1-33

 禍々しい渦はまるで竜巻のように立ち上り、天井まで至る。天井を突き破ったそれは、外側で敷かれている結界を破ることはできずに弾き返され、地面へと叩きつけられた。


「グギアアアァァ!」


 咆哮が轟くと、渦は徐々に形を成していき、漆黒の巨竜へと姿を変えた。全身は漆黒に染まり、瞳だけは血のように赤く染まっているそれは、上空に顔をもたげると、結界に向かって漆黒の炎を吐き出した。


「グギャ?」


 しかし、炎は再び結界に弾かれ、上空で霧散してしまう。


「ちょっと、な、なによあれ!」


 シャリスが俺のマントにしがみつきながら言った。


「ドラゴンだろ?」

「そんなの見たらわかるわよ!だ・か・ら!なんでこんなところにドラゴンがいるのかって聞いてるの!」


 どう考えても、サザーラ侯爵の仕業だと思うんだけど?


「ふっはははは。その召喚石は10年かけて学院の人間から魔力を吸い上げている。Aランクの魔物とは比べものにならないほど強力な力を持っているだろう」


 ほらね、自分で説明してくれた。


 しかし、Aランク以上となると、ボスクラスかそれ以上だ。今までにボスクラスとは1度しか出会ったことがないが、大きさだけで言えば断然こちらの方が上だ。


 全身から放たれる禍々しい魔力から推察するに、ただ大きいだけというわけじゃ無いだろうな。


 以前ボスクラスのケルベロスと戦った時は、大勢の犠牲を出しての辛勝だった。いや、あれはほぼ全滅に近かったと思う。


 それほどまでにボスクラスは強さの格が違うんだ。正直二度と対峙したくなかった。


「シャリス、今すぐここから逃げるぞ!」


 幸いここには王都の戦力が集まっている。田舎貴族のフォーリーズ兵よりも強い人はたくさんいるはずだ。


「に、逃げるって、一体どこによ。Aランクの魔物よりも強いって、そんなの邪神の神獣じゃない。そんなのが現れたら、この国は、きっとお終いよ」

「でも、王都の騎士や警察兵だってたくさんいるんだろ?」

「え、Aランクの魔物であれば、たくさんの犠牲を出せば倒せたかもしれない。でも、あれは無理だわ。Aランクの冒険者を1000人動員したって、どうなるかわからないもの」

「まじかよ・・・・・・」


 うちの兵って、そんなに強かったの?


 フォーリーズの兵は俺の自慢であり誇りでもあるが、王国内での基準でも最高峰の戦力だったってことか。


 今度あいつらに会ったら、何か差し入れでもしてやろう。もちろん、無事に生き残れたら、ではあるけど。


「どうしやすか、隊長」


 首に付いた蝶ネクタイを外しながら、ダントが駆け寄って来た。他の隊員たちも、立ち上がって俺の指示を待っているようだ。


「いったん訓練場から出よう。場が混乱し過ぎて、このままじゃ何もできないからな。リリーナ達女性隊員は、シャリスを連れて先に訓練場から出ていてくれ。男どもは、俺と一緒に観客の避難誘導だ」

「「「はっ!」」」


 隊員たちは一礼した後、即座に指示通りの行動に移行する。


「避難誘導くらい、アタシだって出来るわ」


 おいしいところを全て持っていかれてしまったからだろうか。シャリスはすぐに逃げようとせず、俺の腕を掴んでいた。


 俺の腕を掴む手には力が込められている。ただ、それと同じくらいに震えていた。表情だって、血の気が引いたように青くなっている。とてもじゃないが、この状態でまともな判断が出来るとは思えなかった。


