閑話 記念日

 200年ほど前の話。ベイリーン王国に仕える下級貴族の騎士と、上級貴族の令嬢が恋に落ちた。


 その時代は貴族の権力が強く、同じ派閥であったとしても、位が釣り合わなければ婚姻は成立せず。また、自由な恋愛など現代以上に難しい時代であった。


 もちろん令嬢の父からは相手にされず、騎士の両親からもあきらめるよう説得された。


 それでもあきらめきれなかった二人は、令嬢の父の説得を続け、一つの譲歩を引き出すことができた。


「魔の大森林と言われる土地には、魔獣が蔓延り、人が住むことができないと言われている。もし三年以内にその土地を開墾し、小麦畑を作ることができれば、お前をその土地の領主と認め、新たな貴族の位と娘をやろう」


 誰もが不可能だと思った条件に、騎士は笑みを浮かべてこう答えた。


「三年など待てませぬ。そのような条件であれば、一年で成し遂げて見せましょう」


 その一年後、騎士は言葉通りに荷馬車いっぱいの小麦を持って帰ってきた。


「これはどこぞで買い付けた物ではないのか?」

「お疑いであれば、どうぞ我が村へお越しください」


 令嬢の父は騎士の言葉を信じず、100の騎士を引き連れて魔の大森林へと向かった。騎士の言葉に嘘があれば、その場でたたき切ってしまおうと思っていたが、騎士の言った『村』に着くと、言葉を失ってしまった。


 巨木が生い茂っていた森は伐採され、魔獣が侵入できないように巨大な城壁が築かれていた。


 壁の中には耕された畑には金色の小麦が穂を揺らし、黄金郷のようであった。


 その光景に感動した令嬢の父は、騎士に辺境伯の地位を与え、娘との結婚を許すこととなった。


 この伝説が元となり、この地で育てられた小麦には恋愛成就の御利益があり、二人の結婚した日に、この地の小麦を使ったお菓子を贈ると、どれほど身分差があっても結ばれる、と言われるようになった。




 現在ではそれが、恋する相手に思いを伝える記念日となっている。


 そして、ベイリーン王立学院に通う下級貴族家の令嬢たちにとっては、少しでも家格が高く、好待遇で迎えてくれる嫁ぎ先を見つけるための場となっていた。


「2人は記念日、誰かに贈り物をする?」


 リクスが言うところの舌打ち3姉妹の長女、ネイス・ヴィラ・テリースは同席している二人に尋ねた。


「まだ学院に入学したばかりだし、今年はパスかな」


 ネイスの問いに、舌打ち3姉妹の次女、フィー・ヴィラ・ステインはニコニコとした表情で答えた。


「最近では仲の良い男性にも『義理』でお渡しすると聞きましたが、変な勘違いをされても困りますしね」


 舌打ち3姉妹の三女、アイナ・ヴィラ・ハイヤーもうなずいていた。


 まあ、うわべでは三人とも誰にも渡さないと公言しているわけだが、腹の内では全く別のことを考えていた。



 お茶会が終わると、三人はバラバラの目的地へと移動した。




 ネイスは・・・・・・


「さあ、今日こそは伝説の小麦を探し当ててみせるよ」


 二人と別れてから、私は王都の商業区に来ていた。


「さあさあ寄ってらっしゃい。これは彼の地にて作られた伝説の小麦だよ~。記念日のお菓子作りはこの小麦を使わなきゃダメだぜ~」

「いやいや。こっちのこそ伝説の地で作られた小麦だ。おまけに安いときたもんだ。さあさあ買った買った!」


 どこもかしこも小麦売りの商人ばかり。


 みんな『彼の地』とか『伝説の地』とかって言ってるけど、明確にどこの領地で生産された物だか教えて欲しい。


 物語は有名だけど、その舞台になった土地って以外と知られてないんだよね。私も知らないし。


 せっかく送るんだったら、物語の舞台で作られた小麦を使いたいけど、誰か物語に詳しい人はいないだろうか。さすがにあの場で聞くわけにもいかなかったし。


 フィーもアイナも絶対に記念日にお菓子を用意する。それも、おそらくは同じ相手に。


 私たちは三人とも子爵家だけど、私は三女。次女のフィーや長女のアイナとは価値が違う。もし同じ相手に嫁ぐことになったら、序列で私が一番下になる可能性だってある。


ここで差をつけておかなきゃいけないんだ。



 それから半日ほど探し歩いたけど、結局伝説の舞台がどこかもわからず、無難にテリース領産の小麦を購入した。交流品では無いけど、お菓子作りには適してるって領民も言ってたし大丈夫だよね。


 そう自分を納得させながら、へとへとになって寮へと帰ることにした。




 フィーは・・・・・・


「うぅ。お金が、無い」


 最近になって、父からの仕送りが減らされた。どうやら外で新しい子どもが産まれたらしい。あのクソ親父、またやりやがった。


 せっかくリクス様に最高級のお菓子を贈ろうと思ったのに。あわよくば、本妻の座を射止められればと思っていたのに。


 リクス様は次男だし、シャリス様との婚約も白紙に戻ったって話だから、きっと私でも本妻が狙えるはず。家格的にも辺境伯家と子爵家ならギリギリいけるはず。


 リクス様と楽隊の力があれば、一代で財を築くことだって容易なはずだ。お金の心配をしなくて済む結婚生活を私は送りたい。


「持ち合わせだと、お菓子の材料がギリギリ買えるくらいかな」


 貴族の娘だからといって、料理ができないわけではない。最近の貴族令嬢は、優秀な人材がいれば平民に嫁ぐことだってざらにあるし、平民に恋をして嫁ぐこともある。だから、最低限の家事は自分でできる。特にうちみたいな下級貴族家の令嬢は。


