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「アイシャ・セティ・リカーナ。聖女の名を語る哀れな人。真の聖女である私、マルカ・ポーリーと女神メロディアの名の下に、その罪を裁きます」


隣国で発生した流行病の治療を終え、先ほど帰国したばかりの私は、王城からの急な呼び出しに応じて登城した。


治療魔法の使いすぎで疲れていたから、できれば無視して教会に帰りたかったのだけど、教皇猊下からの要請もあって仕方なしに登城した。


本当にいやいや登城したのに、せっかく来てみれば、よく知りもしない女が、わけもわからないことを言っていた。

「聖女アイシャ様、えぇと、これはどういうことだろうか」


国王が困ったようにこちらに話をふってくる。どういうことって、それはこっちが説明して欲しいんですけど?


「国王陛下、この者を聖女と呼ぶのはお止めいただけますか?真の聖女はこの私、マルカ・ポーリーでございます」

「は、はぁ」


マルカという少女にきっと睨み付けられると、国王は曖昧にうなずいた。


聖ミスティカ教国は教会の力が強い。その反面で王族や貴族の力は非常に弱く、教会に対する発言力がない。


そのためか、現国王は非常に気が弱く、決定力に欠けている。


「エウラリス教皇猊下はどう言っておられるのだろうか?」

「はて、私は女神メロディアから直接神託を受けてやってきました。教皇が私と同じく敬虔な神の僕であるのなら、同様の神託を受けていると思いますが?」

「はぁ」


思わずため息が出てしまった。じゃあ、私じゃなくて猊下をお呼びすれば良かったのではなかろうか。


こんなくだらない水掛け論をするためにヘトヘトな私を登城させたのかと思うと、頭にくる。

「それでは、直接メロディア様に伺ってみるのはどうでしょうか?」

「は?」


私の提案に対し、マルカは間の抜けた声をあげた。


女神様は伝説の存在ではない。常に私たちに寄り添い、私たちの声に耳を傾けてくれる存在だ。教国に住んでいるのに、どうしてそんなことも知らないのだろうか。


「それでは、我が大陸の守護神たる、三姉妹の女神様に・・・・・・」

「お、お待ちになって!」


ひざまずいて女神様に祈りを捧げようとしたところを、慌てふためいたマルカに止められる。


「お忙しい女神様を、こんな些事でお呼びするのはし、しし、失礼ではありませんか」

「些事?聖女とは女神様たちが任命し、加護を授けてくださった神聖なる称号。それを偽る者が現れたのです。直接女神様におうかがいするのが本当だと思いますが?」


 そもそも、女神様たちは忙しくはない。昨日だって、馬車での移動中はずっとしゃべりかけてきた。三柱がかわりばんこにやってくるものだから、馬車の中で安眠することができなかった。


『くそじじいの気配が強くなっている気がする』


 という話を、三者三様に話されたことを覚えている。『くそじじい』というのが誰なのかは教えてもらえなかったが、封印された邪神でないことを祈りたい。


「め、女神様をこのような汚らしい場所に呼ぶのはいかがなものでしょう?」

「王城の謁見の間ですが?」

「し、神聖な場所ではありませんもの」

「いえいえ、ちょくちょくこちらに降臨なさっていますが?」

「ちょ、ちょくちょく?」

「そういえば、一昨日はリズムス様がメロディア様のグチを言いに来ていたな」

「一昨日ご降臨なさったのならば、今日はやめておいた方がよろしくなくて?」

「リズムス様以外なら問題無いかと。マルカ様はメロディア様にご神託をいただいたとのことですので、メロディア様にご降臨していただくのがよろしいでしょう」


 とっととメロディア様をお呼びして、早く教会に帰りたい。今日こそはお風呂に入って、ふかふかのベッドでゆっくり眠りたい。


「お、おお、お待ちなさい。先に罪人であるあなたの罪を告発させていただきます」


 なぜそのようなことをする必要があるのか?だってメロディア様に来ていただければ、すぐに解決するはずだ。女神様が存在しないと思っていたアホが、この盤面で立場を逆転するのは不可能だろう。


 それなのに、どうしてあきらめないのか?まあ、あきらめればそのまま衛兵に捕らえられるでしょうけど、女神様がご降臨してしまえば、どうしようもないはずだ。


 何か逆転できる手を持っている?そのための時間稼ぎでもしているというのだろうか?


「謁見中失礼する!」


 それは唐突にやってきた。


 謁見の間を無作法に開け放った集団は、駆け足でぞろぞろと中に入り込んでくる。白銀の甲冑に漆黒のマント。


 聖教騎士団第十三部隊。


 通称『懲罰部隊』と呼ばれる、ミスティカ教会の暗部。表舞台には決して姿を現さないと言われている彼らが、なぜこのような場所に?


 マルカを捕らえるにしても、出てきて良い集団ではないはずだ。


「ふふふ、やっときましたね」


 この光景を目にして、マルカは笑みを浮かべた。なぜ?


「先ほど、教皇猊下が暗殺された。その主犯として、アイシャ・セティ・リカーナを捕縛する」


 猊下が暗殺された?


私が主犯?


 何を言っているのか意味がわからない。だって私は帰国直後に王城にやってきた。まだ猊下とお会いしてすらいない。そんな私がどうやって猊下を暗殺することができるというのか。


「残念ですな、聖女様」

「エトマス大司祭?」


 聖教騎士の間を抜けて、ゴテゴテと装飾品で飾り立てた下品な祭服の男が姿を現した。ミスティカ教会で教皇、聖女に次ぐ権力を持つ大司祭の一人、エトマス。


 賄賂、強姦、殺人など、黒い噂の絶えないこの男がなぜ、懲罰部隊を率いているのか。


「とうとう不正が明るみに出て捕まったのですか?エトマス大司祭」


 エトマスは一瞬顔を歪めるが、すぐに表情を整える。そして、下卑た笑みを私に向けてくる。


「不正が明るみに出たのは、あなたの方ですよ。聖女様。ああ、本当に残念です。自身を聖女と偽るだけでは飽き足らず、国内外問わず多くの権力者から賄賂を受け取り、その者たちの不正を隠蔽してきた。そして今日、教皇猊下を毒殺し、教会のトップに立とうとした」

「賄賂を受け取っていたのはあなたでしょう?それに、猊下が毒殺とはどういうことなのです」

「言葉通りですよ。あなたがお土産として猊下にお渡しした茶葉に、毒が入っていた。知らずにそれをお飲みになった猊下は、先ほど女神様の下へお帰りになられました」

「ただの毒で、猊下がお亡くなりになるとは思いませんが?誰も回復魔法はお使いにならなかったのですか?」

「あまりにも強力な毒を用いたのでしょう。回復魔法を使用する間もなく、苦しむ間もなく亡くなったようです」


 そんなのあり得ない。私や猊下は女神様から祝福をいただいている。状態異常には耐性があるから、毒の類いで即死など絶対にしない。猊下の側には、高位の回復魔法が使用できる神官が何人も控えている。処置が間に合わないなどと言うこともありえない。


「騎士たちよ、この娘を捕らえよ」

「「「は!」」」


 甲冑を纏った騎士たちが、剣を抜いてこちらへとやってくる。国王に助けを求めようと一瞥したが、彼は怯えた表情を浮かべるだけで、何もできそうになかった。


 今回の件に、私は何一つ関与していない。正しく裁いていただければ、私の無実は証明されるはず。


 今は抵抗せず、裁きの時を待とう。


 大丈夫、私には女神様たちがついているんだから。




 それから三ヶ月後、アイシャ・セティ・リカーナは、聖女の位を剥奪され、国外へと追放された。





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