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「シャリス・ヴィラ・エンディール、貴様がこれまでエリファ・ヴィラ・レティスに対して重ねてきた非道の数々、貴族として許されざるもの。よって、私は貴様との婚約を破棄させてもらう。」


 ベイリーン王立学院入学記念パーティ。そんな華やかな会場で、そんな声が響いた。先ほどまでガヤガヤと雑談していた者たちも、しんと静まり返って声がした方へ視線を向ける。


「非道の数々?そんなもの、どこに証拠がおありで?」

「証拠など、探せばいくらでも出てくる。そんなものより、私は今すぐに貴様との婚約を解消したいのだ」


 どうやら入学早々揉め事のようである。せっかくのパーティで揉め事なんて、バカらしい事この上ないね。


 とは言え、俺もすることなんてないんですけど。


 今日は入学生の懇親会であり、将来の伴侶を見つけるための最初の一歩である。辺境とは言え貴族家の次男である俺、リクス・ヴィオ・フォーリーズにとっても、近隣貴族や取引のある貴族、商会の子息子女との社交など、やる事は山ほどあるのだが、どうにもやる気が入らなかった。入らなかったというよりは、そもそもやる気が無いのだが。


 そんなリクスを御構い無く、先ほどの令嬢と子息は言い争いを続けている。


「大体、家同士が勝手に決めた婚約だ。私が好きで貴様と婚約したわけでは無い」


 今は昔ほど貴族に権力は無い。貴族でなくても才があれば国の重役に登用されるし、領地も国の直轄地は平民出身の者が経営している。昔は貴族同士の政略結婚はざらだったが、今では領地経営の才や商才のある者と結婚する者も多い。貴族は貴族と、なんて言うのはよほど力のある大貴族同士なのだろう。残念ながら、辺境住まいで中央の社交に全く参加したことが無い俺には、言い争う二人の顔も名前も全くわからん。


「好きで婚約したわけではない?それは私も同感です。ですが、婚約は家同士の問題。私たちだけで結論が出せないのはお解りですね?」

「ふん。だが、貴様がエリファに行ってきた非道。これが明るみに出れば、貴様はエンディール家を名乗る事も許されんぞ!」

「そうですか。では、ご納得いただくまでお調べください。まあ、貴方様であれば、証拠をでっちあげることくらい、造作もないことでしょうけれど」

「証拠のでっちあげ?そんな物は必要無い。私は、貴様の非道の数々をエリファから散々聞かされてきているのだからな」

「はぁ、そうですか。ですが、これだけはご理解ください。その娘を選ぶという事は、エンディール家を選ばない、という事」


 大きくため息を吐いた少女は、そこまで言ってくるりと回って少年に背を向ける。と、なぜか壁際で置物と化している俺とばっちり目が合った。俺と視線の折り重なったその目は、なぜか笑っていた。


 会場の子息子女は二人が何者なのかわかっているようで、動揺を隠しきれていない。いくら子どもとは言え、親同士の派閥などもあるだろうから、どちらにつくかなど考える事もあるんだろう。貴族家との付き合いがほとんど無い俺の家は例外だが。


「今宵はどうぞ、そちらの女性をエスコートなさってください。私も、昔から親しくさせていただいている友人にエスコートをお願いいたしますので」

「言われずとも、私はエリファをエスコートする。それよりも、貴様のような女をエスコートし、私に立てつくような真似をする酔狂な男がいるのか?」


 少女はコツコツと音を鳴らしながら歩き出す。その歩みには迷いが無く、なぜか真っ直ぐにこちらへと向かってくる。これだけ人がいるんだから、どうせどこかで止まるだろう、なんて考えている間も無く、人垣はさっと両端に割れていき、少女と俺の間に遮る物は何もなくなってしまった。


「ご無沙汰しております、フォーリーズ辺境伯家、リクス・ヴィオ・フォーリーズ様。御覧の通り、婚約者にフラれてしまいまして、今宵のエスコート役がおりませんの。大変申し訳ないのですが、お相手をしていただけませんか?」


 差し出された手と少女の顔を交互に見やる。誰こいつ?どうすりゃ良いの?の二つの疑問が頭の中で行ったり来たりだ。


 どこぞの大貴族である可能性があるご令嬢。ここで断って不興を買えば父上と兄上の迷惑になるか?でも、相手方のご子息も大貴族の可能性が高いわけで、この手を取ってしまえばケンカを売る事になってしまうのでは?


