1-37

 ブレスが直撃する寸前、どうにか壁を飛び越えて観客席に隠れようとしたが、広範囲にわたる攻撃から完全に逃れることは出来なかった。吹き飛ばされた壁の破片をブレスと共に全身に浴び、意識が一瞬飛んでしまった。


 せめて身体強化くらい使えていれば、もう少しダメージが抑えられていたのにな。


 意識を取り戻した俺は、周囲が静まり返っていたことに気が付いた。上空を飛んでいたドラゴンもいなくなっている。


 楽団のみんなが演奏を止めるのは、攻撃対象がいなくなった場合か支援対象がいなくなった場合のどちらかだ。出来れば前者であって欲しいのだが、そう思いながら訓練場の中を覗きこむ。


「グギャアアァァ!」


 片翼が千切れたドラゴンが咆哮をあげていた。


 かなりのダメージを与えられたようだが、倒し切ることは出来なかったようだ。


 魔導士隊の騎士たちもブレスにやられたのだろう。全員が地面に倒れていた。最後の戦力となったのは、楽隊を護衛してくれた少数の騎士だけだ。今もドラゴンと楽隊の間に立ち、みんなを護ってくれている。


「グルルルル!」


 ドラゴンはややふらついた足取りで、楽隊に向かって歩き始める。それに対して、楽隊のみんなは動こうとしない。


 怯えているわけでは無い。みんなは、きっと俺のことを待っている。下手すれば殺されるかもしれない状況で、本当に困った奴らだ。


「全員、速やかに結界の外まで退避しろ!」


 ドラゴンの注意を引けるように、大きな声で叫ぶ。ドラゴンはこちらに気が付き、楽隊に向かっていた足をこちらに向けた。


「今のうちだ!行け!」


 みんなが退避できれば、俺が魔力を使える。今の弱ったドラゴンが相手なら、きっと余裕で倒せるだろう。


 おそらく手足は犠牲にすることになるだろうが、楽隊に死傷者が出るよりはよほど良い。


「行くぞお前ら!」

「「「おおおおぉ!」」」

「ば、お前ら何してんだ!」


 楽隊のみんなは、なぜか俺に向かって走ってくる。護衛の騎士たちを余裕で追い越し、ドラゴンなど気にも留めずに一直線でだ。


「バカ!何やってるんだお前ら。とっとと逃げろ!」

「隊長、そりゃあできませんぜ」


 先頭を駆けるダントは、なぜか嬉しそうにそう言った。


「俺たちゃ隊長の部下だぜ。隊長を置いて、どこに行けってんだよ」

「外に行けよ!」

「がっはっはっは。だったら隊長も一緒だ。隊長が居るところが、俺たちの目的地だからな」


 動きが遅いドラゴンをかわし、楽隊の全員が俺の元に到着した。男性隊員はわかるが、女性隊員もすごい体力だな。歌唱で肺活量とか鍛えられてるのかな。


「お前ら、こっちに来てどうするんだよ。あれを倒すには、もう俺が戦うしかないだろ?」

「でしたら、私たちは隊長の雄姿を見届けさせていただきます」

「もしたいちょ~が負けたら~、私たちが~たいちょ~を担いで逃げたげるね~」

「先に逃げろ」

「「「嫌です!」」」

「巻き込むかもしれないぞ」

「「「構いません!」」」


 少しは躊躇しろよこいつら。


 全く、こんなバカ共を残して死ぬわけにもいかないな。


「全員、俺から少し離れて居ろ。間違っても俺の後ろに立つなよ」

「「「は!」」」


 さてさて、それでは少しばかり無茶させてもらいますか。



 全身の魔力を活性化させる。俺にはそれしか戦う術は無い。


 だが、それで十分だ。


「おおりゃああああ!」

「ギイヤアア!」


 全力の拳がドラゴンの左腕を吹き飛ばす。と同時に、俺の腕にも激痛が走る。くそ痛い!でもだからなんだってんだ。


