1-38

 リクスたちが訓練場の中に入って行く。その姿をアタシは見送ることしか出来なかった。


 それは、アタシが公爵家の令嬢だからとか、あいつの婚約者だからとか、そんな理由では無い。ただ単純に、アタシになんの力も無いからだ。


 リクスはアタシに手助けを求めなかったし、お父様は全力で止めにかかるしで、ついて行きたいなんて言える状況では無かったし、ついて行ったところで、足を引っ張るのは明確だった。


 それでも、何もしないで待つだけなんて、悔しいし辛い。


「それで陛下。彼らが負けたらどうするおつもりですか?」


 フェルス公爵は笑みを浮かべながら訪ねた。表情こそ笑顔だが、あれは間違い無く怒っている。フェルス公爵の全身から、魔力が溢れ出しているんだもの。


「フェルス公は、我が国最強の近衛騎士団が負けると申すか?」

「失礼ながら、我が国最強は近衛騎士団では無いでしょう」


 あまりにも不敬な発言ではあるが、なぜかアタシもその言葉に納得してしまった。


 エンディール領でスタンピードが起こった時、リクスと楽隊のみんなは、たった100人程でAランクの魔物を含んだ魔獣の群れを殲滅した。


 そんなこと、近衛兵には到底できないだろう。エンディールの軍ですらあきらめていたんだから。


「少なくとも、リクスくんの兵が戻るまで待つべきだったと思いますがね。陛下がやったことは、彼から剣と盾を奪い、戦場に放り込んだようなものですよ」


 そう言われて気が付いた。リクスの楽隊には今、戦闘要員が一人もいない。音楽の力で強化が出来ると言っても、その戦い方に近衛騎士団は慣れていないし、リクスに指揮権なんかない。


 それに、リクスはいつだって無茶ばかりする。もしまた、決闘の時のように無理矢理魔力を使おうとしたら?学院の生徒を相手にした時ですらあれほどボロボロになっていたのに、ボスクラスの魔獣を相手に無理矢理力を使って、彼は生きていられるの?


 ぞくりと、背筋が冷たくなった。


「リクスの戦闘部隊は、スタンピードに対抗するため、城壁の外に居るはずです。今すぐにでも呼び戻さなければ」

「そうは言っても、彼らがどこにいるかがわからん。シャリスはどこか心当たりがあるか?」

「はい。事前の打ち合わせで、彼らは南門の守備に就くことになっています」

「南門だと!」


 なぜか陛下が驚きの声をあげる。


「ふはははは。ならば、もう生きてはいないだろう」


 そう告げたのは、全身を縛り上げられたサザーラ侯爵だった。


「南門は最も警備が薄かった。そこに1000の魔獣と私の部下が攻め込んでいる。当然、召喚石を持った部下たちだ。Aランクの魔獣も複数いる。それを、少数の部隊でどれほど足止めができたかな?間も無く城門を破って王都になだれ込んでいるのではないかな。ふっはっはははは」


 どうしよう。ものすごくぶん殴りたい。


「サザーラの言う通り、南門には魔獣が迫っていると報告を受けた。周辺の部隊を援軍に回したが、どれだけの兵が無事でいるか」


 申し訳なさそうにうなだれる陛下を見て、疑問が浮かんでしまう。たかが1000の魔物で、彼らがどうにかなる?いや、無いでしょ。だって彼らは、その倍の数だって余裕で殲滅したんだから。


「では、私が彼らを迎えに行ってまいります。リクスには、彼らの力が必要ですから」

「迎えに、とは?」

「おそらく魔獣は殲滅しているでしょう。早くリクスと合流してもらうよう、伝えてまいります」

「1000の魔獣を100に満たない兵がか?」

「ええ、問題無いかと。では、失礼いたします」


 陛下と三公に頭を下げて、天幕を後にした。


 残された大人たちは、ポカンとしたままシャリスを見送ることしかできなかった。



「それで?シャリス嬢は一人で行くつもりなのか」


 騎士団から一頭の馬を借りて跨ろうとしていたところに、声をかけられた。ギース・ヴィオ・ハディル子爵令息。


 一応協力関係ではあるけれど、最終的には彼はアタシの敵になるだろう。だって、フェルス公爵家がリクスを狙っているんだから、そこの子飼いの令息が味方なんてあり得ない。


 それでも、今現在においては、目的は同じはずだ。


「ギース様は、どれだけ戦力になっていただけるのかしら?」

「シャリス嬢の護衛くらいなら、余裕だろうさ」


 そう言って、ギースは両脇に差した2本のショートソードの柄に手をかけた。その仕草だけで、彼の力量を測ることは出来ないけど、この場面で姿を現すくらいだから、本当にアタシの護衛くらいならできるんだろう。


 改めて馬に跨って、南門に向かって走り出した。先頭はアタシ。後方はギースだ。


「シャリス嬢、敵だ。止まれ」


 後ろから声をかけられて、慌てて手綱を引く。まだ門にたどり着くには少しあるが、王都の南部地区にはすでに火の手が上がっていた。幸いなことは、この場に王都の住民がいなかったことだろう。


 南部地区は、主に露天商が商売をするための広場だったためか、避難が早かったらしい。眼前で燃えているのは、貸し出し用の露天商用のテントばかりだった。


 燃え盛るテントの一つが崩れ落ちると、その後ろに立っていた者たちの姿があらわになった。


「おやおや、誰かと思えば殿下に捨てられたシャリス嬢ではありませんか」


 アタシを見下すように笑いながらそう告げたのは、リクスとの決闘で負け、学院を退学になったクライスだった。その後ろには、同じく退学になったボルドと、学院を解雇されたサザーラ教員の姿があった。


「随分と落ちぶれましたね、クライス様。将来は殿下の側近となるはずだったあなたが、今では野盗などと」


 相手になめられないように、こちらも笑みを浮かべながら言葉を返す。どうやらかなり効果があったようで、悔しそうに歯を食いしばりながらこちらを睨み付けてくる。


 上級貴族であるくせに、随分と煽り耐性が低いようだ。こんなのでよく殿下の隣にいられたものだと感心してしまう。


「下級貴族に殿下をとられた女が生意気な。貴様など、魔獣のエサになるのがお似合いだ」


 そう言いながら、クライスは勝ち誇った笑みを浮かべる。後ろの2人も同じように気味の悪い笑みを浮かべているので、思わず魔法を顔面に叩き込みたくなるのをぐっと堪える。


「ここは堅牢な城壁に囲まれた王都ですわ。こんなところで、どうやって魔獣のエサになれと?」

「教えてやる。こうやってだよ!」


 クライスは懐に手を入れて黒い塊を取り出した。おそらくは召喚石だろう。彼は高々とそれを掲げてこちらに見せつけると、一息に地面に叩きつけようとする。


「あはははっぎゃあ!」


 しかしそれは叶わず。召喚石を握った手は、肘から先と共に地面へと転がることになった。ちょっとだけ刺激的な映像で、悲鳴が出そうだったけどぐっと堪えた。


「んで?このチンピラはどうしたらいいんですかい、奥様?」


 だって、彼らの後ろには、もっと衝撃的な風体の人たちが立っていたんだから。

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