 ただ、お菓子作りとなると話は別だ。あれは料理とは別の何かだ。小麦に砂糖を混ぜただけなのに真っ黒になったり、歯が欠けそうな程堅くなったりする。


 二人に聞けば、簡単なお菓子の作り方を教えてもらえたかもしれないけど、それで私以上に立派なお菓子を作られたら、差をつけられてしまう。


 ここは私一人で乗り切らなければならない戦いだ。とりあえず、図書室へ行ってお菓子のレシピ本を探すところから始めよう。



アイナは・・・・・・




「はぁ、どうして伝説の物語の地がハイヤー領じゃないんでしょう」


 特産品と呼べる物も無く、可も不可も無いのが私の実家、ハイヤー領です。


 物語に描かれるような伝説も無く、ハイヤー領出身の著名人もいません。だから、リクス様のコンサートはとても魅力的に見えました。


 リクス様と結婚して、次期当主としてハイヤー領に来て下されば最高なのですが、おそらくそれは難しいでしょう。


 婚約を白紙にされたからと言って、シャリス様が引き下がるとは思えません。だって、コンサートで見たシャリス様の表情、まるで恋する少女のようでしたから。


 シャリス様だけではなく、おそらく今後は多くの令嬢がリクス様を狙ってくることでしょう。コンサートだけでなく、ドラゴンの討伐によってリクス様はそのお力を広く知らしめてしまいましたから。


 私は序列を気にしません。


 せめて音楽という文化をハイヤー領で広め、収益を上げるためのご助力さえいただければ。


「そのためにも、学院にいるうちに少しでも私の評価をあげておきましょう!」


 多少の情を抱いていただければ、きっと協力していただけるはず。


 せっかくの記念日、利用しない手はありません。


「とはいえ、一体何を作ったものか」


 小麦を使用したお菓子の数は多い。むしろ、小麦を使用しないお菓子の方が少ないくらいではないでしょうか?


 普段なら二人に相談しながら考えるのですが、今回は二人も本気みたいですし、邪魔はできませんよね。


 とにかく、リクス様の記憶に残るような、インパクトのあるお菓子を作ってみせましょう。



 記念日前日の午後。


 今日はシャリスが、エンディール家の派閥の貴族令嬢を招いてお茶会を開いていた。


 エンディール家の寄子である舌打ち三姉妹も、当然招かれていた。


「そういえばシャリス様、明日の記念日には、誰かに贈り物をなさるのですか?」


 参加者の一人が、何気なくその話題を振ったところ、シャリスは目に見えて暗い表情になった。


「私、記念日にはあまり良い思い出が無くて。殿下と婚約していたころ、毎年のようにお菓子を用意しておりましたが、終ぞ殿下は一度もお菓子を受け取ってはくださらなくて」

「「「・・・・・・」」」


 周囲の空気が一瞬で凍りついてしまった。誰もが忘れていたのだ。シャリスが第一王子と婚約関係にあったことも、冷遇された挙句、不名誉を着せられて婚約破棄されたことも。


「で、ですがシャリス様、今はリクス様がいるではありませんか」

「リクス様との婚約は、現在白紙に戻されてしまいましたから。私から記念日にお渡しするのは、きっとご迷惑になるでしょう?」


 公爵令嬢からの贈り物が迷惑だったら、このお茶会に出席する令嬢の誰が渡してもご迷惑でしょうが、という言葉をその場の全員が飲み込んだ。


「それに、フォーリーズ家はこの記念日をあまり好ましく思っていませんし」

「「「え!」」」

「だってそうでしょう?実家の成り立ちとは言え、ご先祖の馴れ初めを記念日にされているのですから。武門で名高いフォーリーズ家が色恋でほめたたえられても、ねえ?」


 それを聞いた多くの令嬢たちの笑顔が固まってしまう。実のところ、舌打ち三姉妹以外にもリクスのためにお菓子を用意していた令嬢はいたのだが、その話を聞いてしまっては、お菓子を渡すことはできない。


「まさか、伝説の地がフォーリーズ領だったなんて」

「せっかくへそくりまで使って材料を用意したのに」

「伝説の騎士の子孫だなんて、素晴らしいですわ」


 三姉妹もそれぞれに衝撃を受けながら、記念日にお菓子を渡すことを断念した。




 そして記念日当日。


「はい、記念日のお菓子。ちゃんとフォーリーズ産の小麦を使って、アタシが手作りしたのよ」

「すごい!記念日に誰かからお菓子もらうなんて生まれて初めてだよ。ありがとうシャリス」

「ふふ、どういたしまして」


 フォーリーズ領では記念日を祝わない。別に記念日を疎ましく思っているわけでは無く、その時期になると商人が押し寄せ、小麦の在庫や小麦製品を買いあさっていくため、領全体が慌ただしくなっているからだ。


 そして、小麦製品が一時品切れになるため、リクスは生まれてから今まで、記念日にお菓子をもらったことが無かった。


 それらの情報を全て把握し、前日にわざわざお茶会まで開いて令嬢たちがリクスにお菓子を渡さないようにしたのは、一番にリクスにお菓子を渡したかったシャリスの乙女心、と言ったところだろうか。




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