1-35
すぐに演奏が開始できるよう、俺を先頭にパートごとに隊列を組んで結界の中に侵入する。
「グギャアアァァ!」
結界を抜けた瞬間に、建物を震わせるほどの咆哮が響き渡る。一瞬体が硬直するが、俺がビビっていると隊員に知られるわけにはいかない。平静を装って歩を進めていく。
騎士団は先行してドラゴンを取り囲めるように位置取りし、こちらの演奏が始まったのを合図に魔法剣士隊が総攻撃を仕掛ける手はずだ。
こちらはドラゴンから十分に距離をとった位置で、演奏に集中すれば良いとのこと。護衛の部隊もつけてくれるそうだが、どうもこの作戦が上手く行くとは思えなかった。
作戦と言うより脳筋なだけだしな。
そうこうしている間に、ドラゴンの頭が視認できた。相変わらず天井に向かって炎を吐き続けているようで、こちらには全く気付いていない。
「では、速やかに配置に着け。音合わせする余裕は無いからな。全員が配置につき次第、『不動』の演奏を開始する」
「「「は!」」」
ドラゴンに気付かれないよう、静かに、そして優雅にこそこそ動きながら、予定の位置に移動して準備を完了する。
「いくぞ!」
隊員を見渡してから、指揮棒を高らかに掲げ、ゆっくりと振り落とす。その瞬間に管楽器の重低音が響き渡り、打楽器がゆっくりと打ち鳴らされていく。
「魔法剣士隊、突撃開始!」
「「「おお!」」」
団長さんの怒号と共に、訓練場のあちこちに潜んでいた騎士たちが飛び出し、ドラゴンを包囲する。
それを見て、女性隊員たちに向かって合図を送る。
彼女たちが一斉に歌唱に入ると、黄色の光が溢れ出して騎士たちを包み込んでいく。
「なんだこれは!」
「体が、温かい?」
「ち、力が溢れるようだ」
今起こった現象が理解できなかったようで、騎士たちの動きが一瞬硬直する。
「止まるな!敵の眼前だぞ馬鹿どもがあ!」
これはまずい。そう思った時に、再び団長さんの怒号が響き渡る。
動揺していた騎士たちが一瞬で我を取り戻し、再びドラゴンへ突貫していく。
思い思いに魔力を込めて攻撃を開始するが、強固なウロコ阻まれて、ダメージはほとんど入っていない。物理耐性が高すぎる。
「魔導士部隊、詠唱開始。ドラゴンの頭に目一杯食らわせろ!」
魔法剣士の攻撃では効果が無いと判断したのか、すぐさま魔導士部隊にも命令を送り、攻撃の準備に移る。
「ぐ、くああぁ!」
その間にも、ドラゴンの正面に位置取った騎士たちが殴りつけられ、後方に位置取った騎士たちは尻尾で吹き飛ばされていく。
防御力が底上げされているために、重症にはなっていないようだが、完全に押されていた。
「魔導士部隊、放てぇ!」
「「「おお!」」」
詠唱が完了した魔導士隊の魔法が、ドラゴンの顔面目掛けて放たれていく。この攻撃を回避することは無く、顔面から上半身にかけて魔法が着弾していく。
「ぐ、グギャアアァァ!」
着弾箇所から黒雲が立ち込め、ドラゴンの悲鳴が響き渡る。
「グギャアアァァ!!」
これはやったか?なんて考えたからいけなかったのだろうか。ドラゴンは無傷で再び咆哮をあげた。
「怯むな!攻撃を継続しろ!」
再び魔導士隊は詠唱を開始。魔法剣士隊も吹き飛ばされても諦めることは無く、何度も体勢を立て直しては攻撃を再開する。
『不動』のおかげで未だに戦線は崩壊していないが、ダメージはほとんど与えていない。このままでは、先に騎士団の魔力が尽きてしまう。
「団長に伝令を。攻撃力強化の演奏に切り替えてはどうか!確認を願う」
「は!了解しました」
近くに待機していた伝令役の騎士に伝えると、彼は団長さんの元へ駆けて行った。
『不動』の演奏を止めれば、防御力が低下して戦線を維持できないかもしれない。
だが、戦線を維持したところで、ダメージが通らないのなら意味が無い。博打に近いが、魔力が尽きる前にダメージを与える以外に、あれを倒す方法なんて無いだろう。
