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くそじじいの暴走を事前に止めることが出来た俺は、ふと良いことを思いついた。
「あのドラゴン、じじいが倒せば良くない?」
『無理じゃな』
「即答かよ!」
じじいは創造神の一柱だが、音楽を司る神だ。誰かに力や癒しを与える事が出来ても、自身で戦う力は無いらしい。
そもそも、邪神はこの世界とは別の理の世界からやって来た神であり、その眷属である魔獣に対して、旧神の力はあまり意味を持たない。
だから旧時代より神々は人にスキルやステータス、レベルという超常の力を与えて魔獣と戦わせていたそうだ。
それでも旧神は邪神の力に押され、自分たちの力と引き換えに邪神を封印したんだとか。
「だから、魔獣は人じゃないと倒せないと?」
『ワシらの眷属である精霊なら魔獣と戦うことは出来るじゃろうが、今のワシ、眷属はリクス以外いないしの』
つまり、今回の件ではただの役立たずということか。
陛下からの褒美も、じじいの要望を叶えてもらう必要は無くなったな。
『ちょちょい!ワシが力を与えた、ワシの眷属が戦場に立つんじゃぞ?ワシだって褒美をもらう権利はあるじゃろー』
「だったら頼みがあるんだけどさ」
『なんじゃ?』
「もし、この戦いで楽団の隊員が死ぬようなことがあったら、助けてもらえるか?」
5年前のことを思い出す。
フォーリーズを襲った未曾有の災害。ボスクラス魔獣に率いられた数万規模の大侵攻。
あの時は大量の死人が出た。じじいの力で生き返った人はわずか105人。俺と兄様と、楽隊の男たちだけだ。897人が死んだ。
ボスクラス単体が相手だったとしても、犠牲が出ないわけじゃ無い。
俺はもう見たくないんだ。目の前で死んでいく仲間の姿を。
『ワシもフォーリーズの民を見殺しになどしたくはない。じゃがの、いつだって全てを救うことはできん』
「・・・・・・そうか」
『そう暗い顔をするな、リクスよ。今回の作戦では、お前たちはあくまでも後方支援。死ぬとは決まっておらんじゃろうが』
「ははは。そうだよな」
珍しくじじいが慰めてくれたのが面白くて、思わず笑ってしまった。
こんなのでも創造神の一柱。なにかの加護があるかもしれないな。
訓練場の前に行くと、騎士団は全て整列を終えていた。集められたのは約500人の騎士団員。それが今現在、ドラゴン討伐に回せる最大戦力だ。
「リクス・ヴィオ・フォーリーズ殿、ご助力に感謝する」
そして総指揮をとるのは、王都騎士団の団長ゼーム・ヴィオ・ラムザさん。エンディール公爵とは従兄弟に当たるらしい。エンディール公爵が最も信頼する騎士だそうだ。
「我らが姫様の婚約者である貴殿の実力、しかと拝見させていただこうか」
「陣形について詳しくお伺いしても?」
「構わない、と言いたいところだが、ボスクラスなど災害級の魔物だ。そんな化け物相手に、我らの戦術が意味を成すかどうか」
ゼーム団長の意見は尤もだ。現代においてあそこまで巨大な魔獣と戦うことなんてありはしない。想定もしていない敵に対して、陣形も戦術もありはしないだろう。
「リクス殿は以前、ケルベロスと呼ばれるボスクラスの魔物を討伐したと聞いたが?」
「あの時私は、ただ見ているだけでした。討伐したのは我が兄と、フォーリーズの勇敢な兵たちです」
「・・・・・・そうか」
俺の表情から、複雑な心境を読み取ってくれたようだ。団長はそれ以上のことを尋ねることはしなかった。その代わりに、ひどく険しい表情になっていた。
「我ら王都騎士団が大型魔獣を討伐するときは、包囲殲滅の陣を敷く。魔法剣士隊が周囲を取り囲み、一定のダメージを与えた後に後方から魔導師隊が上級の魔法を叩き込むという戦法だ」
