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 ご令嬢に引きずられるような形で、俺たちはパーティ会場を後にし、バルコニーへとやって来た。いまだキャーキャーと奇声の上がる会場へは間違っても戻る事は出来ない。すでに大変な間違いを犯してしまっているのだ。これ以上間違える事なんて出来やしない。


「そもそもなんですけど、貴女はどちら様ですか?」


 当然の疑問だよ。知らないうちになぜか俺が婚約を申し込んでいたらしいけど、この令嬢がどこのどなたか全然知らないんだから。


「有力貴族家の人間の顔と名前ぐらい、覚えておくのが常識なんじゃない?それに、あなたは全然知らない相手に、婚約を申し込んだの?」


 そりゃもう、ぐうの音も出なかった。礼儀作法に疎かったのは申し訳無かったんだけど、そっちも承諾しちゃったんだから、完全にお互い様ですよね?


「俺は辺境の出身だから、貴族のパーティなんかほとんど参加した事無いんだ。個人的にも、そういった催し物は嫌いでね」

「だからって、どうやったらエスコートと婚約の作法を間違えるの!あなたの家では、パーティに誘う女性は全て嫁にするように教えているのかしら?」


 確かに第二夫人とか妾とか囲ってる貴族は結構いますけどね。その大半は、才ある人材を領地や家で囲うためだ。出会い頭に誰彼構わず求婚なんてする奴は、よほどの女好きか、数撃たなければ当たらない弱小貴族くらいなものか。


「求婚に関しては、貴女が了承しなければどうとでもなったんじゃないか?」

「・・・・・・それは、そうだけど。いきなりのことだったし、口上が全部疑問形で、なんだかバカにされてるみたいで、思わずツッコんじゃったのよ!」

「そりゃどうも、申し訳ない」

「それに、あの場ではあなたを味方につけるのが最善だった」


 俺を味方につけるのが、か。俺たちフォーリーズの人間は、魔獣の侵攻を食い止めるために心血を注いでいる。その対価として国から莫大な報奨がもらえるし、魔物素材を売買することで、戦えない領民たちが安心して農業や工業、商業が出来るよう整備している。中央貴族や王族のご機嫌伺いなんてほとんどしてないんだから、知名度だって低いと思ってたんだけど。意外と中央では有名だったりするのか?


「フォーリーズ辺境伯家って、結構有名なの?」

「はあ?あなた、自分の家がどれだけ有名なのか知らないの?」

「辺境の田舎貴族としてバカにされてるとか?」


 俺の回答にご満足いただけなかったようで、少女は頭を抱えていらっしゃる。あまり乱暴に振り回されると、綺麗な銀髪の御髪が乱れてしまいますよ?二人でバルコニーに出て話しているだけでも周囲に要らぬ誤解を与えているのに、髪を乱れさせて会場に戻ろうものなら、授業が始まる前から学園でつまはじきにされそうだ。って、王子様の婚約者を奪ったんだから、すでにつまはじきにされているのかな?辺境の田舎貴族のくせに生意気だ!とか言われたら、立ち直れないかもしれない。


 どんよりと沈んだ表情を浮かべた俺を見て、少女はさらに困惑している。


「えっとね、フォーリーズ家をバカにする人は、この王国に一人だっていやしないわ。もちろん、まともな思考の持ち主に限っては、だけど」

「本当か?明日から、すれ違う度に『うわぁ、こいつ魔獣臭いぞ』とか言われて笑いものにされたり、教科書に落書きされたり、持ち物を隠されたり捨てられたり・・・・・・」

「少なくとも、最初のやつはないわね」

「・・・・・・」


 じゃあ後のやつはあるって事?将来どうなっても良いように、貴族家の次男として学園だけは卒業しておきたかったんだけど、残念ながら平穏な学園ライフを送るのはすでに困難なようだ。


 安定した職探しはスパッとあきらめて、どこかの冒険者クランに就職するか、フリーの冒険者としてギルドに登録でもしよう。それで俺は、この広い世界を見て回るんだ!






完!






