1-32

 曲の演奏が終わり、観客に向かって頭を下げる。


 全ての音が一瞬消え去り、その後にパラパラと拍手が聞こえてきた。つられるようにその音は徐々に大きさを増し、歓声へと変わっていく。


「ブラボーーー!」


 なんか号泣しながら叫んでいるおっさんがいるのだが、あの人は大丈夫なのだろうか?


「あの人がベイリント公爵よ」


 ぼそりと隣でシャリスがつぶやく。


 あのおっさんがシャリスを鎖でつないでいた司法刑務所の長だっていうの?後で文句の一つも言ってやろうと思っていたんだけど、なんだか関わってはいけない人のような気がする。


 特にシャリスを見る目がやばい。シャリスも先ほどから両手で体を抱えるようにしている。悪寒でも走ったのだろうか?まるでシャリスを盲信しているような目だ。


 そんなちょっと怖い客から視線をそらすように、会場の様子を眺める。


 訓練場の中にいる人の多くが拍手を送ってくれている。フォーリーズ領の演奏会でもこれほどの人に見られながら演奏したことがなかったので、すごく気分が良いです!


 自分たちの演奏を大勢の人に聞いてもらうっていうのは、やっぱり楽しいな。


 って、そうじゃない。敵が仕掛けてくるのであれば、おそらくこのタイミングだろうと思っていたのだが、動かないのかな?


 気分が良いから、続けて後2、3曲やっちゃうよ?


「だ、脱獄だ!あの犯罪者を捕らえろ!」


 チッ!せっかく次の曲を準備しようと思っていたら、邪魔が入りやがった。


「すいませ~ん。後3曲くらいやりたいんで、ちょっと待ってもらえますか~?」


 声がした方に向かって、そう声をかける。はぁ、とっとと次の曲に移っていれば良かったよ。


「ふざけるな!犯罪者を庇うというのなら、貴様も同罪だ!大体、このような怪しげな儀式、続けさせるわけが無いだろう!」


 声の方に視線をやると、案の定学院理事のサザーラ侯爵がいた。


「怪しげな儀式?具体的にはどこが怪しげだったでしょう。後学のためにお教え願いたい」

「知っているぞ!今の儀式で、魔物を呼び寄せたのだろう」

「はて、どこにも魔獣はおりませんが?」

「い、今部下を調査にやっている。すぐに魔獣の群れが発見されるはずだ」


 そこで、サザーラの元に一人の学院警備隊員が駆け寄ってくる。どうやら何かしらの情報を耳打ちしたらしく、それを聞いてにんまりと気色の悪い笑みを浮かべた。


「ふ、ふっはっははは。今南門より報告があった。門の外より、大量の魔物が南門を目指しているそうだ」


 あ~あ。南門の外に魔獣を召喚しちゃったんだ。それはご愁傷様だな。


「魔獣は1000を超える。まさにスタンピードだな。今の邪法で引き起こしたのだろう?認めよ!」


 本当にスタンピードが引き起こされたのだったら、どうしてサザーラ侯爵は余裕で笑っていられるのだろうか。


 訓練場にいる人たちは、それを聞いて青い顔で恐怖の表情を浮かべているというのに。


「さあ、兵たちよ。その者らを捕らえ・・・・・・」

「トーン・ヴィオ・サザーラ。国王陛下に忠誠捧げし兵たちを、勝手に動かすとは何事か!」

「だ、誰だ・・・・・・あ」


 サザーラ侯爵の言葉を遮るように、怒声が響き渡る。そちらへ視線を向けた侯爵は、なぜか硬直してぷるぷる震えている。


 どういったご関係なのかは存じ上げないが、シャリスの信者。もとい、ベイリント公爵はものすごい勢いでサザーラ侯爵を睨み付けていた。


「義兄上。こ、これは正義のためにございます。じ、事実こやつらの邪法によって、スタンピードが・・・・・・」

「黙れ!あれほどまでに素晴らしい催しが、邪法であるはずがない。大体、この催しが、訓練場の外に影響を与えることは絶対に無いのだ!」


 なぜかいきなり核心を突いた発言をするベイリント公爵。自分でサザーラ侯爵を追い詰めたかったシャリスは、隣で不満顔をしている。


「影響を与えない?」

「事前に邪法だの魔獣を操るだのという話を聞いて、なんの手配もしないわけが無いだろうが、この馬鹿者が!国王陛下も御座すのだ。王宮魔道士を総動員して、何重にも結界を構築している。音はおろか、内部から魔力の一切を外に出すことは無い!」


