評価『Fランク』の少年、実は裏では世界最強の能力者

天野創夜

第一章 コラドボム編

警視庁公安部『異能課』

 

 この世界には『能力』という異能の力がある。

 それが使える人間もいれば、使えない人間もいる。

 その比率は大きく見て2:8の割合。数字だけ見ると非能力者の数が多いが、その分能力者の方が何かと優遇されやすい……なんて事もある。


 国によっては能力者主義を掲げる国もあるのだ。


 炎を操る者、何かを創造出来る者、能力の種類は様々だ。


 犯罪は今では能力者関連の犯罪が増え、世界的に犯罪率が上昇した。


 そんな混沌とした世界で、しかしその中でも日本は世界でも屈指の犯罪率の低さを誇る国だ。


 しかし、それでも犯罪をする輩はいる。

 もし能力者が暴れたら、大抵の人間は誰も止められない。それが非能力者であるならば尚更だ。


 ならどうするか。答えは簡単。


 ――能力者を止められるのは、能力者だけなのだ。


 日本の首都・東京。

 そこには能力者だけの都市がある。

 名称『第三都市』――都心三区、副都心四区という広大な面積に、約数百万人という能力者が住んでいる。


 能力者による犯罪を未然に防ぐために設立されたこの組織――警視庁公安部『異能課』。


 選りすぐりの能力者五人で構成されているこの組織にて、『最強』と噂される能力者がいた。


 ==


「はぁ……はぁ……っ!」


 『第三都市』・足立区のとある廃ビルにて。

 染めた金髪をかき分けて、汗を乱暴に袖で拭う男がいた。

 顔は遠くから見ても声を掛けたくなるほどに青く、呼吸も荒い。手には赤い血がこびりついている。今さっき、人を一人殺したところだ。


 「いや……違う……殺し損ねたんだ」


 震える右手で持ったナイフは、乾きつつある血が付着している。男は数分前の光景を思い出した。


 ……男はいわゆるチンピラだった。幼少期から能力者だと言われ、幼いころから異能の力を行使してきた男にとって、人を傷つけるということは息を吸うよりも簡単だった。


 その日は、特に苛立っていた。ので、散々馬鹿にしてきた風俗の女を衝動的に攫った。能力を使えば簡単だった。


 廃ビルへと連れ込んだ男は、嫌がる彼女の手痛い反撃を貰った。

 反撃といっても小石を投げつけられた程度のものだが……しかし、それが彼の薄っぺらな自尊心を心底傷つけた。


 女は非能力者だった。自分より劣る人間が、どうして俺に手を挙げたんだと。


 堪忍袋の緒が切れ、衝動的にナイフを取り出し、そのまま衝動的に女を刺そうとした。ナイフはついさっきコンビニで買っていた物だった。


 ナイフは女の腹部を刺す……はずだった。


 響き渡るガラス音と共にナイフは何かに弾かれた。その反動で自分の手を自分で切ってしまった。


 あのナイフに付いた血は自分の物だったのだ。


 「だ、誰だ……誰なんだよ! 俺の邪魔すんのは!」


 男は割れた窓ガラスの方へと寄る。しかし、目に映るのは廃ビルと同じくらいの高さを誇るビル群ばかりで。


 「……え」


 パシュッという音と共に、頬に何かが通り過ぎた。鋭い痛みに思わず手を頬に当てる。

 ……血だ。痛みは容赦なく男の焦燥感を駆り立てた。


 数秒後、男は逃げた。


 「やばい、やばい、やばい」


 以前、聞いたことがある。

 能力者を取り締まる集団の存在を。最近出来た組織らしい。

 その中に――『最強の能力者』がいると。


 「だ、大丈夫だ。俺にはこの『空を飛べる能力』がある。いざとなれば――」


 「――逃げ切れるとでも? 甘い考えね」


 声が聞こえた。真夏の夜の、暑い空気を切り裂くように飛んできた声は、ゾッとするほど冷え切った声だ。

 その声を聞いて、男の本能はすぐに危険を察知した。能力を発動し、何とか離脱を試みる。


 しかし——。


 「う、動けねぇ……! なんだこれ、氷?」


 飛び立つ男の足もとに冷たい感触が走る。見ると、自分の足に氷が張っていた。

 よく見ると、氷の膜は床全体を覆っていて、ぽつぽつと、氷の花が咲き誇っていた。


 「飛べ、飛べ!」


 男は能力を発動させようとする。

 しかし、氷に憚れ中々浮かび上がらない。