「って、終わらないよ!」

「ちょ!急に大きな声出さないでよ。アタシたちの話を盗み聞ぎしている連中だっているんだから」


 いかんいかん。学校の鬱イベントを考えていたら意識が遠くなってしまった。


「すまない。危うく世界を股にかける大冒険者になるところだった」

「冒険者ねえ。確かに、フォーリーズの人間になら、冒険者家業でも十分実績を出せるでしょうね」


 少女はバルコニーに設置されている木製のソファーに腰掛けると、空きスペースを軽く叩いた。どうやら俺にも座れという事らしい。


 ソファーは意外に狭く、二人で座ると肩が触れ合うほどの距離になってしまう。後ろで聞き耳を立てている奴がいるんだったら、こんなに密着するのはダメじゃないですかね。


 そんな事を考えていると、少女はどこから出したのか、ペンと紙を持っており、さらさらと文字を綴り始めた。


『後ろで聞き耳を立てている連中の中に、アタシを陥れようとした奴がいる。今は婚約者になったふりをしてほしい』


「こうして座って夜空を見上げていると、なんだか夫婦って感じじゃない?」


 そう言って笑みを浮かべる少女の言葉を聞いて、俺は思ってしまったんだ。


「空、曇ってね?ぐへ!」


 なぜか足を思いっきり踏まれた。だってしょうがないじゃん。星なんか全然出てないし、パーティ会場からの光が眩しすぎて、王都の夜景なんかもきれいに見えない。


「そうか。夫婦って言うのは、どれだけ不条理な事があっても、寛大に受け止めなければならないのか」

「学生になったばかりで、何悟ったような事言ってるのよ。もっとこう、なんかないの?」

「ないよ!そっちこそ、もうちょっとマシな話題のフリとか無いの?ついさっきまで別の婚約者がいたんだよね?」

「エヴァン殿下とは、名ばかりの婚約者だったから、その、パーティでエスコートしてもらっている時以外は、まともに会話した事も無かったし。アタシの身分的にも、同年代で対等に接してくれるような友達とかも・・・・・・い、いなかったの!」


 ああ、やってしまった。どうやら少女にとって触れてはならない部分に触れてしまったようだ。婚約者には蔑ろにされて、この歳で友達もいないとか。


 よくよく見れば、銀色に輝く髪やサファイヤのように青い瞳など、あのくそじじい(・・・・・・・)が好きそうな美しい容姿をしている。これは後々面倒なことになりそうな気がするけど、それはまた別の話だ。


 これほどの美少女を相手に、どうして第一王子とやらはお茶の一つにも誘ってやらなかったのだろうか。もちろん、外見的な好みは人それぞれだが、先ほど王子の隣にいたご令嬢と見比べても、彼女の方が勝っているような気がするのだが?


 そう思い、彼女の顔から少々下に視線を外した瞬間に、理解してしまった。こんなことで、彼女は第一王子に相手にしてもらえず、入学記念のパーティで大々的に婚約破棄されたというのか。


「なんて不憫な」

「不憫て言うな!一般的な標準サイズよ!」


 視線の先がどこにあるのかばれてしまったようだ。だけど別に俺は彼女の胸が不憫だと思ったわけではない。彼女の名誉のために言わせていただくが、決してぺったんではないのだ。


「俺はその、巨乳よりも、貴女のように落ち着いたサイズに好感を持てるから」

「だから!別に!大きさを気にしたことなんてないの!」


 なぜか首まで真っ赤にした少女は、勢い良く立ち上がるとそのまま会場に戻ってしまった。


 さすがにエスコートを引き受けている以上、彼女を一人にするわけにはいかないと慌てて会場に戻ろうとした。しかしそれは、俺の胸から飛び出した光の球によって阻まれてしまった。


「よしリクス、あの娘にしよう!」


 ふわふわと俺の周りを飛び回りながら、光の球はそう言った。


「しゃ、シャリス様?こんなに御髪が乱れて、一体何が?」

「お顔も真っ赤ですぅ。もしかして、フォーリーズ様に何か如何わしい事を?」


 彼女の髪がぐしゃぐしゃになっていたことをすっかり忘れていた!早く彼女の後を追って、会場のみんなの誤解を解かなければならないというのに、ふよふよとまとわりつく光の球が、俺の進路を妨げ続ける。


「がっはっは!通して欲しくば、あの娘を歌姫スカウトすると、今ここで宣誓するんじゃ!」

「・・・・・・くそじじい」





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