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なぜベイリント家の当主たる私がこのような怪しげな催しに参加しているのか。
それはもちろん、エンディール家の不正を暴くためだ。
国王陛下がご出席なさらなければ、裏で司法省の調査員と共に監視をしようと思ったが、致し方無い。直接エンディール公の動向を観察してやろう。
しかし、なんなのだあの怪しげな道具の数々は!
ステージの中央では、手に持った道具の先を咥える者や、細い糸のついた道具を別の道具でなぞるように動かしている者、何かの皮が張られた道具をハンマーのような道具で叩く者など、三者三様の動きをしていた。
共通していたのは、その全てから音が聞こえてきたことだろうか。同じ道具を持つ者同士が、音を合わせているように見えた。
「エンディール公、あれは何をしておるのだ?」
目の前で行われている行為に危機感を覚えるどころか、興味津々と言った様子で国王が声をあげる。
「あれは、音合わせ、というものらしい。よく見ると、同じ道具を持つ者同士が列になっているだろう?列ごとに部隊が割り振られていて、部隊ごとに決められた音を出さなければならんそうだ。少しでも音の高さがズレないように、調整をしているわけだな」
「ほほう。『音楽』とやらは、随分と神経を使うもののようだな」
「軍隊と同じように、彼らもまた部隊の一員だ。一流の指揮をする者に従えば、そこまで神経を使わんだろう」
そう言いながら、エンディール公爵は舞台の下から様子を眺めている一人の少年を指差した。
「あれがリクス・ヴィオ・フォーリーズか」
「へぇ~、婿殿は随分と立派に成長したようですね。ははは、私も歳をとるわけだ」
「フェルス公は本当に歳を重ねておるのか?いつ見ても姿が変わらんのだが」
歳をとるだと?私は日々頭頂部が寂しくなっていくというのに、いまだ20代と言っても通りそうな容姿をしやがって、何が歳をとるだ。
この男も十分に怪しい。邪神の力で不老にでもなっているのではないだろうか。
いやいや。それよりも、フェルス公は数日前から司法省に圧力をかけている。このタイミングでの圧力となれば、エンディール公の息女、シャリスの釈放か処刑の時期を早めさせるかのどちらかだろう。
シャリスの釈放が目的であれば、エンディール公とつながっている可能性は十分にある。
軍務のエンディールと商業のフェルスの派閥は、常に不干渉を貫いてきた。軍備の補給などでやり取りはあるだろうが、それだけのはず。
ここにきて、なぜシャリスを助け出すために手を貸すのか。
両家が邪神崇拝者の関係者だからではないか?
妹が嫁いだサザーラ侯爵家からの報告では、今舞台上にいる連中がエンディール公爵領で怪しげな儀式を行い、人工的にスタンピードを誘発したと報告が来ている。
確たる証拠が無いため、捕らえるには至れない。
「王都周辺に変化は無いか?」
「ございません」
側付きとして同行させている司法省の諜報員に耳打ちをし、報告を受ける。
ここに来る前に、王都周辺でスタンピードの予兆が無いか確認できるよう、数十人規模で諜報員を投入しているが、今のところ不審な状況は無いようだ。
「ベイリント公、そろそろ何か始まるようだぞ」
「申し訳ありません、陛下」
陛下の言葉で、改めて舞台に視線を向ける。
そこには、先ほどまで『おとあわせ』なるものをしていた男たちが背筋を伸ばし、一点を見つめていた。
視線の先には、一人の少年がいる。
リクス・ヴィオ・フォーリーズ。邪法を操ると噂される、フォーリーズ辺境伯家の次男坊。
リクスは優雅な足取りで歩を進めると、隊列の中央で足を止めた。
その場所は、数週間前に彼が決闘で戦い、天井に大穴を開けたところであった。
月の光が、まるで彼を照らし出すように差し込んでいる。
彼は一度天井に視線を向けると、なぜか苦笑した?決闘のことでも思い出しているのだろうか。
その後に部隊をぐるりと確認すると、細い棒状の道具を構えて動きを止める。
「月光」
彼は一言そう言うと、持っていた棒を天井に向かって振り上げる。
「~~~♪」
その瞬間に、天井から声が聞こえた。その場にいた来賓の全てが天井に視線を向けると、上空から一人の少女が舞い降りた。
まるで神々が降臨するがごとく。
純白のドレスに身を包んだ、銀髪の美しい少女が。
美しい声をあげながら登場したのだ。
リクスは天から舞い降りる少女を抱き留めて地上に降ろした後、再び男たちに向かって棒を振り上げる。
その瞬間に、全身に鳥肌がたつ。
先ほどまでバラバラに音をあげていた道具たちが、一つの意思を持ったように重厚な音を鳴らし始めたのだ。
その壮観さに、その迫力に、私の細胞の一つ一つが歓喜の衝撃を受けている。音の波に、全身が飲み込まれていくようだ。
なんなのだこれは!
これが邪法?
こんなにも神聖な光景を、私は初めて見たぞ。これを聞いて魔物がスタンピードを起こすだと?誰だそんなことを言ったバカ者は!
そして、少女の声も素晴らしい。
壮大な音の波に飲み込まれること無く、自らの声を引き立たせる道具のように扱っている。いや、道具の音と彼女の声が合わさって、この音は完成したのだろう。
私の心は、徐々に音の波に飲み込まれていく。もっと深く、全身でこの音を感じてみたい。
気が付けば、私は舞台から目を離す事が出来なくなっていた。
少年の振る棒に合わせて音の流れが統一され、変化していく様を。
彼こそが、この空間を支配している。
そして、銀髪の少女こそが、この舞台での主役に他ならない。
どこかで見たことがあるような気もするが、今はそれどころではなかった。音の波と月光に照らし出される彼女こそが、天の御使いであろう。
しばらくの後、少年が棒を持たない手を天に掲げ、くるりと回すように手を閉じると、壮大な音の波は一瞬にして消えて行った。
少年はこちらに振り向き、天の御使い様のお手をとると、二人で礼をした。
「ブラボーーーー!」
叫ばずにはいられなかった。
気づけば手がしびれるほどに強い力で拍手をし、何度も何度も大声で称賛を送っていた。
まさか、この歳になって涙を流すことがあろうとはな。
そう思いながら隣に視線を向けると、陛下やフェルス公も立ち上がって拍手を送っている。
そして、エンディール公は少女を見つめながら大粒の涙を流していた。
ふふふ。今まで政治的には常に敵対派閥であったのに、まさか同志となれるとはな。
「シャリス、素晴らしかった。いや、ぶじでよがっだ~!」
あの御使い様はシャリス様と言うのか?さすが我が同志エンディール公。もう御名まで知っているとは。
「大変素晴らしかったですな。エンディール公」
「ああ、ああ。ありがとう、ベイリント公。シャリスの無罪を証明し、釈放してくれたのだな。ありがどう~~!」
「は?無罪?釈放?一体何の話を・・・・・・」
訳が分からずきょろきょろしていると、フェルス公と目が合った。彼は苦笑いをしながら懐から一枚の書状を取り出して、こちらに差し出してきた。
「お読みください、ベイリント公」
「はあ、これは・・・・・・なんだと!」
その書類には、エリファ・ヴィラ・レティス嬢傷害事件の追加情報が記されていた。
『エリファ・ヴィラ・レティスが使用していた結界の魔道具は、魔法を増幅する魔道具にすり替えられていた。シャリス・ヴィラ・エンディールが使用した炎魔法は、魔道具の力により意図的に増幅され、エリファ・ヴィラ・レティスに傷害を与えることとなったと考えられる。ついては、シャリス・ヴィラ・エンディールを無罪とし、即刻釈放するものとする』
シャリスは、いや、シャリス様は何者かに嵌められた。王国の至宝と言っても過言では無いシャリス様を陥れようとは!
このジール・ヴィオ・ベイリント。決して許しはしないぞ!
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