 振り向き様に、さらに右腕にも拳を放つ。左腕と同じように吹き飛んでいくが、今度はドラゴンも踏ん張ったようで、尻尾で薙ぎ払いを仕掛けてくる。


「ぐっは!」


 さすがに回避が間に合わず、腹にモロに食らってしまった。肺の空気が全部吐き出されたような感じだ。


「くそったれええええ!」


 邪魔な尻尾目掛けて再び拳を叩きつける。しかし、今度は尻尾を吹き飛ばすことは出来なかった。


「ぐ、くうぅ・・・・・・」


 代わりに俺の右腕が曲がっちゃいけない方向に曲がってしまう。すでに腕の感覚は全く無くなってしまった。後でちゃんと治るのか心配だ。


「ギャア!ギャア!」

「ぎゃーぎゃーうるせーんだよおおおお!」


 残された左腕で、今度こそドラゴンの尻尾を根元から吹き飛ばすことに成功する。しかしながら、こちらも左腕に力が入らなくなってしまった。


 ここに来て、どちらも攻撃手段を失ってしまい、満身創痍と言ったところか。


「グオオオオオ!」

「うげ、ずるいだろ!」


 ドラゴンは口に炎を溜め込み始める。ここに来てブレスとか、ずるくないですかね!


 ブレスを吐き出される前に懐まで走り込み、ドラゴンの真下で跳躍すると、そのまま頭目掛けて蹴りを放つ。さすがに腕のようにはいかなかったが、ぐらりと姿勢を崩して地面に倒れていった。


 ブレスは防げた。だけど、どうやらまだ終わりではないらしい。倒れたはずのドラゴンは、すぐに頭をもたげてこちらを向いた。


「芸がねえな。またブレスか」


 そう思った刹那、ドラゴンは俺から視線を外して明後日の方向を向いた。その先には何があるのか。目だけでそちらを向くと、ドラゴンの顔が向いた先には、楽隊のみんながいた。


 なんてたちの悪い奴だ。先ほど蹴りを放った時に痛めた右足を引きずりながら、楽隊のみんなのところへ駆ける。


 痛い苦しい辛いもう止めたいでも止めたくない!


 必死に走ったところで、どうやらギリギリ間に合わなそうだ。


 どうする?


 どうすればみんなを助けられるんだ?


 わずか数秒の間に、思考をグルグルと巡らせる。それはまるで走馬燈が見えるかのように、過去の出来事までフラッシュバックしてきて・・・・・・


「そうだ!」


 あの時のことを思い出した。


 俺は全身の魔力を限界まで絞り出す。純粋な魔力の本流は俺が立つ地面にクレーターを作り上げ、触れる物をことごとく吹き飛ばしていく。


 その魔力の本流をほんの一瞬だけ、意識して前方へと飛ばす。


「うおおりゃああぁ!」


 魔力は大地を割ながら、前方へとぐんぐんと進んで行き、そしてたどり着いた。


「ギイヤアアアアアァァ!」


 まさにブレスを吹き出そうとしていた漆黒の頭を、俺の魔力が吹き飛ばした。頭を失ったドラゴンは、そのまま力無く地面へと倒れ伏した。


「「「隊長~」」」


 バカたちがこちらに走って来るのが見えるが、もう立っているのも限界だった。昔に比べて多少は操作できたようだが、それでも限界まで魔力を絞り出したせいで俺の全身はボロボロだった。


「お前ら、帰ったら説教だからな」

「よ~し、隊長が死ぬ前に撤収するぞ~」

「「「おお~!」」」


 勝手に殺すんじゃないよ。


 楽隊の隊員たちは、俺の体を担ぎ上げて歩き出す。


「グギャアアアアアァァ!」


 幻聴であってくれと、本気でそう思った。


 幻覚であってくれと、祈るようにそう思った。


 首を吹き飛ばしたはずの漆黒のドラゴンは、黒い煙をあげながら立ち上がった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る