1-36
「グギャアアア!」
怒りに狂ったドラゴンの咆哮を背で受けながら、指揮棒を振り続ける。
その様子が頭にきたのか、ドラゴンは俺に攻撃を集中していた。
ドラゴンは人以上の知能を持つと聞いたことがあったが、召喚石によって生み出されたばかりのドラゴンではこんなモノなのだろうか?
「魔導師隊、後のことは考えず、今使える最高火力の魔法を準備しろ!」
「ですが、詠唱には時間が・・・・・・」
「そんなもの、俺がいくらでも稼いでやる。その代わり、手なんか抜くなよ」
「「「おお!」」」
後方で詠唱に入る魔導師隊を尻目に、ドラゴンの攻撃は未だ俺にばかり向いている。腕を振り下ろし、足で踏みつけ、尻尾でなぎ払い。単調な攻撃の連続だ。
その攻撃を全て躱し続けて時間を稼ぐ。
他領の基準がわからないので、彼らが詠唱にどれだけの時間を要するのか予想できないが、まだしばらくはかかるだろう。
まあ、これくらいの攻撃なら時間稼ぎくらいできるだろう。
「グギャ!ギャギャアアア!」
などと余裕をくれていたら、ドラゴンは両翼を羽ばたかせて上空へと舞い上がる。天井ギリギリまで飛翔したドラゴンは、口いっぱいに漆黒の炎を貯め込んでいる。
どうやらドラゴンもバカでは無かったらしく、上空から広範囲のブレスを浴びせようとしているようだ。位置的に、このままでは楽隊までブレスの射程に入ってしまう。
「バカドラゴン、ほら、こっちに来やがれ!」
ドラゴンの顔を見ながらベロを出して挑発。直後に訓練場の端っこまで走りこむ。この位置であれば、ブレスが楽隊のみんなに当たる心配は無いだろう。
ただし、俺が回避するのも至極困難な位置なのだが。
上空をドラゴンに抑えられ、背には訓練場の壁。上下左右への回避は不可能。もはや絶体絶命の状況ではなかろうか。
「魔導師隊、俺に何かあっても詠唱は絶対に止めるな。準備が出来次第、こいつに叩き込め!うちの部隊は、わかるな?」
そう叫んだ瞬間に、上空から黒い靄のようなものが降り注ぐ。それはまるで高熱を持った毒霧のようだ。毒、入ってないよね?
ラムザ団長を含め、剣士隊が全滅した。生死は不明だが、あれだけのブレスを浴びればただではすまないだろう。
団長不在の今、俺たち魔導師隊は、1人の少年の指示に従っている。
戦場であるのに鎧は着けず。武器は細い杖?が一本だけ。さらには敵に背を向けたまま味方の兵に向かって杖を振っているだけだ。
全てが理解出来なかった。
しかし、彼の振る杖に合わせて兵たちが音を鳴らし始めた瞬間に、俺たちの体に変化が起こった。
最初は全身が魔力で護られているような感覚。そして今は、自分の中の魔力が誰かに底上げされているような感覚だ。
魔力が底上げされているような感覚になってから放った魔法は、ドラゴンに確かにダメージを与えることが出来た。
これなら、あの化け物を倒せるかもしれない。
「魔導師隊、後のことは考えず、今使える最高火力の魔法を準備しろ!」
そう思っていた矢先、少年からそんな指示が飛んできた。
確かに今の状態で最高火力の魔法が放てれば、ドラゴンを倒せる可能性はぐっと上がる。だけど、高度な魔法ほど、撃ち出すまでの時間が必要になる。
魔法剣士隊がやられた今、時間を稼げる者が誰もいないのだ。
「そんなもの、俺がいくらでも稼いでやる。その代わり、手なんか抜くなよ」
「「「おお!」」」
本当にそんなことができるのか、疑う者は誰もいなかった。
部隊の全員が詠唱に入る。残りの魔力を使い切るつもりで、全身の魔力を凝縮させていく。