「リリーナ、マーレ。シャリスを頼む」

「ちょ、ちょっと!アタシは・・・アタシだって・・・・・・」

「行きましょう、シャリス様」

「そ~だよ~。あんなのが~まともに動いたら~、ぷちっと~逝っちゃうかもしれないし~」


 外に出たって何もできない訳じゃ無い。それに、俺だってすぐに戦うつもりなんて全く無いのだ。逃げ惑う人を護りながら戦うのは分が悪すぎるからね。





 漆黒のドラゴンは、上空の結界に向かって炎を吐き続けていた。おかげで予想以上の速さで訓練場から人を全員逃がすことが出来た。


 さらに朗報として、どうやら訓練場の周辺に敷かれた結界のおかげで、ドラゴンは外に出ることが出来ないらしい。


 だったらこのまま放っておけば良いのではないかと思ったが、結界にも耐久値があり、現状のまま炎をぶつけられ続けて居れば、すぐに魔力切れになって結界が維持できなくなるらしい。


 結界が維持されている間にドラゴンを討伐できれば良し。討伐できなければ、王都は壊滅という状況だ。


「それで、どうして私がこのような場に呼ばれているのでしょうか?」


 おそらく国の最重要人物である、国王陛下と三大公爵が対策会議を行っている。なぜかその場に俺も招集されていた。俺以外には、やたら高級そうな甲冑を纏った騎士が数人と、大量のバッジを胸に付けた警察隊が数人だけ。


 どう見ても上層部の人たちだよね?この中に田舎貴族の次男坊って、完全に場違いだよね?


「現状では、あのドラゴンを倒す術が無い」


 国王陛下が重々しく口を開く。わかっていたことだが、最高位の人から言われると重みも違うな。


「そこで、リクス・ヴィオ・フォーリーズ、キミの出番と言う訳だ」

「はあ」


 国王陛下は、なぜか楽団の演奏による強化魔法について知っていた。その魔法をこれから投入する騎士団に使用して欲しいという。あくまでも後方で演奏するだけで構わないということであったが、あのドラゴンと対峙すれば、少なくないリスクを負うことになる。


 そんな危険なことを、自分の隊員たちにはやらせたくないというのが本音だが、ここで断るのはまず無理なんだろうな。


「ではせめて、我が隊が全て揃うまでお待ちいただけないでしょうか」

「先ほどの者たちが全員ではないのか?」


 戦闘部隊は全員が南門の外に待機させていた。今頃は召喚石で召喚された魔獣たちと戦っている頃だろう。万に一つも押し負けることは無いだろうが、召喚石を使用した連中を捕縛する任務も与えているので、すぐに帰っては来ないだろう。


「宮廷魔導士たちが結界の維持に努めているが、あまり残された時間は無い。申し訳無いが、すぐにでも戦闘に参加してもらう」

「・・・・・・わかりました」

「貴殿とその部下たちは、我が隊でしっかりと護衛する。安心してくれ」


 高級装備を身に纏った初老の男性がそう言って、勢いよく胸板を叩いた。ガシャンという豪快な音に驚きながらも、俺は首を縦に振ることしかできなかった。


「協力に感謝する。ドラゴン討伐のあかつきには、我が名においてどのような報酬でも用意しよう」


 その言葉を聞いて、物凄く嫌な予感がした。それはもう、頭が痛くなりそうなほどに。


 俺が自分の頭を押さえる暇も無く、胸の辺りが光を放ち、球体が飛び出してきた。


『聞いたかリクスよ!この国の王がなんでもすると言っておるぞ。なんとか公爵なんかよりも権力を持っているんじゃろ?こりゃあ好き放題できそうじゃわい』


 テンション高めで俺の周囲を飛び回る球体は、全くもって空気を読めていなかった。


 それに、「なんとか公爵」ってなんだよ。エンディール公爵だって軍事に関しては一番偉いんだよ?今回の作戦のかなめだって言うのに、筋骨隆々の体でしょんぼりしちゃってんじゃん。


「あ、あ~、リクスよ。差支えなければ、その光の球はなんなのか説明してもらえぬか?」

『よくぞ聞いた、この国の王よ。ワシこそは旧神にして音楽を司りし神。名を・・・・・・』

「陛下、どうかお聞き流しくださいませ。私は王国の貴族として、役目を果たしてまいります」


 あっぶね~。危うく国王陛下にたかられるところだった。


いくら神様でも、王国の危機を利用して国王陛下にふっかけるようなことはさせられないよね。


『せ、せめて名乗らせるくらいさせんか~』


 そんなの今さら必要無いと思うけどね。






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