1-42
「剣部隊、魔法部隊は現状の攻撃を継続。大盾部隊は魔法部隊の警護に回れ。精鋭部隊、ドラゴンの攻撃をこちらに近づけるな」
「「「おお!」」」
戦線を維持しながら、楽隊の準備を進めなければならない。次の曲は『親愛』だ。この楽隊が最も慣れ親しんだ曲。普通に演奏すれば、そこまで難しい楽曲ではないのだが・・・・・・
「いや~、神様が変なこと聞くから~!」
メインを任せるシャリスが、先ほどから両手で顔を押さえながらピョンピョンと跳ね回っている。
正直、他の歌い手たちはコーラスをするのが精一杯といった状態なので、シャリスに主旋律を歌ってもらうしかない。
じじいの話ではシャリスが歌わなければ俺の魔力制御が出来ないらしいし、代わりはいないだろう。
「本当に9割9分成功するんだろうな?」
『ワシが思ったより、子どもじゃったのう。まあ、歌い出せば問題無いじゃろ』
それで失敗したら王都崩壊とか、全く笑えなんですが?
「楽隊のみんな、疲れているところ悪いが、もう一曲頼むよ。主旋律はシャリスに、歌い手のみんなは可能な限りシャリスの補助を頼む。野郎どもはいつも通りだ」
「「「はい!」」」
「シャリス、時間が無い。しっかりしてくれ」
「ううぅ~、だって~」
いつの間にか頭を抱えてうずくまっているシャリスの横に立つ。いきなり重責を負わされて混乱するのはわかるが、しっかりしてもらわなければならない。
「シャリス、キミじゃなければダメなんだ。俺にはキミの歌が必要なんだ。だから頼む。歌ってくれ」
「・・・・・・」
無言で見つめてくるシャリス。潤んだ瞳で、なぜか恨めしそうな視線だ。
仕方が無いので彼女の頭を軽く撫でてから、手を貸して立ち上がらせる。
「リクス、言っておくけど、アタシはあなたの婚約者なの。だからあなたを支えてあげるんだからね」
「ん?うん」
「それに、あの化け物をここで倒さなければ多くの民が犠牲になる。だからこれは、上級貴族の役目でもあるわ」
「そうだな」
「だ、だから!深く考えたりしないで、アタシをしっかり受け入れてよね」
「わかったよ」
何が言いたいのかは全くわからなかったけど、そう答えなければならないのはわかった。
「それじゃあみんな、始めよう。俺が魔力を制御できるまでは、シャリスのリードに合わせてくれ」
「「「はい!」」」
全員が配置につく。楽隊は半円状に並び、それと向かい合うように俺とシャリスが並んで立った。
シャリスに目配せすると、彼女は小さく頷いて、軽く息を吸った。
シャリスの独唱から、『親愛』は始まる。ゆっくりとしたテンポで旋律が紡がれ、そこにコーラスが一つずつ積み重ねられていく。
『よいか?音が一つ増えるごとに、ゆっくりと自身の魔力を解放しろ』
そう言われて、体内から少しずつ魔力を外に流れ出していく。
『シャリスの声を聞きながら、ゆっくりとイメージしろ。誰にどのような強化を行いたいのか』
戦場に視線を向ける。ドラゴンの攻撃を寸前で躱しながら反撃を繰り返している剣部隊には速度強化が必要だ。
後方で魔法を詠唱している魔法部隊には魔法攻撃の強化を。彼らを護っている大盾部隊には防御力の強化が必要だ。
そう考えると、体からするりと魔力が抜けていき、シャリスの歌声に運ばれるように七色の光が戦闘部隊の兵たちに運ばれていく。
『もっと深くシャリスの声に集中しろ。まだまだ魔力は絞り出せるはずじゃ』
楽器の音が積み重なれていくのに合わせるように、体内からさらに魔力を放出していく。
いつもなら制御を離れて暴発してしまいそうな魔力が、俺のイメージ通りに流れ出し、兵たちの体に光を灯していった。
