辺境伯家の次男坊が悪役?令嬢を助けたら

マグ

月下の歌姫

1-0


 静寂に包まれている大陸の果ての大森林。その全貌がどれほどのものか。果てはどこにあるのか。その答えを知る者は誰もいない。


 大森林には大陸で最も強力な魔物たちが住まい、この大陸で最も危険な場所だと伝えられている。


 その大森林から、おびただしいほどの叫び声がこだました。遠吠えか。逃げ惑う悲鳴か。殺戮を楽しむ歓喜の声か。


「大森林より異常発生!大量の魔物の鳴き声が、じょ、徐々に近くなっていると。物見の報告では、戦闘を駆ける魔物が、砦に向かって来ているそうです!」


 その声は、果ての大森林と隣接するベイリーン王国フォーリーズ辺境伯領にも届いていた。


 大森林に最も近い城塞では、1000人の領軍が常駐している。それは大森林の魔物を領内へ侵入させないため。魔物も屈強な軍が城壁にいることがわかっており、普段は近づく事はほとんどない。だが、今日は違っていた。


 大地を震わせるほどの大群となり、魔物たちは城壁に向かってくる。


 その数に表情を引きつらせ、顔を青くする者も多かったが、すぐさま全軍をもって城壁から出陣した。指揮を執るのは、フォーリーズ家次期当主、ライズ・ヴィオ・フォーリーズ。弟と共に大森林の視察に来ていたところ、運悪くこの事態に遭遇してしまった。


「よりにもよって、弟の初陣がこんなひどいものになろうとは」


 本来なら、このような戦場に弟のリクスを同行させたくは無かった。しかし、どれほどの規模で魔物が侵攻して来ているのかもわからず、どのような魔物がいるのかすらわからない。ならばいっそ、城塞に残すよりも自分の側にいた方がよほど安全だと思った。


 18歳になるライズは、すでに何度も軍を引き連れて魔物討伐を行っていた。だが、10数匹の魔物を相手取ったのが精々だ。数の把握が出来ないほどの魔物など、相手にしたことは無い。そんな異常事態だとしても、次期領主として、領軍と共に出陣しない訳にはいかなかった。


「歩兵一番から五番隊、城門を取り囲むように布陣せよ。その後方に魔法部隊一番から三番は布陣。歩兵六番隊から十番隊は遊撃として、城門以外に向かった魔物の殲滅を!残りの弓兵、魔法部隊はその援護を。私も城門の守備に就く」


「「「「は!」」」」


 ガチャガチャと耳障りな金属音が鳴り響き、兵たちは速やかにライズの指示通り配置に就く。


 ・・・・・・


「「「「グギャアアァ!」」」」


「魔法部隊、一斉砲撃!歩兵隊は撃ちもらしを処理しろ!絶対に後ろに魔物を通すな!」


「「「「うおおおぉ!」」」」


 一瞬の静寂の後、大森林の木々の間から、魔物が姿を現した。グレーウルフ、ゴブリン、グレートボア。統一性の無い多種の魔物が、一気呵成に押し寄せてきた。


 魔物の姿を視認した魔法部隊は一斉に炎の魔法を撃ち放つ。それは魔物の腕を飛ばし、腹を抉り、消し炭へと変えていく。


「兄様、怖いよぉ」

「大丈夫。大丈夫だよリクス。軍のみんなが、絶対にここまで魔物は通さない、もし抜けてくる魔物がいても!」


 軍の猛攻を掻い潜って来た、あちこち焼け爛れ、傷だらけのウルフを一閃し、ライズは微笑んだ。


「お前は、俺が護ってやるさ」

「は、はい!」


 リクスは大きく声を張り上げ、自分を奮い立たせる。怖いけれど、必死で戦うみんなに恥ずかしくないようにと。




「っく、援軍は・・・・・・父上の軍はまだ来ないか?」

「先ぶれは到着しております。領主様は5000の兵を率いて進軍中。後半時程で到着との事です!」

「・・・・・・わかった」


 衝突から1時間ほど。眼前にはおびただしいほどの死体の山。それは討ち取った魔物の死体であり、共に戦った戦友たちの死体でもあった。遊撃に回していた部隊も全て集結し、城門を護る事のみに専念しているが、兵は3割程しか残っていない。対して魔物の軍勢は、一向に終わりが見えない状況であった。


 後半時、凌ぐ事が出来るだろうか?援軍が来れば、リクスだけでも逃がす事が出来る。今になって思えば、伝令の兵と共にリクスだけでも逃がせば良かった。今からでも、リクスだけでも逃がせないだろうか。


 後悔と共に、ライズはリクスに視線をやると、必死に涙を堪え、兵たちの戦いぶりを見つめていた。その顔に、ライズは勇気づけられる。


「フォーリーズの勇敢なる兵たちよ!斬っても斬っても沸いてくる魔物に、私は飽き飽きしてきた、もううんざりだ。だが、負けてやるつもりは無い!我が弟、リクスは10歳の子どもであるが、涙を堪えて皆の戦いぶりを見ているぞ。こんな子どもに、大人たちが怯えた姿を見せても良いのか?」


