2-1
「リクス・ヴィオ・フォーリーズ、其方のおかげで王都は護られた。此度の功として、男爵位を与えたいと思うが、どうだ?」
サザーラ侯爵が引き起こした事件から半月。なぜか俺は今、王城の謁見の間で国王陛下と対面していた。
訓練場であった時に比べて、王様オーラというか、圧をもの凄く感じる。数メートルも上から見下ろされているからとか、ゴテゴテとした服装で着飾っているからとか、それだけでは説明できない威圧感を感じる。
そんな相手の提案に、否やと答えることができるだろうか。
『ダメじゃ!』
おそらく否やと答えることができるのは、陛下と同等の立場の人間か、それ以上の存在だけだろう。
「だからって、こんなところにひょいひょい出てくんなよ!」
謁見の間だよ?国王陛下や国の重鎮たちが集まっている場で、歴史の闇に葬られた旧神なんて意味のわからんものが出てきて良いはずがない。旧神の存在を肯定したら、聖ミスティカ教会というこの大陸の三女神信仰に対立する可能性だってある。
あと、俺が旧神の使徒であるとばれると後々面倒ごとに巻き込まれそうで嫌だ。
『リクスには世界に音楽を広めるという使命がある。一国の貴族などやっている暇はない』
やめろぉ。完全に空気が凍りついてんじゃねえか。近衛騎士の皆さんが剣の柄に手をかけていらっしゃるよ。
「へ、陛下。申し訳ございません。このくそ・・・・・・精霊は世俗の礼儀に疎く。後ほどしっかりと作法を叩き込みますので、どうかご容赦を」
『誰が礼儀知らずの精霊じゃ。そもそも精霊を創ったのはワシら・・・・・・』
「どうか!ご容赦を!」
もう拝み倒す他無い。じじいの言葉を遮るように、必死に謝罪する。頭を下げすぎて、もはや周囲がどうなっているのかもわからない。
あと、じじいは後で絶対泣かす。
「リクス・ヴィオ・フォーリーズ、面を上げよ」
静まりかえった広間に、陛下の声が響き渡る。先ほどよりも近く感じた声に、恐る恐る頭を上げる。
「へ、陛下?」
いきなり眼前に現れた国王陛下に、思わず混乱してしまう。いつの間に玉座から降りてこられたのかわからないが、陛下は俺の前で膝を折った。
「お初にお目にかかります。創造神ミスティカ様」
陛下が深々と頭を下げた様を、家臣一同が唖然とした顔で見つめていた。
一国の主が、よくわからないふよふよと浮いている光の球に頭を垂れているのだから無理はない。
「お止めください陛下。こんなわけのわからぬ物に頭など」
「無礼者が!貴様らも頭を下げよ。このお方はミスティカ大陸の創造神。原初の神々が一柱であるぞ」
陛下を諫めようとした貴族は叱り飛ばされ、青い顔をしながら頭を垂れる。それに続くように、その場にいた全ての者が膝を折り、深々と頭を下げた。
『うむ。良き良き』
「いや、これどうするんだよ」
この場にいる全員が平伏する中、俺はくそじじいを見つめながら、頭を抱えることしかできなかった。
国の頂点である国王陛下が平伏すると言う前代未聞の事態が起こったため、褒賞の話がうやむやのまま、謁見は終了した。
当然そのまま帰宅することは出来ず、俺は陛下の執務室へと連行されていた。
「がっはっは。すまなかったな、リクス」
豪快に笑いながら、陛下は再び俺に謝罪した。
「陛下、これ以上頭を下げないでください」
国王に何度も頭を下げさせた、なんて噂がたてば、今以上に学院で浮いてしまう。ただでさえ、今日の謁見で俺がくそじじいの使徒であると国の上層部に知れ渡ってしまったのだ。
貴族たちがくそじじいのことをどのように受け止めたのかはわからないが、これ以上悪い意味で注目を集めることだけは勘弁願いたい。
「どうせ国王なんてものはただのお飾りだ。昔に比べて権力もねえし、ただ偉そうにして世継ぎを作るくらいしか仕事がねえのさ」
「そう思うのであれば、公の場で頭を下げないでください。いくら必要なこととは言え、下座に降りて膝をつくなど、前代未聞ですぞ」
そう言って陛下に説教をするのは、この国の宰相様。謁見の時も陛下の横に控え、頭を抱えていた人だ。
「というわけで、リクスには公爵の位とうちの娘をやるから」
「はい?」
公爵位ってなんだ?うちの爵位より上なんですけど?しかもうちの娘をやるってなに?あなたの娘さん、王女殿下ですよね?やるってどういう意味?