その間、ドラゴンは少年を的にして攻撃を繰り返す。そんな攻撃を、少年は視認すること無くことごとくを回避していた。
これはいけるかもしれない。
誰もがそう考えた時、ドラゴンは空へと舞い上がった。
上空で動きを止めたドラゴンは少年を見据え、口いっぱいに黒い炎を溜め始めた。あれはダメだ。先ほど団長や魔法剣士隊を薙ぎ払ったブレスが来る。
詠唱完了まではあとわずかだが、おそらくブレスの方が早く放たれるだろう。このままでは、我々も少年の部隊も全滅してしまう。
「バカドラゴン、ほら、こっちに来やがれ!」
あきらめかけたその時、少年はそう言いながらドラゴンを挑発し、我々から離れていった。しかも、細い杖を振り、後ろ向きのままだ。なぜ後ろ向きであれほどまでの速度で走れるのか、理解できなかったが、今はそんなことはどうでも良い。
彼の行動で、我々はブレスの射程から抜けることが出来た。
しかし、そのせいで少年の逃げ道が無くなってしまう。背後は少年の身長よりも高い壁に阻まれ、上空にはブレスを待機したドラゴンだ。
少年を助けるためには、ここで未完成の魔法を放つしかないか?
「魔導師隊、俺に何かあっても詠唱は絶対に止めるな。準備が出来次第、こいつに叩き込め!うちの部隊は、わかるな?」
そう言った直後、少年は漆黒のブレスの中に消えて行った。
少年がどうなってしまったのかはわからない。だが、それが最後の願いだというのなら、見せてやろうじゃないか!
「こちらは詠唱完了した」
「こっちもだぜ」
「いつでもいけるよ!」
「時間を稼いでくれた少年のためにも、絶対に仕留めてやる!いくぞ」
『ライトニングゲイザー』
『ブリザードランス』
『メテオ』
完全に無防備だったドラゴンに目掛けて、次々と高位の魔法が放たれていく。
「ギャアアアァァ!」
背中や翼に次々と直撃した魔法によって、ドラゴンは悲鳴をあげた。
俺もみんなに続くぜ!見てろよ、少年。
『ファイアーボール!』
俺の手のひらから、凝縮された火の玉が放たれる。普段はヘロヘロと真っ直ぐ飛ぶこともない俺の魔法だが、今日は真っ直ぐとドラゴンに向かって飛んで行く。
「ギャッギャギャアアアアア!」
俺の魔法がとどめとなったのか、ドラゴンは飛翔することができなくなり、その巨体を地面に叩きつけた。
少年の部隊の連中が鳴らしている音も、まるで俺の活躍を讃えてくれているかのようだった。
「ハァ・・・ハァ・・・やった、倒したぞ」
「よかった・・・もう、魔力も体力もねえ」
「これで俺たち、ドラゴンスレイヤーだぜ!」
疲労で崩れ落ちる者もいれば、喜び叫ぶ者もいた。
俺も疲労でかなり辛い状態だが、まだ倒れるわけにはいかない。
「彼を、少年を探せ。ブレスの直撃を受けたはずだ」
俺たちを勝利に導いてくれた少年を探さなければならない。彼がいなければ、俺の最強魔法でドラゴンを倒すことが出来なかったのだから。
それに、負傷者に治療が必要だ。早く外と連絡を取って連れ出してもらわなければ。
「グゥギャアアアアアア!」
動き出そうとした瞬間に、全身が硬直した。地底から呻きあがってくるような重低音が、腹の中にまで響き渡る。
まだ、ドラゴンは生きていた。
少年が手玉に取っていた時とは違い、怒りに支配された様子のドラゴンは、再び口に漆黒の炎を溜め始めた。
「防御、防御だ!」
ブレスを結界魔法で防ごうにも、俺たちには時間も魔力も残されてはいなかった。
「グギャアアァァ!」
直後に放たれたブレスに、俺たち魔導士隊は抵抗できずに飲み込まれることしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます