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 その日、ベイリーン王立学院は厳重な警備が敷かれていた。


 学院の周囲は王都騎士団が隙間無く取り囲み、学院の内部は警察隊が所狭しと巡回を繰り返す。


 ここまで厳重な警備体制が敷かれたのには、いくつかの理由があった。


 本日の夕刻に国王陛下を始め、第一王妃、第二王妃、第二王子が学院を訪問する。


 さらに、エンディール公爵、フェルス公爵、ベインリント公爵の三大公爵の訪問もあるという。


 国家の重要人物が勢ぞろいするとあって、学院側だけでは警備体制が間に合わないと、騎士団や警察隊に応援を要請した形だ。


 そして、その重要人物たちの目的は、訓練場で行われるという、ある催し物にあった。


『フォーリーズ辺境楽団特別コンサート』


 3日前より告知があり、急遽開催されることになったコンサートという催しは、重要人物が一堂に会するという知らせを受けるまで、学院の生徒から危険視されていた。


 曰く、魔獣を大量に召喚するための儀式。


 曰く、邪神復活を目論む邪神崇拝者の集会。


 曰く、婚約者を処刑された恨みから王都の破壊を行おうとしている。


 学院の生徒の間では、様々な噂が流れていた。


 エンディール公爵家派閥の貴族子息、子女が宣伝していたこともあり、シャリス・ヴィラ・エンディールが捕らえられ、処刑されることに対する報復なのではないかと、確信を持つ生徒もいた。


 その風向きが変わったのは、エンディール公爵だけでは無く、フェルス公爵もコンサートを視察すると表明したあたりからだった。


 三大公爵のうち二家が出席することもあり、王家もコンサートに出席することになった。そして、三大公爵家のうち他の公爵家が出席し、王族まで足を運ぶというのに、自分だけ参加しないわけにはいかなくなったベインリント公爵も出席を表明。


 最上位の貴族家が出席するのに、自分たちが参加しない訳にはいかないと、学院生たちや教員たちも参加することになったのだ。




 そして現在。


訓練場に設けられた貴賓席には、王族と三大公爵が横並びに座り、その周囲を近衛騎士が守護していた。


「陛下、なぜこのような怪しげな催しに参加などと。ご自分のお立場をご理解くださいませ」


 恰幅の良い白髪の中年男性が、ハンカチで汗を拭いながらそう言った。


 その言葉を受けて、ハニーゴールドの髪に青い瞳を持つ男性がニカッと歯を見せて笑った。


「王族なんぞただのお飾りだ。することも無く王城に居るくらいであれば、たまには臣下の頼みを聞いてやっても良いだろう?」


 陛下と呼ばれた男性がそう言って高笑いをあげる様を見て、ブロンド髪の中年男性、ベインリント公爵はため息を吐いた。


「お戯れを。陛下がお飾りであれば、我々貴族はなんとしましょう?」

「飾りを奪い合う蛮人であろうよ。もちろん、俺には飾りなんぞ興味はないがな」


 エンディール公爵は、ベインリント公爵を睨み付けながらそう告げる。


「おやおや。どれだけ私を脅したところで、ご息女は解放されませんぞ?人は法の下に平等。軍事力ではどうすることもできますまい」

「ほほぉう。では、軍事力しか持たぬ俺が、その力をもって司法刑務所を破壊しても構わんのだぞ」

「エンディール公爵、言葉を選んでください。ベインリント公爵も、あまり煽らないでくださいね。血を流す争いなど、銅貨1枚の足しにもなりませんよ?」


 二人の間に割って入ったのは、金髪の青年であった。ニコニコと笑顔を張り付けてはいるが、その実目だけは全く笑っていない。


「一番のタヌキが、ぬかしよる」

「そういえばフェルス公爵。最近司法省に頻繁に顔を出してらっしゃると聞きましたが?」

「ああ、御耳の速い。さすがはこの国の司法を司るベインリント公ですね。ちょっと娘にお使いを頼まれましてね」


 金髪の青年。フェルス公爵は恥ずかしそうに頬を掻きながらそう言うと、視線をエンディール公爵へと移した。


「時にエンディール公。リクスくんを婿に迎えるおつもりで?」

「リクス殿には大恩がある。彼がそう望むのであれば、次期エンディール公爵として迎えてやりたかったのだが・・・・・・」


 言いかけて、エンディール公爵はがっくりと肩を落としてうなだれてしまう。シャリスの婿に迎えようにも、当の本人が投獄され、いつ処刑されるともわからない身なのだ。


「これは失礼いたしました。ですがね、エンディール公。リクスくんとの縁は、我が家の方が先に結んでいるのですよ?」

「それは、なんの冗談ですかな?」


 信じられないとばかりに、ベインリント公爵も話に割って入る。


「おや、ご存じありませんか?もう10年も前から、フェルス家とフォーリーズ家は縁を結ぶ準備をしておりました。それを横からかっさらおうとしたのは、どこのどなたでしょうな?」

「シャリスを盗人のように言うのは許せんぞ!そちらこそ、何か妄想と現実がごちゃ混ぜになっているのではあるまいな!」


 エンディール公爵は立ち上がると、鋭い視線でフェルス公爵を睨み付ける。


「3人とも、いい加減にせんか。大体、シャリス嬢はまだうちの愚息の婚約者であろうよ」

「ふざけるな。お前の息子は公衆の面前でシャリスに恥をかかせたんだぞ!それなのにまだ婚約者だと?とっとと婚約解消の手続きを進めないか!」

「それは申し訳ないと思うがな。エンディール家の後ろ盾が無ければ、エヴァンは国王にはなれん」

「公爵家の後ろ盾が必要なら、フェルス公の息女でも娶ればよかろう!」

「はっはっは。うちの娘は一途でねぇ。今さら殿下の婚約者なんて無理さ」

「なら、エヴァン殿下は降家してご執心な子爵家にでも婿入りすればよかろう」

「降家といっても、さすがに下級貴族家には婿入りさせられないだろう。それに、後継を変えれば国が荒れる」

「すでに十分荒れているだろうが!あんなクソガキが国王となるのであれば、国などすぐに立ちいかなくなるぞ」

「一応、政治的手腕は優秀なんだがな」

「政治的手腕が優秀ならば、婚約破棄なんぞせんわ!」


 ばつが悪そうに、国王は頭を掻きながら苦笑する。


「そんなことよりも、まもなく始まるようですよ?」


 しばらく静観していたベイリント公爵が、闘技場の中央にあるステージを指差しながら言った。


 ベイリント公爵が指す先には、大小さまざまな大きさと形をした道具を持った男たちが、来賓席があるこちら側を向きながら、半円状に整列して椅子に腰かけていく。


「あんな怪しげな道具を大量に持ち込んで、本当に邪神を呼び出そうとしているのでは?」


 見たことの無い道具を手にした集団を前に、ベインリント公爵は疑惑の目を向けていた。





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