらしさをふきょー?するんだって」


 そう言えばベイリント公爵、シャリスのことを女神様とか言ってたような。


 もしかして、ベイリント公爵領の領民全員にシャリスの歌を布教してるのか。


「ちょ、ちょっとリクス。これ、どういうことだと思う」

「どうと言われてもな。その映像器って魔道具を見てみないと何とも言えないよ」


 狼狽えるシャリスに、そんな回答しかできない。だってわからないんだもん。


「お、お客様!何かございましたでしょうか!」


 狼狽えているシャリスの様子を見て、先ほどの男性が慌てて飛んできた。


「いえ、大丈夫です。それよりも、シャリス様のお声を聞ける魔道具があるのですか?」

「え、ええ。広場に特設会場がございまして、誰でも自由に見聞きすることが可能でございます」

「もうすぐお昼だから、すぐに聞けるよ~」

「せっかくだし、行ってみようか」

「え!あ、アタシはちょっと・・・・・・」

「シャリス様はわたしが連れて行ってあげるよ~」

「あ、ありがとう」


 喫茶店での軽食は後回しにして、俺たちは女の子の案内で特設会場というところへ向かうこととなった。





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