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「リクス様、少々お時間よろしいでしょうか?」

「ぶえ?」


 話し相手のギースがまだ登校してこないので、することもなく窓の外を眺めていたら、いきなり女子に声をかけられた。あまりの不意打ちに、思わず変な声が出てしまったがそれは仕方が無いだろう。


 入学してから4日。クラスから浮いた存在として扱われた俺にも、こうして普通のイベントがやってきたのか。


「って、三姉妹の次女じゃん。期待して損したわ」

「え?三姉妹って何ですの。私、確かに次女ステイン子爵家の次女ですが、姉がいるだけで妹などおりませんわ。も、もしや、お母様のお腹に新しい命が?いえ待って、もしかするとお父様がまた新しい妾を・・・・・・」


 なぜか頭を抱え始めてしまった次女こと、フィー・ヴィラ・ステイン嬢。


 手には何か書状のような物を持っているが、ぐちゃぐちゃになりそうだ。


「フィー、落ち着いて」

「そうです。シャリス様からお預かりした書状が」


 いつの間にかやって来た長女と三女に両脇を抱えられ、書状は守られたようだ。


「ですが、お父様がまた新しい妾でも囲っていたら、我が家の家計が!もうお姉さまのドレスを仕立て直したものを着るのは嫌なのです~」


 どうやら大変な家庭事情があるらしい。深くはツッコまないでおこう。


「それで、フィー嬢。どのような用件ですか?」

「ふー、ふー、ふー」


 興奮が一向に冷めやらないようだ。キミはフィーであってフ―じゃないよね?このままでは過呼吸でぶっ倒れてしまうのではなかろうか。


「長女のネイス嬢だったか。フィー嬢が興奮して破り捨ててしまう前に、その書状を頂いてもよろしいだろうか?」

「長女?私はテリース子爵家の三女ですわ。って、そうですわね。こちら、シャリス様からの書状になります」


 貴族の礼をとってから、舌打ち三姉妹長女こと、ネイス・ヴィラ・テリース嬢が書状を手渡してくれた。


 便せんに封蝋が押されているところを見ると、重要な内容なのだろう。ペーパーナイフが無かったが、こういうものは急いで確認した方が良いだろうと思い、少し不作法だが蝋の部分を剥がして便せんを開いた。


 そして、内容を確認して困惑する。貴族らしい言い回しが使われているが、直訳するとこんな感じ。


『リクス、お元気かしら?アタシ、今日は家の事情で学院をお休みするの。だから今日はランチを一緒にできないの、ごめんね。』


「このままの意味であってる?貴族特有の隠語とか使われてたりしない?」


 そう言って手紙をネイスに手渡すと、なぜかネイスの表情が固まった。


「ええ、あっておりますわ。今日は昼食を共にできないので、我々4人で昼食をとるように、と」


 最後まで読んでいなかったようだ?もう一度手紙を受け取って読み返すと、確かにやや行間を空けた後、一文が綴られている。


『一人だと寂しいでしょうから、アタシの代わりに手紙を預けた三人の令嬢とランチをしてちょうだい。いいかしら、ランチをするだけで、それ以外のことはしちゃダメよ』


そんな追伸が記載されていた。俺がぼっち飯を回避できるように、わざわざ寄子の令嬢をつけてくれるなんて、優しいところもあるじゃないか。


「そういうことなら、よろしく頼むよ」

「いやいや、ちょっと待ってくれ」


 唐突に、俺と三姉妹の間に割って入る人影があった。ギースくんである。


 ギースはなぜか三姉妹を睨み付け、威圧しているようだ。いつもは温厚というか、飄々とした印象の彼が、ここまで敵意をむき出しにするのは珍しい。


「キミたち、シャリス嬢の代わりにリクス様と昼食をとるというのが、どういう意味かわかっているだろう?」

「も、もちろんですわ。シャリス様の、そしてエンディール家の命令であれば、お受けする以外にありませんもの」


 ちなみに俺にはどういう意味か分かっておりません。できれば二人とも、落ち着いて説明プリーズ!