 コツコツ……と、足音が聞こえる。


「お、大人しくしてなさい!」


 月明りに照らされ、人影は姿を現す。

 美しい少女だった。金色の髪に、赤い瞳。髪はツーサイドアップにしていて、両方に赤い紐があった。


「ふ、ふん……何よ、空を飛べる能力と聞いてちょっと焦っちゃったけど、わたしでもやれるわ!」


 動けない事を確認した少女は、そう言いながら、肩に掛かった髪を払う。

 這いつくばる男。その視線を上げると――。


「……あ、白」


 黒色のニーハイソックスの上にある赤のチェック柄のスカート。

 そこに隠された秘境。絶対領域が垣間見えた。その色の具合をつい口に出すと――。


「死になさいっ! この変態っ!」


「あぎゃん!?」


 氷塊を叩きつけられた男は、少し狼狽えながら、目の前の少女を睨む。

 その視線は先ほどと比べてなよなよしい。


「なんだ、お前は!? ……まさか、お前があの『最強の能力者』なのか!?」


 氷の侵略は、徐々に腕まで、顔まで上ろうとしていた。

 氷の冷たさと、今の衝撃で男の平常心は平衡を崩していた。


「……は?」


 その為か、どうにも彼女の地雷を踏みぬいたらしい。


 ぴきり――。何かが軋む音がした。それは比喩でも無くて、ただ単に氷が割れただけだけれども、だがしかし、何かが変わったのは事実だ。

 その時、男は奇妙な感覚に陥った。歪、あってはならない現象。遂に気でも狂ったかと、そう自問したくなるほどの、奇妙なもの。


「どうして……」


「あ、熱っ!!  は?  どうして!」


 それは、焼けるような熱だった。チリチリと焼け付くような感覚に、男は今一度自分の目を疑う。

 しかし、眼前にあるのは氷だ。しかし、感じるのは熱。ストーブにじりじりと焼かれているような感覚と、目の前にある現実との相互が、彼の思考を更に搔き立てる。


「どうして……!」


「え……」


「どうしてあんな奴と――!」


「くぎゃあああああ—―っ!?」


 氷が音を立てながら破裂する。

 男は全身に広がる熱に悶えながらも、これ幸いにと、必死の思いで能力を発動する。


 能力名――『逃飛行エアロ・バイカー

 一定時間の間、空を飛べる能力。ランクはCランク。攻撃性が無い能力だが、その名の通り、緊急脱出の際には使える。男は、口元に笑みを浮かべながら、割れた窓ガラスから、飛び立つ。


「待ちなさい!」


 少女は、急いで能力を展開するが、氷が窓辺に届くころには、もう既に男の姿は無かった。ぎり……っと歯ぎしりをする。癪だが、仕方なしとばかりに耳元についている通信機をオンにする。


「――俺だ」


 その声は、少年のものだった。だがその奥にある冷静沈着さは、彼を子供だとは思わせない。


「……わたしよ、アリシアよ! 失敗したわ! あとはよろしく!」


「分かっ――」


 相手が言う前に通信を切った少女――アリシア・エーデルハルトは、自身の手のひらを見る。小刻みに震える右手。アリシアはぎゅっと手を握って、自分がなすべき事をやった。



「ははは! 逃げ切った、逃げ切ってやったぜぇ!」


 男の体は、軽い火傷でいっぱいだった。

 脳内麻薬が分泌していなかったら、きっと痛みと屈辱で今すぐにでも戻って、女を殺していただろう。しかし、今の男は逆に冷静だった。


 けたけたと笑いながら、遥か上空に男はいた。

 凍てつくような寒さが、火傷を容赦なく襲う。しかしそれすら気づかない男は、ただただ、笑ってた。


「絶対ぶっ殺す……俺の邪魔をした奴ら全員! そして、アイツ! アイツだけは絶対に許せねぇ」


 『やめて』と、その時感じた、胸の奥に仕舞い込んだはずの声が蘇る。

 その声を無理やり押し込めながら、そう、暗い覚悟を決めていた、まさにその時。


「――堕ちろ」


「ぐわっ!?」


 背中から衝撃が突き抜ける。

 男は地上へ急降下していく。その時、空を見た。

 そこにいたのは――一人の少年。

 青色のシャツ、黒色の髪の少年。灰色の瞳が、黒の空で輝いた。


「なっ……!!」


 あまりの事に呆然とする男。

 何故、どうして、どうやって。思考は加速する。

 蹴られたのだ──だが、あんな一瞬で、あそこまでの高度に跳び上がったというのか?