「伝令!ラムザ騎士団長より、攻撃力強化の支援を求む、とのことです。切り替わりのタイミングはどのように?」
「こちらで一度演奏・・・音を止める。前衛は一定の距離をとり、再び音が始まった瞬間に攻撃を再開していただきたい。音が止まったと同時に防御力強化の効果が切れるので、出来るだけ攻撃の直撃は避けるように」
「了解しました!」
伝令が再び駆けて行く。団長に伝令が伝わるまでの間で、こちらも準備をしよう。
「まもなく、『不動』から『英雄』へと楽曲を切り替える」
演奏を続けながら、隊員は小さく頷いた。俺は指揮棒を振り上げてから手を握りしめると、ぴたりと演奏が中止された。
「英雄!」
指揮棒を振って合図を送ると、新たな楽曲が奏でられる。その瞬間に黄色の光が再びはなたれ、騎士たちを包み込んでいく。
「一斉に攻撃だ!」
団長さんの合図で、前衛の騎士たちは再び魔力を込めて攻撃を開始する。
「ぐ、ぐ、グギャアアァァ!」
先ほどまでウロコに阻まれていた攻撃は、ウロコを突き破って肉までダメージを与えることに成功した。
全身から赤い血を飛ばしながら、ドラゴンは苦しげに雄たけびをあげる。
「いけるぞ!皆、畳みかけ―――」
前衛の騎士たち目掛けて、黒煙のブレスが放たれる。
その炎はドラゴンを取り囲んでいた騎士たちを薙ぎ払い、包囲殲滅の陣は一瞬で瓦解した。
団長さんも巻き込まれたのか、先ほどまでの怒号が聞こえない。
防御力強化があれば耐えられたかもしれない。しかし、今の状態で、あの装備で直撃を受ければ、生きているかどうかもわからない。
チリジリに吹き飛ばされていった騎士たちは、地面に倒れ伏したまま微動だにしなかった。
防御力強化の魔法を中断させた、俺の判断ミスか?また、俺のせいで大勢の人が死んでしまったのか?
ダメだ、ダメだ。動揺するな。俺が動揺すれば、楽隊の全員に動揺が広がってしまう。それにまだ、魔導士隊の攻撃が残っている。
あの攻撃が入れば、まだ状況が覆せるかもしれない。
「少し離れるが、指揮は続けるからな。しっかり俺を見ていろよ!」
指揮棒を振るのを止めず。楽隊の皆に視線を向けたままで。バックステップを駆使しながらドラゴンの正面に躍り出る。
俺の存在に気付いたドラゴンは、こちらに向かって腕を振り上げ、そのまま振り下ろした。
「グギャ?」
寸前で横に飛んでその攻撃を回避する。
さらにドラゴンは二度三度と腕を振り下ろしてくるが、その度にギリギリで攻撃をかわしていく。
なんで背を向けたまま攻撃をかわせるのか、不思議に思っているんだろう?
でも、そんなに大きな音を出していては、しっかりと聞こえちゃうんだよ。
風を切る音。筋肉がきしむ音。それらを聞き分ければ、どこに攻撃が飛んでくるのかは丸わかりだ。
「魔導士隊、攻撃いけるか?」
生死不明の団長さんに代わって、俺が魔導士隊に声をかける。
「いつでも行けます!」
「よし、放て!」
「「「おお!」」」
どうにか魔導士隊の詠唱時間を稼ぐことに成功した。
「ギィ、ギャアアアァァ!」
先ほどの攻撃以上の出力で放たれた魔法が、再びドラゴンの上半身に着弾する。その勢いに負けて、ドラゴンは二歩散歩と後退しながら、悲痛の叫びをあげていた。
頼むから、これで決着してくれよ。
「グギャアアァァ!」
俺の祈りもむなしく、あちこち火傷や裂傷を負いはしたものの、怒りに狂ったドラゴンはその場で仁王立ちをしたままだった。
ダメージは着実に与えられている。
どうにか魔導士隊が詠唱する時間を稼ぐことが出来れば、勝機はあるはずだ。
俺は再び、背を向けたままドラゴンの正面に立ちはだかった。
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