1-9

 舌打ち三姉妹を従えて教室に戻ると、ギースが一人でパンをかじっていた。


「ギースは学食に行かなかったのか?」

「ああ、リクス様か。学食は混むから嫌なんだ。通学の途中でパン屋を見つけたから、それを昼食にしたんだよ」


 なるほど、お昼に学外のパンか。それも面白そうだ。事前に買っておけば、学院の中のどこでも食べられるっていうのも良いな。今度試してみよう。


「リクス様は、シャリス嬢と逢引だって?」

「いやいや、一緒にランチをしただけだよ。食べ終わったらすぐに解散したし。なあ?」

「「「チッ」」」


 これはもう、彼女たちのあいさつみたいなものかな?一応肯定してくれたんだよね?


「彼女たち、エンディール家の寄子の貴族家だね」

「寄子っていうと、子分みたいなもんだっけ?」

「子分って何さ」


 寄子と寄親の関係は、貴族家の間で古くから続く親分と子分のようなものだ。


 王家を頂点にして、力のある大貴族家が中小の貴族家をまとめ、援助を行ったり、寄子同士の揉め事を仲裁したりする。


 中小貴族の中には寄親を持たない貴族家もいるが、大貴族家は多かれ少なかれ、寄子は持っている。


これが貴族の派閥関係にも直結しているので、隣り合った領地であっても寄親が違うのはよくあることらしい。俺はフォーリーズ家を継ぐわけでは無いので、その辺の細かいことは全くわからんけど。


「せめて自分の家の寄子くらいは知ってるだろ?」


 ギースくんが心配そうに尋ねてくるんだけど、社交経験より戦闘経験が重要視されるフォーリーズ家の次男坊には、全く関わりの無いことですよ。


「フォーリーズ家の寄子、このクラスには結構いるんだけど?一応上級貴族がクラスをまとめる役回りになるから、まとめやすいように、家同士の関係でクラス分けも配慮されてるんだよ?」

「そうなの?でも、うちのクラスには田舎貴族なんかより、この国の頂点がいるじゃん」

「そうだね。でも、王族は全ての貴族の頂点だから、特定の貴族家を寄子にできない。だから、うちのクラスにはシャリス嬢の家、エンディール家の寄子も多く在籍してる」


 シャリスと結婚することで、王子はエンディール公爵家とその寄子の貴族たちが政治的な支持基盤になるはずだった。だから、学生の頃からまとめ上げておくよう配慮され、エンディール家の寄子貴族家が集められた。


 しかし、突然の婚約破棄により、エンディール家と寄子貴族は支持基盤どころか、政敵に近い関係になってしまった。しかも、俺とシャリスが婚約した?ものだから、エンディール家の寄子貴族たちは王子よりも俺を支持しなくてはならない状況になっているらしい。


 つまるところ、このクラスはほぼ俺が掌握しているらしいのだ。


 王家より、田舎貴族の方が発言力あるって?


 だったらなぜ、クラスのみんなは俺を腫物のように扱うのか。せめてうちの寄子たちは、俺と仲良くしてくれてもいいんじゃないの?


「見方によっては、フォーリーズ家が王家にケンカを売ったようなものだからね。下手にキミを支持すると反逆罪で家の取り潰しになるのではないか、なんて噂が流れたからさ。キミとの関わりに慎重になっているんだろうね」

「誰だよ、そんな噂流したの!」


 その噂のせいで、男子からは距離をとられ、女子からはまるでゴミクズでも見るかのような目で見られているのか!