 浮遊感に視界がぐるぐると回る。興奮状態が消え失せてきた。

 パチパチと、皮膚の痛みが再発する。


「……ックソ、『逃飛行エアロ・バイカー』!」


 混乱する脳みそを叩いて、男は能力を発動させようとする。

 しかし――。


「な、なんで……能力が発動できないっ!?」


 能力の発動条件は整っている……しかし、能力が発動できない。

 こんな事、初めての事だった。そして男は気づいた。

 男は自分と共に落ちていく少年に向かって、叫んだ。


「ま、まさか――お前が!」


 血走った眼で少年を見つめる。

 落下、落ちていく。息が出来ない。頭が痛い。苦しい、ただただ、苦しい。

 空気が吸えない。動転する。胃が痙攣する。気を抜けば、吐いてしまいそうだ。


 下に顔を向ければ、そこは公園だった。ぽつぽつと滑り台などの玩具が見えた。


 このまま行けば、自分は死ぬのだろうか――そればかりが、脳を埋め尽くす。


「あ、あ、あ、あぁぁぁぁ――っっ!!」




 ==



 ――誰も、オレなんて見ちゃいないんだ。

 

 男は、チンピラだった。

 幼いころから暴力を振るい、色んな人を泣かせてきた。

 次第に誰も相手をしなくなり、親でさえ、彼を見放そうとした。


 そんな中、年下の幼馴染の少女だけが傍にいてくれた。

 何度も何度も彼の身の心配をしてくれた。


『暴力はダメよ、玄光さん。ちゃんと話し合えば分かり合えるんだから』


 いつも傷ついて帰る男の怪我を治すのは少女だけだった。

 その度に、そのような言葉を言って。

 その時は何て言葉を返したんだろうか。今の男の姿を見れば、少女が悲しんでしまう事だけは分かった。


 ……やがて男は大人になった。

 チンピラ崩れになった彼を、親から勘当された男は、まだチンピラのままだった。


 ――だが、チンピラなりに、ちゃんと生きていた。


 仕事だって探した。ムカつく奴に、頭を下げたりもした。

 もう能力を使わないと、心に決めた。

 ようやく仕事も板についてきて、『オレの人生ここから始まるんだっ!』と、意気込んでいたが――。


 だが、現実は残酷だった。


 言われも無い罪に問われた男は、裁判により、ようやく手にした職を失った。

 彼らが正当な裁判を行ってなどいなかった。彼が『チンピラ崩れ』と知った途端、犯人だと決めつけて――今日が、その帰りだった。


 犯人は、その会社の御曹司だった。

 何故なら玄光は見ていたからだ。犯行する瞬間を。

 だがそれでも司法は御曹司の味方だった。きっと金で買収されたに違いない。

 金も何もない玄光にも、国が手配した弁護士が与えられるが、あてがわれた野郎はなんと弁護士の成り立てのやつだった。


 コンビニで買ったナイフ——本来ならば、刺すべき相手がいたはずだ。

 衝動的に攫ってしまった女は、その御曹司がいたく気に入っていた娼婦だという事に気づくのはさほど時間が掛からなかった。


 怒っていた。行き場のない怒りに、気が狂いそうだった。

 あの男も、あの女も――みんな、死んでしまえ。


 地面が近づく。


 (――あぁ、オレ、死ぬのかな)


 地面まで、数m、cm、mm——……。

 来る衝撃に、男は目を瞑った。 


(――せめて、もう一度……あいつに、会いたかったなぁ)