魔力が体から抜け出し居ているはずなのに、胸はどこかポカポカしたように、温かい気持ちになっていった。
『さあリクスよ、お主の兵に魔力を渡せ』
体の奥底で、閉じ込めていた魔力が徐々に浮き上がってくる。いや、シャリスの歌声によって引き上げられているような感覚だ。
その魔力に自分の気持ちを込めて行く。
大切な仲間たちが無事に帰ってくるように。
王都に住む多くの人を護れるように。
シャリスによって後押しされたこの気持ちが、魔力として兵たちに届けられる。
それとは別に、俺の心に何かが入り込んでくる感覚があった。
「あの時、アタシの手を取ってくれた。すごく嬉しかったよ」
「一緒に食べたランチ、すごくおいしかった。今度は放課後に、町でスイーツでも食べに行きましょ」
「シリウスを、そして、エンディール領を救ってくれてありがとう」
「投獄されたアタシを見捨てないでくれた。危険を冒してまで助けに来てくれてありがとう」
「婚約破棄された令嬢の、アタシなんかと一緒に居てくれて、本当にありがとう」
「アタシは、あなたのことが大好きだよ」
溢れ出した気持ちが。
温かい気持ちが。
体の隅々まで行き渡り、今まで上手く循環していなかった膨大な魔力が正しい形で表出していくようだ。
『リクス、いけるな?』
「ああ」
小さく頷きながらシャリスに視線を向けると、それに気づいた彼女ははにかんだように微笑みながら手を差し出してきた。
その手を掴み、シャリスへと微笑みを返す。
空いた手で指揮棒を振りながら、楽隊の様子に目を当てる。
今までの演奏では、彼らの魔力を元に強化を行ってきた。
しかし今は、俺の魔力が楽隊のみんなを経由し、旋律となって兵たちに届いているようだった。
それも、今までの比ではない程に膨大な魔力が。
「剣部隊、速度を生かしながら攻撃を継続。魔法部隊は魔力消費を気にせず強力な魔法を撃ち続けろ。魔力はいくらでも供給してやる。大盾部隊は半数を後退。楽隊の護りにつけ。精鋭部隊、一番の見せ場だ。ドラゴンの身体から召喚石を抉り出せ」
「「「うおおおぉ!」」」
兵たちは指示通りに行動を開始する。
先ほどまであれほど恐ろしく思っていた漆黒のドラゴンは、今やただの火を噴くトカゲくらいにしか思えなかった。
「ギイヤアアアアアァァ!」
剣部隊に肢体を斬り裂かれ、魔法部隊の攻撃によって体に風穴を開けられていく。
そして、空いた風穴の一部から、禍々しく輝く塊の一部が姿を現した。
「腹に召喚石を確認した。精鋭部隊、突撃してあの部分を抉り取れ」
「よっしゃあ、待ってました!」
「いくぜこの野郎!」
連携も無く勝手に突っ込んで行く彼らは、珍しく俺の指示通りにドラゴンの腹部を斬り裂いて、腹の肉ごと召喚石を抉り取った。
「ギイイィ・・・・・・グギャアァ」
核を失った漆黒のドラゴンは力無い悲鳴をあげながら地面に倒れ伏していく。
「まずはドラゴンに止めを刺せ」
「あいよ、隊長!」
ある者はドラゴンの腕を落とし。ある者はドラゴンの翼をもぎ取り。ある者はドラゴンの尾を斬り落とした。
そして・・・・・・
「おいしいとこ、いただいたぜええぇ!」
巨大なバトルアックスを持った兵士がドラゴンの首を叩き落とした。
声も無く、ドラゴンは漆黒の煙をあげながら息絶えていった。
「最後だ!召喚石をぶっ壊せ!」
「「「おおおおお!」」」
召喚石の周囲にいた兵たちが一斉に飛びかかり、瞬く間に召喚石は砕かれた。
砕かれた召喚石は、まるで砂のようにさらさらと崩れ落ち、『親愛』の旋律によってどこかへと舞い散っていった。
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