2-2



国王陛下は、俺が創造神の使徒であると上層部の貴族たちに示すために、わざわざあのような場を用意して、頭まで下げたのだろう。


そして、この世界を創り出した神々の使いであれば、一国の王よりも立場が上であり、次代の国王として申し分ない。


「ですが、私である必要はないはずです。今時女王など珍しくもありませんし、内政に秀でた王配を迎えればよろしいかと」

「それでは次期国王の座を巡って争いが起こる。エヴァンとエンディール公爵家のシャリスが婚姻するからこそ、別の誰かを立てようとするバカが出なかったのだ。他の子を立てようとすれば、必ず対抗を立てようとする勢力が出てくるだろうさ。それに、リクスを次期国王に立てれば、教会派へのけん制となる」

「教会派、ですか?」


教会派とは、聖ミスティカ教国を聖地とし、大陸の守護神である三柱の女神を信仰するミスティカ教会の信徒が所属する派閥のことだろう。


ちなみに、国内にある教会の運営は教国から派遣された司祭が行っており、教会派の貴族が教会での地位を持っているわけではない。


大昔に、教会でなければ回復魔法や浄化魔法が取得できないと考えられていた時代には、教会とつながり莫大な権力を持っていたが、現在では孤児院の運営や炊き出し、教会への寄付などを行う慈善家たちの集まりだ。


 そんな教会派に対して、なぜけん制が必要なのだろうか?


「聖ミスティカ教国で、教皇が暗殺された」


 陛下は事もなげにそう告げた。


「その首謀者として聖女が捕らえられ、まもなく何らかの処分が下されるらしい」


すぐには理解しがたい話だった。


いくら権力が強くないと言っても、大陸全土に支部を置く巨大組織のトップが暗殺されたのだ。しかも、その犯人が教皇に次ぐ地位にいる聖女。ミスティカ大陸だけではなく、世界中を騒がす事件になりそうだ。


「なぜ聖女は教皇様を?」

「一応、教国内では『聖女が教皇の座を狙った』だの、『不仲で意見が対立することが多かったから』だのっていくつも噂があるが、一番多いのは『聖女と偽っていたのが教皇にばれ、口封じに殺した』ってやつだな」

「聖女を偽っていた?」


そんなことが可能なのか?聖女は大陸中を巡り、国の重要な祭事に参加する。その際に、降臨した女神様と並ぶことも多々ある。真横に聖女を語る不届き者がいて、女神様にばれないわけがない。


「まあ、聖女を偽るなんてできるわけねえよ。教皇と聖女だけは、三柱の女神様が直接任命なさるからな」

「では、なぜ聖女が教皇の暗殺をしたのでしょうか」

「がっはっは。素直な奴だな。そんなんじゃ、貴族社会でやっていけねえぞ」


 これはバカにされているんだよな?別に貴族として大成したいとは思っていないから良いけど、ちょっと頭にくるわ。


「こんなの、教皇と聖女の権力を奪いたい、第三者の仕業に決まっている。それも、とびきりお粗末なやつだ。わかってないのは、教国の国民くらいだろうさ」


 わかってなくてどうもすいませんね。俺みたいに話を聞き流してる人間は大体が『へえ、そうなんだぁ』で終わるって。


「女神が降臨して祭事を執り行う場合、教皇か聖女のどちらかが同席しなければならない。だから、教皇も聖女も教国内にはほとんどいないのさ。不在の隙を狙って、誰かさんが悪いことの準備をしていた。そして、その準備が整ったから、教皇は殺された。果たして、何の準備ができたと思う?」

「・・・・・・ちょっと、タイムをお願いします」

「はあ?」


 この話をこれ以上聞くのはまずい気がした。


 どう考えたって、国の諜報員が集めてきた機密だろう。それを聞かされては、引くに引けなくなりそうだ。


 まだ王女殿下との婚約もお断り出来ていないのに、さらに面倒ごとまで上乗せされては大変だ。


 とりあえず、ここはまたじじいに出てきてもらって、強制的に話を終わらせよう。


(ということで、どうぞ)


 心の中でじじいに呼びかけるが、反応がない。とうとう干からびてしまったのだろうか?


