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「グギャアアアアアァァ!」
禍々しい黒煙を纏いながら、ドラゴンは天に向かって咆哮をあげる。それは大きな力の塊となって、周囲を覆っていた結界を崩壊させていった。
なんでこんなことになったんだ。ドラゴンの首は確かに落としたはずだ。それがほんのわずかな間に、再生でもしたっていうのか?
ケルベロスだって、再生能力なんて無かったのに。
「隊長!どうすんですか」
ダントが叫ぶが、答えはすぐに出せない。
結界が崩壊したということは、ドラゴンはいつでも外に出られるということだ。王都で最も強いと言われている近衛騎士も敵わなかったモンスターだ。王都の戦力では太刀打ちできないだろう。
何よりも、上空に上がられればそれこそ最悪だ。地上からの攻撃なんてたかが知れてる。王都中の民が一方的に虐殺される可能性だってある。
だから、ここで倒すしかない。
倒すしかないが、戦力は俺たちを護衛してくれている騎士以外に無い。ありったけの強化魔法をかけてもわずかな時間しか稼げない。
うちの楽隊が揃っていればどうにかなったかもしれないが、いつ合流できるかわからない。合流を待っている間に全滅、なんてのは笑えない。
だったら、やっぱり俺が相手をする以外に方法は無い。ちょっと学院の敷地内にクレーターを作ってしまうかもしれないけど、それは俺の命に免じて許してもらうことにしよう。
でも、そこまでやってまたドラゴンが復活したらどうしよう。
その時には俺はきっといない。
「みんな、これから指示を与える。重要な任務になるから、必ずやり遂げて欲しい」
足を引きずり、爛れた腕を隠すようにして、楽隊のみんなと向き合った。俺の言葉に、楽隊のみんなは姿勢を正して真剣なまなざしを向けてくれた。
「まず、リリーナたちは俺に、『英雄』を聴かせて欲しい」
「お、お待ちください隊長!隊長に強化をかけるということですか?」
「そうだ。10小節だけでいいから、全力で歌ってくれ」
「全力ですか?そんなことをしたら、隊長の身体が・・・・・・」
「ダント達楽器部隊は騎士たちと協力して、陛下と公爵様たちをここから非難させろ。巻き込まれないようにな。その後は、リリーナたちと合流して、フォーリーズ領に戻れ」
それだけ言って、俺はみんなに背を向ける。
「今までみんなと音楽が出来て、本当に楽しかった。ありがとう。今後は、兄様とルーシェの下で音楽を続けてくれればうれしいな」
最後の別れを告げて、全身にぐっと力を込める。昔に比べてどれだけ威力が上がっているかわからないけど、歌による強化も上乗せし、出せる力は全て振り絞ろう。確実にあの化け物を消滅させるために。
そう思って歌が始まるのを待っているんだけど、なぜか一向に聞こえてこない。知らないうちに鼓膜でも破れていただろうか?
少し恥ずかしいけど、改めてみんなの方に視線を向けると、なぜかみんなは円陣を組んでいた。
「ちょ!こんな時に何やってるの。早くしないとドラゴン動き出しちゃうよ!」
「いやいや隊長。あんたこそ何やってんでぇ。演奏をするんなら、あんたの役割はそこじゃねえだろうが」
ダントはそう言うと、俺に何かを放り投げた。いきなりのことだったので、爛れた両手を隠すことも忘れて受け取ってしまった。
「楽器はいらねえみたいだからな。俺たちは久しぶりに暴れさせてもらうぜ」
「たまに剣を振らねえと、使い方を忘れちまうしなあ」
そう言いながら、楽隊の男性隊員たちは足下に転がった武器を拾い始める。
「騎士様の使う武器ってぇのはちっとばかし堅苦しいが、やってやろうじゃねえか」
ポイポイと上着を放り出して、シャツの腕まくりをしながら俺とドラゴンの間に割り込むように立ちはだかる。
「指揮、頼みますぜ」
すれ違いざまに、ダントは俺の肩を叩きながらそう言った。
そんなに格好つけられたら、俺も応えてやるしかないじゃないか。馬鹿野郎どもめ。
「戦闘部隊が到着するまでの時間稼ぎで良い。戦闘部隊が到着してからが本番だ。へまやって演奏できなくなるんじゃないぞ!」
「「「おおぉ!」」」
「曲は『英雄』から『疾風』に変更。武器を持ったバカどもは、クソトカゲの回りを走り回って攪乱しろ」
「「「はい!」」」「「「おおぉ!」」」
剣を持って突撃する男性隊員を見送ってから、女性隊員へ向き直る。彼女たちも覚悟を決めた目でこちらを見つめていた。
そんな目をしなくていい。
こうなった以上、誰1人死なせてなんかやらない。
その覚悟を決めて、俺は指揮棒を振り下ろした。
演奏する楽曲は『疾風』。
歌い出しと同時にアップテンポな曲調で歌い手が次々と入れ替わる。その様はまさに突風のようで、彼女たちから溢れ出した緑色の光は男性隊員たちに向かって吹き抜けていく。
強化を受けた男性隊員たちは、足を止めることなくドラゴンの周囲を駆け回る。密集することなく、一人一人がバラバラの方角へ駆けることで、ドラゴンを翻弄する。
ドラゴンも狙いを定めることが出来ずに、腕や尻尾を振り回しながらその場をグルグルと回っていた。
『疾風』の効果で移動速度を向上させることが出来ているが、現状をどれだけ維持することができるだろうか。
駆け回っているダントたちは、元兵士だと言っても戦闘の訓練から離れて久しい。体力の問題もあるが、久しぶりのモンスターとの戦闘。それも以前死にかけたことがあるケルベロスと同等以上のボスモンスターが相手だ。
精神的な疲労もかなりあるだろう。
リリーナたち歌い手にしても、長時間演奏を続けている。
喉への負担も相当かかっているだろうし、何より魔力がどれくらいもつだろうか。彼女たちの魔力が尽きてしまえば、いくら歌い続けても強化は発動しないからな。
徐々に全員の顔に疲労の色が濃くなっていく。
「グウギャアアアァ!」
いつまでも攻撃を当てることが出来ないドラゴンは、大きく息を吸い込んでいく。その気配を感じて振り返ると、口の周辺に急激に魔力が収束していた。
「ブレスがくるぞ!直前で一斉に距離をとれ」
とは言ったものの、あれは広範囲に及ぶ攻撃だ。ブレスが放たれる場所から距離をとったところで、完全に防ぐことは難しい。
『不動』に曲を切り替えて防御力を強化したところで効果はほとんど無いだろう。あいつらを信じて、多少のダメージ覚悟で逃げてもらうしかないか。
「隊長!よけろ!」
その言葉の意味が、最初は理解できなかった。
ダントの声にもう一度振り返ると、こちらに向かって黒い炎の塊が飛んで来ていた。
飛んでくる?何が?ドラゴンのブレスよりも強力だという火球だよなあれ。あんなのにぶつかったら骨も残らないんじゃないの?俺一人ならどうにか避けられるけど、リリーナたちには絶対無理だ。どうにか俺が受け止める?どうやって?
「大盾隊、角度をつけて盾を構えて!上空に受け流しなさい!」
「おお!」
凛とした声が、闘技場に響き渡った。
その声を聞いて、パニックになりかけた心が落ち着きを取り戻していくのがわかった。
いつしか俺と女性隊員の周りを大盾部隊が取り囲み、迫り来る漆黒の火球を上空へ難なく受け流していたのがわかった。
「・・・・・・シャリス?」
そして、我が楽隊の戦闘部隊を率いたシャリスが、剣を掲げながら立っていた。
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