夜の病院にて
第三都市には、様々な病院がある。都心三区、副都心四区まるまるが第三都市の広さ。その中で――大小含む医療施設は、実に二万を超える。
物騒な事件が起きるこの都市は、それだけ、医療機関が活躍される。
その中で、御幸が行った場所は、警察御用達と言われる病院であり、そこには医療系統の能力者が大勢いる大型病院でもあった。
この病院は、秘密組織の輩も訪れる所でもあった。
当然『異能課』と言う、発足したての秘密組織も同様に入れる。
「全く――一体君は何度ここに来るんだい。今月で四回目だ」
「ははぁ……すみません」
入院部屋の中、治療を終えた御幸は、丸眼鏡を掛けた初老の男性と向き合っている。この人は御幸が幼い頃から見ている主治医だ。カルテに目を通した主治医はそのしわを更に刻ませて御幸を見る。
「少し内蔵が弱っているね……骨も、まだ治りかけだろう。あれほど安静にと言ったはずなんだけど……」
「すみません……」
御幸は薄いTシャツを着ると、主治医にそう謝る。主治医も彼がわざとやっていると言う事では無い事を知っている。ため息を吐きながら、ゆっくり諭すように口を開いた。
「確かに君の能力はとても凄まじい。だけど、体に掛かる負荷もそれと同じくらい大きいものだ。今回ばかりは命に関わる。絶対、ぜぇ~ったいに安静する事! 良いね!」
主治医はそう言ってから、部屋を出た。御幸は結局その事に反応を示せずにいるまま、ふかふかの白いベッドの上に身を乗り出し、瞼を瞑った。
――ふと、甘い匂いがした。
それが香水の匂いではない事を、彼は、彼だけは知っていた。
「何をしている?――アリシア」
瞳を開けて御幸は目の前にいる金髪の美少女――アリシア・エーデルハルトに向かってそう言った。
「んな……っこれ、は。そ、そう! アンタが寝苦しそうにしていたから私が付き添ってあげていたのよ」
御幸の横にいるアリシアは、そう言って――ベッドから這い出た。
そう、這い出た。つまるところ、彼女はつい先ほどまで御幸のいるベッドに入ってたという事になる。
「添い寝までして?」
「そ、そうよ……っ! ほら、昔も同じ事やっていたでしょ、泣き虫のアンタをいつも私が慰めて……って何言わすのよ!」
赤い顔をしながら、アリシアは近くにある椅子に座りこむ。
彼女の姿は、白シャツに黒のニーハイソックス。赤のスカートの影に隠される絶対領域は、彼女の足組みでもギリギリの所で見えないようになっている。
御幸は近くに置いてあるデジタル時計に目を向ける。時刻は午後十一時四十五分。日を跨ぐ寸前の時間帯である。
「何しにここに来た。ここは十時には閉まる。こんな忍び込むような真似をして一体……」
「それは……っ! ア、アンタに一言、謝りたくて――」
「まさか、俺に悪戯をするつもりだったのか!?」
「しないわよ!」
御幸は急いで自身の顔に手を当てる。
勿論、冗談のつもりだったが、やはり彼女には通じない。
互いに沈黙し合う。
先ほど、アリシアが言おうとした言葉の内容を、御幸はキチンと理解していた。
あぁ、やってしまった。そればかりが彼の脳を埋め尽くす。
「……ごめん。あの時の、わたしの選択は間違っていた」
しばらくした後。
アリシアは、視線を横に向けながら、たどたどしく、そう言った。
どうやらこの一件、彼女なりに思うところがあったのか、やけにしおらしい。
「いや。今回の件はどうしようも無かった。奇襲なんて想像もつかなかったし、アリシアが言わなくても、僕の方から提案していた」
実際、その通りだった。
何か悩んでいるアリシアと、このまま
「俺も、自身の力に過信しすぎていた。退院したら、久しぶりに修行でもつけてもらうとするよ」
「……へぇ、アンタでも修行なんて事するのね」
アリシアは意外そうに顔を上げた。
「心外だな。能力を鍛える事は出来ないけど、戦闘訓練は中学の時にしていたさ」
能力は鍛える事が出来る。
例えば、物を操る能力ならば、その扱える能力の質量を向上させる事は可能だ。
身体能力を向上させる能力ならば、筋肉と同様に、能力を使用し続ければその限界域を上げる事が出来る。
「俺の能力は、そのどちらでもない。使うだけでも危ういからな。それに似合った修行なんて、出来るわけもない」
「……そう」
「そういえば、まだアリシアの能力を知らなかったな。名称は言わなくてもいい。何の系統なんだ?」
基本的に、能力者は他者に自身の能力を明かしたりはしない。
それが危険の伴う職業ならば尚更だ。
そのため、まだ発足したての『異能課』のメンバーはそれぞれの能力を明かさずにいた。
(……だが、
「……別に、アンタにならいいわよ」