(くそじじい、早く出てきて陛下の提案を断ってくれよ)

『う~む・・・・・・王女で歌姫と言うのも悪くない』


 ダメだこいつ、説得してくれるどころか、むしろ王女殿下を取り込もうとしていやがる。


(王女と婚約すれば、今後シャリスには歌ってもらえなくなるぞ)

『な、なん・・・じゃと!』

(シャリスとの婚約はなかったことにされたんだ。今の俺とシャリスには何の関係もない。そこに自分より立場が上で、正式な婚約者ができれば、シャリスは俺に話しかけることができなくなる)

『それはダメじゃ。シャリスは逸材。みすみす逃すわけには・・・・・・』

(王女と婚姻すれば、間違えなく国外での音楽活動は出来なくなるぞ)


 ぐおぉ、としばらくもだえていたじじいは、どうにか納得してくれたようで、俺の中からふよふよと飛び出してきた。


『と、とりあえず、王女は保留じゃ。なしではないぞ。あくまで保留としておこう。しかし、リクスが次期国王というのはダメじゃ。リクスは楽団を率いて、大陸中を巡るという役目がある』

「申し訳ございません陛下。私は神の忠実なる僕なれば、その意思に反することはできません」


 そう言って頭を下げた俺を見て、なぜか陛下はにやりと笑った。なんだ?まるで計画通りと言いたげな笑みだった。


「そういうことであれば仕方ないな。ときに、聖女は三日後に聖ミスティカ教国を追放されるそうだ。おそらく、国境を越えた辺りで殺されるだろう」

「へ、陛下?なぜそのような・・・・・・」

「公爵令嬢や王女は各国に何人かおりますが、聖女はこの大陸で一人しかおりませんぞ、創造神様」

『シスターっ娘と言えば賛美歌!衣装はどうする?修道服をミニにするか?深くスリットを入れた方がエロさが際立つか?どちらにせよニーハイとガーターベルトは外せんな!』

「陛下・・・・・・」


どういった目論みがあるのかわからないが、完全に陛下の掌の上だったようだ。


わけのわからん単語を叫びながら騒いでいるじじいをもはや止めることは出来ない。おそらくこの勢いのまま、教国へ突入して聖女をさらってくることになるのだろう。


「創造神様の御心や如何に?」


 そうやって、陛下はわかりきった質問を投げかける。


『今すぐ聖女ちゃんの救出じゃ!修道服とロッド型のマイクを忘れるな!』


 退路を断たれた俺は、ただただ天上を仰ぎ見ることしか出来なかった。


「では、リクス・ヴィオ・フォーリーズ。教国から追放される元聖女、アイシャ・リカーナの保護、期待している」

「保護って、どのように追放されるかもわからないのに」

「情報では教国の隣国、エルディアへと移送される。国境を超えるには平坦な街道の他に、ハディリス大森林、ブリデオ山、ルー大渓谷の難所を越えるルートが複数ある。おそらくは3か所のうち、どこかの難所を通り、途中で聖女を殺害する目論見だろう」


 予想ルートだけで3か所って。せめてどこのルートを通るのかだけでも正確な情報を教えてほしいんですけど。


「国の兵は動かせないぞ。お前の楽隊を全員引き連れて行くのもダメだ。まあ、少数精鋭でぱぱっと救出すれば問題ねえだろ」


 つまり、国は関与しません、どうぞご勝手にってことかよ。


 聖女の周囲をどれだけの兵が囲っているのかもわからないし、難所と言われるルートは強力な魔物が生息している可能性もある。少数精鋭って、だいぶ無理があるだろ。


 こんなことで、大事な仲間を危険に曝したくないんだけど、断れば断ったで婚約の話が始まりそうだし、仕方ない。


 聖女様救出、やってみますか。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る