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サザーラ侯爵による一連の事件が終結してから半月。本日は事件解決を祝っての夜会が行われる。しかも、学院の訓練場で、である。


石畳こそ新しい物になっているが、未だに天上には大穴が空いた状態であり、観客席は所々崩れている。それを隠すこともせず、今回の事件がどれだけ壮絶だったかを集まった者に周知しようとしていた。


 なぜそのようなことをするのか。


 理由は簡単である。


『さあさあ!今日は音楽の素晴らしさをとことん知らしめてやるのじゃ!』


 くそじじいのせいだ。


今回の事件の手柄を、全て音楽のおかげだと宣伝し、王国中に音楽を知らしめようとしたわけだ。


 さすがの国王陛下や三大公爵も、相手が旧神にして創造神の一柱では否やと言えなかった。


というわけで、本日は夜会という名のコンサートである。


観客席が無いため全員が立ったまま。特別にステージがあるわけでもないので、観客と楽隊員の目の高さはほぼ一緒。椅子に座って演奏する分、楽隊員のほうが低くなるだろうか。


 それを見たベイリント公爵が、急遽一人が上がれるステージを用意した。しかも俺の身長よりも高いサイズだ。


「シャリス様を見下すなど以ての外です。どうぞこの上にお乗りください」


 とのことである。


シャリスは楽団員では無いため、純粋に夜会の参加者として楽しんでもらえれば良かったのだが、こうなってしまえば歌ってもらうしかないよね。


仕方なくいつもの配置から、ステージ上のシャリスがセンターになるように配置を換えてみたが、ちょっと邪魔。ステージのせいで、俺が後ろまで見渡せない。むしろステージしか見えない。


「リクス、ちょっとこれ、恥ずかしいんだけど」

「でしょうね」

「い、一緒にあがってくれない?」


 ステージの上は一人ならやや余裕がある広さだ。


 一緒に上がるとなると、お互いにある程度接触しなければならなくなる。


 身体的な接触があることで俺は指揮棒が振れないとかシャリスの姿勢が悪くなるために十分なパフォーマンスを発揮できないとか理由は色々挙げられるけど、一番の問題はシャリスのドレスだ。


 通常の夜会ならごてごてふわふわとした貴族然としたドレスを着ているが、歌い手として参加することになったので、急遽衣装を変更した。


 シャリスの白銀の髪と対になるような夜空のようなドレス。薄い生地で体のラインがくっりきと出るようなドレスだ。


 体がくっつくようなことがあれば、そこからシャリスの体温が伝わってきて・・・・・・


 絶対に演奏に集中できない自信がある。


「ということで一緒には上がれないかな」

「どういうことよ。これじゃ、アタシだけ見世物みたいじゃない!」


 まあ、シャリスが見世物だというのは否定しない。じじいに言わせれば歌い手は見られてなんぼじゃ。ということらしいからな。全く意味は分からないけど。


「とりあえず、軽く音合わせしながら配置のチェックするか。俺はステージの裏に回って楽隊と向かい合うから、歌い出しはシャリスのペースで始めるってことで」

「ムリムリムリよ!その位置だとリクスの指揮が見えないじゃない。大体、ステージの裏になんか回ったら、みんなにリクスの姿が見えないわ」


 別に俺は楽隊のみんなから見えていれば問題無いと思うけどね。まあ、初めの挨拶くらいは必要かもしれないけど。


「シャリスの歌に合わせるからさ。心配いらないよ」

「嫌よ。リクスの姿が見えないと、アタシが不安なの。それに、せっかくの機会なんだから、リクスのカッコいい姿をみんなにも見てもらいたいもの」

「カッコいいこと無いと思うけど、むしろ俺は目立ちたくないし」


 俺はあくまでみんなを導くだけ。


 主役はシャリスやリリーナたち歌い手と、ダントたち演奏家だ。


 彼らが気持ちよく演奏できるように、俺は裏方で十分だ。


「おいおい隊長。アンタが俺らの総大将なんだぜ。目立ってもらわにゃ俺らが困るぜ」

「そうだぜ隊長。俺たちは音を出すが、音をまとめ上げて形にするのは隊長にしか出来ねえさ」

「そうです。会場の皆様に、隊長の素晴らしさを知らしめてやりましょう」


 なぜか楽隊のみんなもシャリスと同じようなことを言い出し始めた。


 みんなの気持ちは嬉しいんだけど、シャリスと一緒にステージに上がるのは無理だし、ベイリント公爵の手前、シャリスをステージから降ろすわけにもいかないし。


『ふっふっふ。なら、ワシが力を貸してやろう』


 嫌な予感しかしないので、ご遠慮願いたいですくそじじい。


『遠慮することは無い。ほ~れ』

「ふぇ?」


 突然、全身にふわりとした浮遊感を感じた。


 足元を見ると、すでに足が地に着いていない。もちろん、物理的な意味で。


「ちょ、や、止めてくれぇ~」

『どれ、このくらいで良かろう』


 その言葉と同時に、体が固定されたように感じた。地に足は着いていないが、不思議と安定感がある。


 視線の先には、シャリスを含めて楽隊員全員の姿を捉えることができた。距離も離れ過ぎておらず、細かい音まで聞き分ける事が出来る最高の位置だった。


『どれ、そろそろ開幕の時間じゃぞ』


 そう言われて、とくんと心臓が高鳴った。


 緊張、ではないな。


 最高の仲間と音楽を紡げる喜び。


 人々に音楽を知ってもらう喜び。


 そして、みんなで音楽を楽しめる喜びで、俺の胸は高鳴っていた。



 体が宙に浮いているせいで、この場にいる全員を見下ろしている形になるが、観客に向かって頭を下げる。


「皆さま、本日はお集まりいただきありがとうございます。これからお聞かせいたしますは、フォーリーズ辺境伯音楽隊と、シャリス・ヴィラ・エンディール公爵令嬢によります音の世界。音楽でございます。かつて我々が失ってしまった文化であり、最も美しい芸術を、今宵皆様に披露いたします。では、一曲目。『月光』」


 観客にあいさつをしてから楽隊のみんなの方に向き直る。みんな笑顔を浮かべながら、俺を見上げていた。


 いつもより高い位置にいるからな。


 見上げ過ぎて、ミスるんじゃないぞ?


 そんな思いを込めながら、指揮棒を構える。


 シャリスを見ると、微笑みながらうなずいてくれた。


 俺も笑顔で返し、指揮棒を振り下ろす。


 さあ、みんなで楽しもうじゃないか。




 訓練場の天井は、ドラゴンの襲撃により巨大な穴が開いていた。


 夜空に輝く星々の輝きは、ステージ上で歌うシャリスへと降り注いだ。


 その姿はまるで、月下に舞う妖精のようであったという。


 この日、ベイリーン王国において、月下の歌姫と呼ばれる歌手が誕生したのであった。





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