そう言いながら、アリシアは右手の掌に氷を発現させた。
淡い水色の氷。本物と見間違えてしまいそうなほど、精巧だ。
御幸はそれに合わせ能力を発動して――。
「気温の変動は無し。大気中に含まれる水分の変化も無い。外界からの水分を奪って作る『凍結』ではないな。となると――『創造具現化系能力』か」
――能力は、五つの分類に分けられている。
硬化や回復など、物質(肉体)に影響を与える『強化系』
電撃や炎弾など、能力で作り出した物を飛ばす『放出系』
零から物を作り出すことが出来る『創造具現化系』
一般的に、能力は以上の分類に当てはめられる。
だが同じ強化系だとしても、治癒力を高める能力か、力を高める能力かで大きく変わる。
最後に――『特異系』
異能の中の異能。異端にして異質。
どの分類にも割り当てられない「ナニカ」。
現状、能力者の中で『特異系』の能力を持つ者は極わずか。
唯一公表されているのは、『十傑』の第一位のみ。
「……アンタの能力って、そういう事も可能なんだ?」
アリシアは氷を消し去り、能力を発動しているであろう御幸に対し言った。
「あぁ――認識を外に向ければ出来る。というよりも、こっちの方がこの能力の本質だ。……一応、俺の能力は念動力という事になっている。こちらから提案して申し訳ないのだが、あまり詮索はしないでくれ」
「真理から事前に聞かされているわよ……でも、そんなにヤバい能力なの?」
「……強がりでも自慢でもないが、俺が本気で能力を使えば、半日で全人類を殺せる」
その様子はとてもハッタリでも何でもなくて、本気でそう言える自信と実力がある事が伺えた。
「そ……ま、アンタは例え死んでもしなさそうね……わたしとは、大違いだわ」
そのアリシアの発言に、御幸は、彼女の抱える悩みの一端を含んでいる事を察した。
「……不完全なのよ。わたしの能力は」
「不完全――」
「感情の昂りによって氷の温度が変動するの。それに、最近能力を発動するのにも頭痛がする。体が追い付いていない証拠ね」
(体が追い付いていない……?)
能力というのは、基本的に当人の体に差し支えない程度の物だ。
能力の過度な使用に体が耐えかねないという事はあっても、発動するだけで支障を来す事はあり得ないのだ。
「……これ見て」
アリシアは考え込む御幸に一通のメールを送った。
スマホがぶるりと振動する。スマホを手に取り、メール欄を開く。
送られてきたのは、一つのPDFだった。
「これは……作戦の計画書?しかも、これは警察からじゃないか」
それは、コラドボムを潰すための作戦会議だった。
(そういえば、リースさんが言っていた。コラドボムが新たに、数年ぶりに犯行予告を出したと)
場所は、この都市一番の高さを誇る電波塔。
そこを爆破すると――もしそうなれば、都市全域の電子機器が一時使えなくなる。
このご時世、どこもかしこもネットが使用されている。それが一時的にとは言え、遮断されるとなるとどれほどの損失が起きるか検討もつかない。
(なるほど。これなら頭の固い警察トップの俺たちを頼らざるを得なくなる)
戦力は不明。だが実績はある。未曾有の大事件を起こしたグループだ。
資料を見る限り、高ランク帯の能力者ばかりの陣営だ。
中には学生もいる。その中には、『十傑』に連なる者が一人。
つい最近、聞いた事がある名前がそこにはあった。
「俺も入っているのか……」
「逆に、アンタ無しじゃこの作戦は不可能よ……よっぽど上層部から期待されているのね」
「期待? まさか。アイツらはただ俺を手中に収めていたいだけだよ」
スマホを眺めながら御幸はそう答える。
アリシアは面白くなさそうに、髪の毛をくるくると弄る。
「何がそんなに面白くないんだ?」
「当たり前じゃない……アンタは前線なのに、どうして私は後方支援なのよ」
「確かに前線はSランク能力者たちばかりだ……」
御幸は改めて資料を覗く。御幸の班は、戦闘系に特化した三人のグループ。そこには『十傑』の名があった。人数からしてみて、主軸となるのはその『十傑』の能力で、恐らく御幸たちはその能力に対応するだけの力を持つ人間として集められたのだろう。
「……この手で、アイツらをぶっ潰したいのに……!」
ささやかな、しかし燃え盛るような怒りを見せるアリシア。
平和を志す『異能課』の者としては当然の感情なのだが……。
何故かそこに憎しみの感情が混じっている事に、御幸は――。
「……当分、約束は守れそうにないな」
そう、困り果てた主治医の顔を思い浮かびながら、そう呟いた。
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