 自分の思い人の後ろ姿を思い出す。

 それは、彼に冤罪が掛かった時でも、尚彼女だけは信じてくれた。

 護りたいと、初めて思った、いつも傍にいてくれた少女。


「チクショウ、チクショウ……どうして、オレだけ……」


 零れ落ちたのは、たった一つの――声だった。

 涙ながらに、男は苦し気に吐く。これが末路かと、もう全てが嫌になった。

 もういっそ、死んで楽になりたい――。








「…………あえ?」


 いくら待っても衝撃が来ない。

 その事に、男はゆっくりと瞼を開ける。

 男は、地面スレスレで浮遊していた。

 自分は能力を使用していない。と、なると――。


「……あ、あんた……」


 ストっと、男の目の前に少年が着地する。

 この少年の力なのだと、理解させられた。


「ど、どうして……」


「……アンタが、苦しそうだったからだ」


 熱気に帯びた空気に、虫の音が鳴る。

 その少年の声は、やけにハッキリと聞こえた。

 少年は男の目を真っすぐに見据えながら、


「俺たちは『異能課』。能力者が犯罪を犯す前に止めるために作られた組織――まだ、アンタはやり直せる」


 少年は、そう言って右手を下に下ろした。それと同時に、地面に落ちる男。

 続いて、耳元にある通信機に手を伸ばした。

 隙だらけだ。少年は通信相手に軽口を言う余裕すらある。


「オレは……罪を犯した。けど、オレはやっちゃいないんだ……冤罪、なんだ」


 ぽつりと、男は零した。

 幾度もなく言い続けた言葉だった。

 けどその度に『嘘つけ』と、そう言われた。


「ははっ、何言ってんだろうな。どうせ……あんたも信じちゃいないんだろう?」


「――信じるさ。アンタのその顔を見れば……な」


 少年は通話を切ると、男に向かってそう言い放った。

 唖然とする男。少年は尚口を開く。


「今さっき連絡が入ってな……お前が犯したとされた事件。もう一回裁判のやり直しが決まったそうだ。お前を弁護した弁護人が、何とか喰らいついた結果だ」


 男の脳裏に浮かんだのは、あの冴えなさそうな眼鏡を掛けた男の姿だった。

 最後まで諦めないでと言っていた男だった。


「アイツが……どうして……」


「お前を信じていたからに決まってるだろ」


「……っ!」


 遠くの方で、サイレンの音が響いた。

 数秒後もすれば、公園の出口付近にある道路から、二台のパトカーがこっちに来る。


 男は、数秒間黙り込んでいた。少年は、男をじっと見つめる。


「オレ……やり直せるのかな」


 ぼそりと、呟いた。


 何かが変わる音が聞こえた。


「あぁ。やり直せるさ」


 ――男は、その両手を下げて、地に這いつくばり、ただただ、泣き続けていた。自らの行いを恥じ、嗚咽を漏らしながら、目の前の少年に深々と頭を下げた。



 ◆




「……最後に、教えてくれ」


 数十分後、赤色の点灯が木々を照らす中、一人の男が、手錠に繋がれた男が今、パトカーに乗ろうとしている。本来ならば、能力者ならば、過剰なまでの拘束を付けるが、今回に至っては、戦意喪失という事と、目の前の少年の一言で、簡単なものになっている。


 男はパトカーに乗る前、少年に振り向いて、そう言った。


「あんたの、名前は……?」


「――おい、早く乗れ!」


 中々乗らない男に、大柄の警察官は、頭を押して強引に乗せようとする。

 だがしかし、男は「頼む……」と必死に訴えるように、少年の顔を見る。


「……神代御幸かみしろみゆき


 ぽつりと、少年は呟いた。

 その言葉は、男の耳に届いたらしく――。


「神代……御幸……お、オレの名前は山田! 山田玄光やまだくろみつ!」


「早く乗れ!」


「ありがとう、本当にありがとう! オレ、もう一度頑張ってみるよ、そしたらまた――お前に会ってもいいかな!」


 バタンと、扉が閉められ、パトカーは発進する。

 赤い光が御幸の視界から消えるまで、その間も、男――山田玄光は、ずっと少年の名前を叫んでいた。


「……また、会えたらな」


 少年はシニカルにそう言い残す。

 その少年の名は――神代御幸。

 史上発の『F』ランク能力者であり、史上最強の能力者。

 

 そんな彼は背伸びをし、悠々と歩き出す。

 少しアクシデントはあったが、まだ夜は長い。

 とりあえず、腹が減った。牛丼でも食べようかなと、そう思っていた矢先。


「え……何? 今度は渋谷で暴動騒ぎ? 俺、今日非番なんだけど――」


 通信機越しから聞こえるその情報に、御幸はただため息を吐いた。

 今日もこの都市は慌ただしい。彼は今宵も空を駆けた。



 Tips.

 能力とは――異能の力。科学では証明できない、不可思議な力の事。

 超能力者は全国で約三億。日本では約五百万人。

 日本では、能力者が生まれる可能性が低いが、その分強力な能力を持つ子が生まれるので、全世界――特に中国から注目されている。










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