 これが15年辺境にひきこもっていた弊害なのか。正解が全く解らん!


「アタシの手を取るのが正解よ。大丈夫、悪い事にはならないから」


 小声でそう言われたが、このご令嬢は信じるに値する相手なのか?さっき非道の数々がどうとか言ってたし、悪女である可能性もあるんだが?


「お願い。アタシの手を取って」

「え?」


 そう言った彼女は、先ほどまでの自信に溢れた表情はしていなかった。なぜか不安そうな顔。心なしか、差し出された手は震えているようだ。


「はぁ、しゃあなしだ」


 もうどうとでもなれという気持ちで、俺は片膝をついて少女の手を取る。やはり彼女の手は震えており、ひんやりと冷たかった。その冷え切った手の甲に、俺はそっと口づけをした。


「へ?」


 その瞬間、なぜか少女は間の抜けた声を挙げ、周囲もつられるようにざわざわと騒がしくなっていった。


「これ、何か間違ってた?」

「・・・・・・」


 なぜか少女は、頬を赤らめたままフリーズする。王都に来る前に散々母上と妹相手にマナーのレッスンをさせられたのだが、どこか不備があったか?


 そう言えば母上が・・・・・・


「もしエスコートを申し込んでくる女性がいたら、こうやって礼をとるのよ?手の甲にキスした後に、一言気の利いたセリフが言えれば満点ね」


 とか言ってたな。


 なぜか一つ年下の妹相手にも、散々この方法を練習させられた。俺が手の甲にキスする度に気持ち悪いくらいデレデレした顔してたけど。


 もしかして俺も妹みたいに気持ち悪い顔してたとか?でもさあ、パーティで女性にエスコートを申し込むなんて、ほとんど初めてなんだ。多少表情が崩れるくらい、ご容赦願いたいのだが。


「相手の男、フォーリーズ家って言ってなかったか?」

「辺境の大貴族が、王家に正面切ってケンカ売ったって事か?」

「政務の重鎮であるエンディール侯爵家と、王国最強の盾と言われるフォーリーズ家に繋がりがあると?」

「これが巷で有名な、略奪愛と言うものですの?刺激的ですわ~!」


 とりあえず、どうしたら良いんだ?さっきから不穏な単語も聞こえてくるんですけど?そ、そうだ。気の利いた一言、それを言わないといけないんだ?


「あなたのような美しい?方と共にあることができるのは、私、リクス・ヴィオ・フォーリーズにとって、生涯この上ない誉となりましょう?」

「なんで疑問形なのよ!あ!」


 少女も何かやらかしたようで、慌てて口を塞いだが時すでに遅し。周囲の令嬢を中心に、黄色い悲鳴が鳴り響いていた。


「成立!婚約、成立ですわ~!」

「このような大舞台で婚約を申し込むとは、彼は大物だな」

「バカ言え。第一王子の婚約者を奪ったんだ。明確な敵対行為だぞ!」

「いやいや。王子はすでに婚約を破棄していたんだ。それに、今のご時世、略奪婚くらいで犯罪になんてならないよ」


 こいつらさっきから何言ってんだ?婚約成立ってどういう事だよ。それに、第一王子って誰なの?もしかして、俺が手を取ったご令嬢を袖にしたご子息が、第一王子ってこと?



 後で聞いた話だが、男性が片膝をついて女性の手を取り、手の甲にキスをする。そこで男性側が一声かけ、婚約OKなら返事がもらえるらしい。フラれる場合は女性が何も言わずに去って行くんだとか。


 俺たちの場合は、少女のツッコみが了承の返事とみなされたらしい。


 返事と言うより、ツッコみを頂いただけなんですけど、どうしてこうなった!






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