「嫁に行くまで育てろ、と言うことでしょうか?」
「養子じゃねえよ。お前の嫁にやるってことだ」
「娘を嫁にはできません」
「だから、養子にしないで嫁にしろって言ってんだよ。大体、うちの娘はお前と同い年だぞ」
「親子に年齢は関係ありません。子を思う気持ちさえあれば、立派に育てることが出来るはず。必ずや、フォーリーズ最強の戦士にしてみせましょう」
「フォーリーズ最強って、うちの娘をどんな化け物にするつもりだ」
「勉学もしっかりと修めさせ、礼儀作法や音楽も一流にいたします。どこへ嫁に出しても恥ずかしくない娘となりましたら、ぜひ陛下の側姫に加えていただければ」
「ふ~む、そうだなぁ・・・・・・って、自分の娘を側室に迎えるわけないだろ。何しれっと恐ろしい提案してくれてるんだよ。危うく王妃にぶっ殺されるところだった」
「っち!」
「今舌打ちした?国王に舌打ちしなかった?」
「いいえ陛下。今のはタンギングという、楽器を演奏する時に用いる手法の一つです」
「・・・・・・まあ、どれだけアホなこと言っても、うやむやにはしないぞ」
「っち!」
勢いで押し切れると思ったけど、無理だった。さすがは国王陛下だ。伊達に国家の頂点に立っているわけではない。自分のことをお飾りと卑下しても、その実貴族社会と言う魑魅魍魎が溢れ返った世界を生き抜いているわけではないな。
政治も知らない辺境伯家の次男坊では太刀打ちできそうにない。
でも、このまま陛下の言う通りにしたら、今度は本物のお姫様を婚約者にされてしまう。
「陛下、いくら何でも、家督を継がない私と姫殿下が婚姻を結ぶなど、無理があるのではありませんか?結婚すれば、殿下まで平民のように過ごすこととなりますよ」
「大丈夫だ。お前が次期国王になるからな」
「・・・・・・」
全身から汗が噴き出してきた。それのどこが大丈夫なの?たかが辺境伯家の次男坊が次期国王とか、無理に決まってるでしょ!
「エヴァンとシャリスの婚約破棄によって、エヴァンが次期国王になるのは絶望的になった。先の一件でシャリスは注目の的となり、物凄い人気だ。そのシャリスを公然と袖にしたエヴァンには、最早誰の支持も得られまい」
いつの間にか、黒竜を討伐したのは王国の近衛騎士団を率いたシャリスということになっていたし、演奏会は黒竜討伐の際に亡くなった騎士たちへの鎮魂の儀式だということになった(ちなみに黒竜討伐での死者はいない)。
そのため、『無実の罪で投獄されながらも、サザーラ侯爵の不正を暴くために奮闘した公爵令嬢』と讃えられ、稀代の悪女として投獄されてから、一夜にして救国の英雄に転身していた。
そのため、第一王子の立場はかなり危ういらしい。確かに現状では次期国王となるのは難しいかもしれない。
「しかし、エヴァン様の他にも王子はいらっしゃるのでは?」
「もちろんいる。だが、王子はどれも序列の低い側姫の子でな。ならば第二王妃との娘である姫に、婿をとらせてはどうかと考える者も多くいるわけだ」
「ならば、私が次期国王となるのはおかしいでしょう」
「いやいや、創造神様の使徒であれば、何ら問題はあるまいよ」
だからこの人は、国の重鎮が集まる場で、くそじじいに頭を下げたってことかよ。
本当に恐ろしいね、王城って。
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