 それはシャリスの提案だった。この事実を隠したまま演奏会を行い、外でスタンピードが起こっても、それはこちらの責任ではありません、と言える。もちろんこの事実は三大公爵と王族の皆さんには口外しないように念を押して公表している。


 ベイリント公爵には伝えるか悩んだが、ギースの判断で伝えることにした。


 結果として、ネタバレを持って行かれてしまったわけだけども。


「ぐぬぬ、アタシが言いたかったのにぃ」

「ほ、ほら。まだスタンピードの原因が残ってるだろ」

「そ、そうね。そっちで追い詰めてやるわ!」


 青い顔でぷるぷる震えているサザーラ侯爵を見ながら、シャリスはぐっと拳を握りしめる。


「で、ですが、実際にスタンピードは起こりました。こやつらが邪法を終えた瞬間にです!結界であっても、邪法を全て防げたとは限りますまい」


 お!ここだ、このタイミングだぞシャリス!


「それは・・・・・・」

「それは、誰かがシャリス様たちを陥れようとしたからではないのか!」


 シャリスの声を遮るように、再び怒声があがる。ベイリント公爵である。


 ベイリント公爵、なんでシャリスのこと様付けで呼んでるの。シャリスに敬意を払ってくれるのは良いけど、そのシャリス様はかなりお怒りだよ?


「だ、誰かとは、だ、誰のことでしょうか?」


 よし、ここがラストチャンスだ!頑張れシャリス!


「それなら・・・・・・」

「誰が犯人なのかはわかっているよ」


 あぁ、今度は別の人に持って行かれたぁ。


「ま、まだチャンスは・・・・・・あると良いな」

「ぐぬぬ・・・・・・」


どこかで見たことがあるような気がする青年が、何かを掲げながら立ち上がった。エンディール公爵やベイリント公爵の近くに居るってことは、あの人が3人目の公爵様なのかな。


つまりギースが仕えている、今回の協力者だ。と言うことは、あの手に持っている物は、『アレ』なんだろうな。


「これが何かわかるかな、サザーラ侯爵?」

「い、いえ。一体なにやら・・・・・・」

「わからないのかい?キミが数週間前から隣国で買い漁っていた『召喚石』だよ。自分で大金をはたいて買った物くらい、しっかりと覚えておかないとお金がかわいそうじゃないか」

「な、なぜそれが私の物だと?」

「だってこれ、キミの家から持ってきた物だもん」

「バカな!屋敷の物は全て部下たちに渡して・・・・・・」

「へぇ~、部下に渡したんだ~。それで?その部下たちが南門の外で魔獣を召喚したってことかな?」


 あまりの決定打に、サザーラ侯爵は膝から崩れ落ちる。そして俺の隣では、シャリスが地団駄を踏み始めた。


「トーン・ヴィオ・サザーラ!司法省長官であるジール・ヴィオ・ベイリントの名において、貴様を逮捕する。陛下、この場にいる兵をお借りする無礼、お許しください」

「構わん。とっととあやつを連れて行け。私は早く、こんさあとの続きが聞きたい」

「同感でございます。取り調べはこんさあとの後と致しましょう。警備隊、速やかに罪人を拘束し、刑務所で鎖にでもつないでおけ!」


 あっという間に警察隊に取り囲まれてしまったサザーラ侯爵。


 おいしいところは何一つ無いまま解決してしまったことに、シャリスは大層ご不満なようだ。俺としては、危険なことも無くことがすんでほっとしているんだけど。


「大人しくしろ!」

「平民ごときが私に触れるな!このまま終わってなるものか。この場にいる全員を殺して、全て無かったことにしてくれるわ」


 サザーラ侯爵の叫び声が響き渡った直後、俺たちの足下で何かが割れるような音が聞こえた。


 そこには、禍々しく漆黒の渦が溢れ出した、一つの石が落ちていた。






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