完全に脳筋な戦法だ。さすがはエンディール公爵の従兄弟といったところか。格下の相手であればそれで十分だろうが、今回の場合は前衛が耐えきれない可能性が高い。前衛が崩れれば、部隊全体が総崩れになる。
「大盾などを装備した部隊はいないのでしょうか?」
「騎士は全員この盾を装備させているが、これではダメなのか?」
そう言って左腕を掲げて見せてくれたのは、団長の顔と同じくらいの小さな盾であった。
小型の魔獣や対人戦では有用に見えるが、ドラゴンの猛攻を防ぐには心許ないだろう。
「では、我々の部隊は防御力強化の魔法を使用します」
「攻撃力ではないのか?」
「ええ。継戦能力を底上げしておかなければ、ボスクラスの討伐は難しいでしょう」
「強化魔法については、全てリクス殿にお任せしよう。戦闘中に何かあれば、すぐに伝令をくれ」
「了解しました」
団長との打ち合わせを終えて、自分の部隊に合流する。
武装などしている余裕は無かったため、全員が先ほどの衣装のまま。まさかこれからボスクラスの魔獣討伐に挑む集団だとは、誰も思わないだろう。
騎士団の防御力に不安が残るため、できれば武装させてやりたかった。
「準備は良いか?」
そう言いながら、全体を見渡す。一様に硬い表情をしたまま、小さくうなずく。
「お前ら、そんな真面目な顔ができたのか?」
「ちょ、なんですかい隊長!あっしらだって緊張くらいしますぜ」
ダントがそう答えると、隊員の表情がいくらか柔らかくなった。
「緊張しているところ申し訳ないが、総司令殿より作戦を仰せつかった。騎士団は魔法剣士の部隊がドラゴンを包囲し攻撃を仕掛ける。我が部隊は、前衛に対して『不動』の演奏を行う」
「「「は!」」」
「それから・・・・・・」
歌い手である女性隊員たちに視線を向ける。リリーナを除き、皆が一様に不安そうな表情を浮かべている。無理もない。フォーリーズの領兵とはいえ、彼女たちは数年前までただの村娘だったんだ。
戦いの訓練を受けていない彼女たちをこんな戦場に連れて行くというのは、さすがに酷だよな。
「女性隊員は結界の外で待機だ」
そう言った瞬間、なぜか女性隊員たちの表情がより一層険しくなった。安堵すると思っていたんだけど?
「隊長、私たちは・・・・・・」
「まって~、リリーナ~」
一歩前に出ようとしたリリーナを手で制し、マーレがにっこりと微笑みながら俺との距離を詰めてくる。
なぜだか、物凄い圧を感じるのだが。
「ねぇ~、たいちょ~?ちょ~っと私たちを~バカにし過ぎじゃない?」
息がかかりそうなほどに顔を近づけてきたマーレは、突然俺の襟首を締め上げる。
「確かにあの化け物の前で歌うのは怖いよ。近くに居るだけで気を失うかと思ったよ。でもね、あんな化け物の前に、隊長たちだけで行かせる方がよっぽど怖い。仲間を死地に立たせて、自分たちだけ隠れていられるわけないでしょ!いったい今まで、隊長は私たちの何を見てきたっていうの!」
かっと目を見開くと、いつものおっとりとした口調はどこへ行ったのか、まくし立てるようにマーレが怒鳴る。
「私はこの楽団が大好きだよ。みんなで音楽を奏でるのが楽しくて仕方ないよ。隊長のことだって好きだよ。お貴族様だからって偉そうにしないし、こんな時だっていうのに私たちのことを気にかけて、本当にお人好し過ぎるよ。でもね、こんな時なんだから、私たちを置いてかないでよ。仲間なんだ、楽しい時だけじゃなくてさ、辛い時や、死んじゃいそうなほど危険な時だって、一緒に居させてよ」
普段のマーレと違い過ぎて、あっけにとられてしまった。ぽかんと口を開けたまま何も言えずにいると、普段通りの笑みをこちらに向けた。
「さぁ~たいちょ~。ご指示をどうぞ~?」
「ぜ、全員で、出撃します」
「「「は~い!」」」
情けない声をあげながら了承した俺を見て、女性隊員たちは笑顔を浮かべていた。
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