「シャリス嬢の弟君、シリウス殿か」

「ええ、この書状は、そういうことかと」


 肝心な内容が抜けているので、話を聞いていても要領を得ない。フィー嬢はいまだにフー嬢になっているから、アイナ嬢に通訳をしてもらうことにしよう。


「アイナ嬢?できれば俺にもわかるように事情説明を」

「うぅ・・・・・・えい!」

「ふぁ!」


 事情説明を求めたら、真っ赤な顔のアイナ嬢が腕に抱き着いてきた件!


 い、いかん。肘に伝わる柔らかな感触を意識したら、一瞬で持っていかれるぞ。


「り、リクス様?我がハイヤー領は目立った特産品も無い領地なので、私の扱い次第で経営難になることがございます。どうか、正式にお迎えくださいますよう」


 ああ、うん。今ので大体わかりました。


 つまり、シャリスの代わりを務めるということは、シャリス同様に婚約者として認めるってことなんだろう。


 なんだよそのふざけたルール!


 それじゃあ、俺は今後女子と一緒にランチ出来ないってことじゃん。


「え、えっと。ステイン家は一応鉄細工が特産です。ただ、お父様は上等な細工が出来上がると、それを高額で買い取っては見目の良い女性に渡してしまいますの。この間なんて、私とお、同い年の女性を・・・・・・」


 ステイン子爵、それは娘さんだけでなく、法が許さないと思いますので自重して下さい。




 朝は結局わちゃわちゃしただけで、何一つ話がまとまらなかった。結局、昼食はギースと共に食事をしているテーブルを三姉妹と相席する。というこじつけで、5人で食事をすることとなった。


「リクス様、これでも本当にギリギリだからな」


 ギースは納得がいっていないようで、まだグチグチ言ってる。一方の三姉妹側は、昨日までの嫌悪な視線が嘘のようにしおらしくなっている。なんか気色悪いよ。


「落ち着けよギース。それで?なんで今日はシャリスが休みなのか教えてもらえる?4人はシャリスが休みの理由、知ってるんだろ?」


 いつもは勢いよくそっぽを向く三姉妹は、なぜか悲痛な表情で俯いてしまう。見かねたギースがその理由を説明してくれた。


 エンディール家には、次期当主として育てられていたシリウスという少年がいた。シャリスとは大変仲の良い姉弟だったらしいが、3年前、シリウスが10歳の時に急に体調を崩した。方々名医や最上級の治癒魔法を使用できる神官等を頼ったが、一向に回復はしない。


 最近になって、急激に病状が悪化し、いつ死ぬともわからない状態になっているらしい。


 シャリスが学院を休んだということは、おそらく残された時間はほとんど無いのだろう。


 シャリスは、弟の死期を見越し、俺をエンディール家で囲えるように、第二夫人以下の令嬢をあてがおうとしたってところか。


「ご病気では無く、高位の呪術である可能性が高いらしいですわ」

「大陸一と言われる神官様も匙を投げられました。この呪いを解呪できるのは、『神々に寵愛されし男』の異名を持つ世界最高の冒険者様ぐらいではないかと」

「その殿方は、数か月前にクランを退団されており、現在消息不明らしいですわ」


 神々に寵愛されし男、か。俺もそいつと同程度の魔力量があるらしいけど、制御ができないからな。呪いを解呪しようとして、エンディール家周辺を吹き飛ばすのが目に見えている。


「シリウス様をお救い出来るのは、もう神以外にはいらっしゃらないのでしょうか」


 神、神ねえ。


「そのシリウスが助かれば、俺がエンディール家に婿養子になる可能性は低くなるかな?」


 そもそも俺とシャリスの婚約だって、両家の間で正式に話し合われてさえいないんだ。次期当主なんてとんでもない。シリウスくんが助かれば、次期公爵になる危険もなくなるし、婿をとる必要が無くなったシャリスは、俺なんかと婚約者関係を続ける必要だって無くなる。


「古臭いくそじじいの神でも、シリウスくんを助けられるかな?」





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