1-43


 王都を襲うはずだった厄災は、最小限で食い止められた。


 王都南門周辺では1000を越える魔獣が襲撃したこともあり、近隣の街道に多少の被害を与えたが、南門には傷一つ無く、門番にも死者は出なかった。問題があるとすれば、近隣の魔獣が刈り尽くされたことにより、冒険者の仕事が減ったぐらいだった。


また、サザーラ侯爵家の子息とショリーシャ家の子息が放火して回った露天商地区は、迅速に消火活動が行われたため、翌日にはすでに露天商売が再開されていた。


これらの事件を最小限に留めることができたのは、催しのためにたまたまフォーリーズ辺境伯領から出てきた領兵と、その兵を率いたシャリス・ヴィラ・エンディール公爵令嬢の活躍による物だったと大々的に広められた。


数日前まで罪人として捉えられていたシャリス嬢であったが、司法省は正式に誤認逮捕であったと認め、ベイリント公爵が謝罪をし、エリファ・ヴィラ・レティス子爵令嬢への傷害事件に対する再調査が行われた。


この調査により、ベイリーン王立学院に在職していた複数のサザーラ侯爵派の教員が教材をすり替えていたことが判明。実行犯の教員は投獄され、関与が疑われたサザーラ侯爵派の教員たちは全員がその職を失うこととなった。


サザーラ侯爵自身は、召喚石を使用したことにより爵位を剥奪。現在は大量の召喚石をどのように入手したのか取り調べを受けている。その後は囚人としてへき地で死ぬまで重労働を課せられることとなる。


学院理事であったサザーラ侯爵をはじめ、派閥の教員全員を追放したため、学院では職員不足が深刻化すると思われたが、予てより学院長が計画していた平民出身の教員を採用することによって人材不足は起こらなかった。


学院に通う生徒の中には、未だに貴族至上主義を掲げる者がいるため、今後の衝突が問題視されているが、貴族至上主義の筆頭であったサザーラ侯爵が失脚したことにより、しばらくは大きな騒ぎは起こらないだろう。


サザーラ侯爵が漆黒のドラゴンを召喚したことによって被害を受けた訓練場は、現在急ピッチで改修工事が行われている。


 全ては丸く収まりかけているのだが・・・・・・


「だから、シャリス嬢にはエヴァンに嫁いでもらわねば困る!」

「絶対にダメだ!そもそも婚約破棄を言い出したのはエヴァン王子だろうが」


 シャリスの婚約問題だけが、未だに解決していなかった。


 結局のところ、第一王子がパーティ会場で行った婚約破棄は口頭でしただけ。言っただけなのだ。貴族の、それも上級貴族と王族の婚約は家同士でしっかりと書面に書き留めて行われるため、破棄するにも正式な手続きが必要になる。


 改めてエンディール公爵が国王と婚約の破棄を行おうとしているわけなのだが、いつまで経っても平行線で、いつしか怒鳴り合う始末だ。


 これがこの国の頂点かと思うと、頭が痛くなるな。


「エンディール家の後押しが無ければエヴァンは王位に着けん。即位できたとしても、必ず反発が起こる」

「そんなの知ったことか!シャリスに恥をかかせ、傷つけたクソガキなんぞ国王になる資格など無い!」


 なんで国王陛下がここまで食い下がっているのかと言うと、第一王妃様との間に生まれた男子が第一王子だけだからなんだそうだ。


 第一王妃様はベイリーン王国の侯爵家出身だが、第二王妃様、第三王妃様はどちらも隣国の王族出身だとか。


 国外からの影響力を強めたくない国王は、どうしても第一王子を次期国王にしたいらしい。


「国内で内乱が起こるかもしれんぞ。隣国が政治に口出しして来るかも知れんぞ。国軍の仕事が増えるが、良いのか」

「だったら将軍の地位は返上する。それなら文句ないだろ!」

「大ありだ!お前が将軍辞めたら次誰がやるんだよ」

「辞めた後のことなんか知らん。俺はエンディール領で楽しく暮らす!」


 現在の王国は、三大公爵家が軍事、司法、経済でそれぞれトップに立っている。また、数ある派閥のほとんどが元をたどればどれかの公爵家の派閥になるため、三大公爵家のどこかと縁戚になることは、王家にとって重要だった。


 司法の長を務めるベイリント公爵には、第一王子と年の近い令嬢はいない。


 経済で幅を利かせているフェルス公爵には第一王子と同い年、つまり俺と同い年の令嬢がいるらしいが、一人娘であり、婿養子を迎えなければお家の存続が難しくなる。


 だからこそのシャリスらしいんだけど、今までのことを考えれば無理だよね。


「第二王子は優秀だと聞いている。第三王妃の出身国も、我が国を同行できる力は無いだろう?」

「じゃあ、シャリス嬢を嫁にくれるのか?」

「・・・・・・無理だ」

「はぁ、わかった。シャリス嬢を次期王妃に、とはもう言わん。だがせめて、エヴァンの後ろ盾にはなって欲しい」

「それこそ、他の公爵家に頼めばいいだろう。なんで婚約破棄された家が後ろ盾に着くんだ。聡明なベイリント公なら後ろ盾くらい引き受けてくれるだろう?」

「先日頼んでみたんだが、『この国の至宝であるシャリス様に無礼を働いた輩の後ろ盾になれと?そんなものより私は、シャリス様のふぁんくらぶというものを立ち上げるのに忙しいのです』と言われてな」


 ベイリント公爵主導でシャリスのファンクラブができるらしい。


 この間のコンサートを気に入ってくれたということだろう。


「もうエヴァン王子はあきらめろ。第二王子であれば、うちもベイリント公も後ろ盾となれるだろう」

「うぐぐ。エヴァンが国王となれなければ、第一王妃になんと言われるか」


 こうして、第一王子は王太子から降ろされることとなった。もしエリファ嬢と結婚したければ、王族の位を返上して子爵家へ婿養子しなければならないそうだ。


 さて、問題も片付いたし、これで俺も帰って良いよね。


「では、王都を救ってくれたリクス・ヴィオ・フォーリーズへの報奨の話に移ろう」

「はあ」


 全然帰っちゃダメだった。そもそもさっきの罵り合いに俺がいる必要あったかな?絶対俺が知る必要のない話まで聞かされちゃったんだけど、それって大丈夫なわけ?


「リクス・ヴィオ・フォーリーズ。貴殿はフォーリーズ辺境伯家の次男であったな。家督は兄が継ぐのであろう?であれば、貴殿には第一王女を妻とし、公爵の位を与えようと思うがどうだ?」


 どうだって言われても、なんで会ったことも無いお姫様を妻にもらったうえ、公爵位までもらわなきゃいけないんだよ。


「ちょっと待ったー!」


 バン!と物凄い音を立てて応接室の扉が開くと、フェルス公爵が無遠慮に入室してきた。


「リクスくんは王女など娶らずとも、我がフェルス公爵家を継承させるので必要がありません」

「何言ってやがる!リクス殿はシャリスと結婚してエンディール家を継いだ方が幸せに決まってんだろうが!」


 こうして、大人たちの新たな戦いは幕をあげるのであった。



 結局、その日の話し合いでまとまったのは、シャリスと第一王子の婚約が正式に破棄されるということだけだった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る