「女子がリクス様を変態クソ野郎だと思っているのは、噂のせいではありませんわ」


 そんな情報はいらなかったよ。


「ま、まあ、噂の発信源は調査中だよ。大体の見当はついてるんだけど、現状では扱いにも困っていてね」

「調査中って、俺のためにか?もしかしてだけど、ハディル家って、うちの寄子だったりする?」

「違うよ。フォーリーズ家には(・・・・・・・・・)仕えていない。俺も色々と配慮されてこのクラスに居るわけだけど、エンディール家の寄子ってわけでもない。あまり詳しく説明できないのが歯がゆいんだけどね」


 まあ、お家の事情なんてそれぞれあるし、詮索なんてするのは野暮だしな。


「俺は、ギースがどこの派閥の子息だとしても、仲良くしたいと思うよ。どうせ俺は家督を継がないし」


 俺としては、派閥だの寄子だのという関係よりも、ただのクラスメートとして接することが出来る方がよほど良い。どうせ俺は次男坊だ。兄様が家督を継げば、どうなるかはわからない。


 くそじじいとの約束もあるし、フォーリーズ領に留まることは無いだろう。どうせ関わらないことなら、無理して覚える必要は無いし、それに縛られる必要だってないはずだ。


「ですが、シャリス様と婚姻なされば、リクス様がエンディール家を継がれるのではなくて?」

「確かに、シャリス様の弟君、シリウス様のご病気は・・・・・・」

「二人とも、不敬ですわ!」


 何か不穏な言葉が聞こえましたが?


 俺が公爵家を継ぐって?田舎貴族の次男坊に、王家の血を継いでいる公爵家の当主なんて出来るわけないでしょ。


 というか、シャリスの弟は公爵家を継げない程深刻な病気なのか?


「シャリス、弟がいるの?」


「「「ぷい」」」


 なぜかシンクロしてそっぽを向く三姉妹。俺のジト目攻撃にも動じず・・・・・・いや、ちょっとずつ冷や汗をかいてきたな。


「弟の病気って、結構深刻なの?」


「「「ぎくっ!」」」


 額から流れた汗は、少女たちの首筋をたどり、そびえる山の谷間へと流れていく。ぎくりと体を震わせた瞬間に、その山々は柔らかく姿を歪ませていた。


「婚約者として、心配なんだけどな」


「「「う、ぐぅ・・・・・・ん?」」」


 しかし、三人ともスタイルはなかなかだ。出るところはしっかりと出ていて、引っ込むところはしっかりと引き締まっている。もしかしなくても、シャリスより大きい。


 子よりも親の方が小さいとは、不憫な娘だ。


「シャリスの力になりたいんだけどなぁ」


「「「・・・・・・」」」


 なぜか急に反応が無くなったような?俺のシャリスに対する気持ちが伝わらなかったというのだろうか?


 三姉妹の胸から視線を上にあげると、真ん中の少女と目が合った。ああ、この視線。まるでゴミクズを見るような視線ですね。


「シャリス様がいながら、私たちにいやらしい視線を向けてくるなんて」

「ち、違うよ。三人の胸なんて見てないし?シャリスより大きいなぁと思っただけで、三者三様、みんな素晴らしいよ?」

「「「しっかり胸を見てるんじゃないの!この変態!」」」


 この後三人娘に散々足蹴にされた俺は、さらにクラスの女子からの視線がきつくなった。


 しかも、「婚約者の寄子にも手を出そうとするゴミクズ野郎」と言う新たな称号はその日のうちに学年中に知れ渡り、校門前で待ち構えていたシャリスに捕まることとなった。


「リクス様?何か申し開きはございまして?」


 今までで一番の威圧を感じる。口元は笑っているのに、目が全然笑ってないよ。言葉一つ間違えれば、殺される。


「俺はただ、シャリスの弟の病気が心配だったんだよ」

「なんで、それを?」

「たまたま、彼女たちが口を滑らせてね。でも、彼女たちを責めないでやってくれ。彼女たちは口を閉ざして何も言わなかったんだ。それで俺は、彼女たちの滴る汗の行方を追っていただけで、胸を見ていたわけでもないんだよ。シャリスよりも胸が大きいなぁ。寄子よりも寄親の方が胸が小さいんだなぁって思っただけでね。ただただ、キミを心配してただけなんだ」


 必死の抵抗もむなしく、シャリスから身体強化の乗った強烈なボディーブローをお見舞いされる。


「結局胸を見てただけじゃないの!アタシの胸が小さいのが心配ってどういうことなのよ~」


 そう言って、シャリスは走り去っていった。その場には、腹を押さえてうずくまる俺と、蔑んだ視線を浴びせる三姉妹だけが残った。





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