「負ける気なんてねえぜ!」

「俺だって、ビビってなんかねえですぜ」

「嘘言え、お前さっき漏らしてただろ」

「も、漏らしてなんてねえよ!」


 ライズの掛け声に、笑い声が返ってくる。みんな逃げ出したいほど怖い。全身が悲鳴をあげるほど疲労している。立っているのも限界だ。だけど、自分たちがここで逃げ出したら、倒れてしまったら、城門の向こうに居る家族が、恋人が、友人が魔物に襲われる。


「だから、最後まで戦おう!皆!歌え!我らがフォーリーズの歌を!」


 ライズの掛け声で、あちこちから声が聞こえる。リズムに乗って抑揚をつけ、まるで楽器を奏でるように。


 これは歌という。


 旧神が治めていた時代にあった文化の一つ。


 疲労で動かなかったはずの体が、恐怖で硬直していた体が、少しずつ動きを取り戻していく。


 恐怖でいっぱいだったリクスの心にも、ほんの少し余裕が生まれた、その時だった。


「「「グガアァァ!」」」


 一際大きな咆哮が上がると、兵たちの眼前に、巨大な影が飛来した。


「け、けけ・・・ケルベロスだあ!」


 三つの頭に漆黒の毛皮、先ほどの魔物が可愛く見えるほどに巨大な体躯。それはまさに、ボスと呼ぶべき風貌だった。


「臆するな!こやつを倒せば、きっと魔獣たちも引くはずだ!」

「「「「うおおぉぉ!」」」」


 男たちは雄たけびをあげたかと思うと、再び歌を口ずさみながら斬りかかる。


「ぐ!剣の、刃が通らない」


 勢いよく飛びかかった者たちは、ケルベロスに触れた途端に弾き飛ばされる。倒れ込んでしまった者には、容赦なく巨大な爪が振り下ろされた。


 それに対し、魔法部隊の残党は魔力を振り絞って魔法を放つ。頭の一つに直撃した魔法により、ケルベロスの頭の一つが半焼した。


「魔法攻撃は効くようだが。くそ、身体強化の使い過ぎで魔力なんてほとんど残っていないのに」


 兵たちは、ケルベロスを取り囲むように布陣し、残りの魔力を振り絞って魔法を放つ。魔法が苦手な者も、剣に魔力をこめて斬りかかっていく。




 歌は、聞こえなくなっていた。


 奮戦していた兵たちも、すでにいない。


 その場には、兵たちの猛攻により頭を二つ潰され、足を一つ失ったケルベロスと、腹に深い爪痕の刻まれたライズ。そして、泣きわめくリクスだけであった。


「リクス、泣くなよ。私が・・・いいや、俺がすぐにあいつを倒してやる。そしたら、二人で帰ろう」

「で、でも、みんな死んじゃった。兄様も、ち、血が、たくさん」

「このくらい、アレに比べたら大したことないだろ?」


 そう言って、ケルベロスに視線を送る。潰された二つの頭と、斬り裂かれた足からは大量の出血が見られる。おそらく向こうも致命傷。そう長くは無い。


 だが、ライズも同様に大量の血を流している。きっと、ライズもそう長くは無いだろう。援軍は間も無く到着する。それまでリクスを護り通せるか?いや、この体では護る戦いは無理だ。だったら、相討ち覚悟でケルベロスを仕留めるしかないだろう。


「いいか、リクス。今からあの犬をやっつけてくるから、お前はここから逃げろ。もうすぐ父上が迎えに来てくれる。わかったな?」

「い、いやだ。兄様が戦うなら、俺も、に、兄様と一緒にたた、戦うもん!」

「困った奴だな」


 ライズはリクスの頭に手を置き、ゴシゴシと力一杯撫でつける。それから涙で溢れた目元を指で拭ってやると、優しく歌を奏で始める。


「グガアァァ!」


 ライズの歌に負けじと咆哮をあげるケルベロスは、残された前足でライズに斬りかかる。歌に合わせて舞うように攻撃をかわしたライズは、最後の頭に剣を突き刺した。


「や、やった、兄さ、ま?」

「グガアァァ!」


 頭部に突き刺さるはずだった剣は、先端から粉々になって砕け散った。


 魔力切れ。


 魔力のこもっていない剣は、ケルベロスの前に無力。眼前で武器を失ってしまったライズに、ケルベロスはその牙を突き立てた。


「や、やめろよ!兄様を、離せ!」


 震える足は動かない。兄の元にも、城門にも、どこにも行く事が出来ない。


 ライズに牙を突き立てたケルベロスは、ライズの体を放り投げると、リクスの元へとやって来る。


 きっと、自分も死んでしまう。みんなのように。兄様のように。


 そう感じた瞬間、胸の内から物凄い熱量が噴き出してくるのがわかった。


 これは魔力。


 死の恐怖によって暴走した魔力が、リクスの体から無理矢理溢れ出してくる。


「く、苦しい」


 そうつぶやいた瞬間、周囲の音が消え、視界は光で覆われた。




 大森林の魔獣侵攻は、領軍897人が戦死するという大損害を及ぼした。指揮官であったライズ・ヴィオ・フォーリーズは瀕死の重傷を負いながらも奇跡的に生還。弟のリクス・ヴィオ・フォーリーズも全身からの出血がひどく重症であったが、命を取り留めた。


 魔物はほぼ一直線に城門を目指していたため、周囲の城壁にはほぼ被害は出なかったが、城門とその周辺だけは、まるで何かにえぐり取られたかのように消滅していた。



 この事件から5年後、物語は奏でだす。旧神と歌姫たちの物語を。

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